【スズキ バレーノ 800km試乗】スイフト で描いた欧州コンパクトの“夢”は消えた…井元康一郎

試乗記 国産車
バレーノXT。中部国際空港の対岸にて。
バレーノXT。中部国際空港の対岸にて。 全 25 枚 拡大写真

スズキの世界戦略モデル『バレーノ』に5月に追加された1リットルターボ版「XT」で800kmあまりツーリングしてみる機会があったのでリポートする。

バレーノはインドで生産されるBセグメント(サブコンパクト)モデル。メインターゲットはインドだが、日本や欧州など先進国への輸出も考慮されているという。ちなみにインドでは現地合弁会社のマルチスズキのネットワークではなく、近年展開された高級車チャネル「NEXA」で販売されている。

パワートレインは1リットル3気筒直噴ターボ+6速ATと1.2リットル4気筒自然吸気+CVTで、1リットルターボが上位グレード。ターボのスペックは最高出力111ps/5500rpm、最大トルク160Nm(1500~4000rpm)。アイドリングストップ機構は装備されず、JC08モード燃費は20.0km/リットル。また、燃料については欧州のレギュラーガソリンに相当するオクタン価95が要求されるため、日本では欧州メーカーの輸入車と同様、プレミアムガソリン仕様となる。

試乗ルートは往路が東京・葛飾を出発し、首都高速道路と東名高速を使って静岡の清水へ。そこからバイパスを主体に名古屋まで到達。帰路は西湘バイパスを除きすべて一般道で、山岳路である国道362号線経由で大井川上流の温泉郷、寸又峡に寄り道しつつ葛飾に帰着した。その距離821.1km。コンディションは全区間ドライ路面、1名乗車、エアコンAUTO。

◆エンジンとのマッチングが良い6AT

まずは総評から。バレーノXTは、広大な室内空間と十分に良い燃費性能を併せ持つ、リーズナブルなエコカーだった。また、1リットルターボは軽量な車体に対して十分以上の能力を持っており、速さもある。一方、完全新設計のシャシーはサスペンションストロークが不足しており、乗り心地と走り味は同社のBセグメント『スイフト』に大きく劣るなど、ネガティブファクターも少なくなかった。

では、要素について細かく見ていこう。111psを発生する1リットル3気筒直噴ターボは能力自体は十分に高いものだった。低回転域における過給の立ち上がりは今どきのダウンサイジング直噴ターボに相応しい素早さで、急勾配や小さいコーナーの多い山岳路から混雑気味の市街路まで、小排気量のハンディを感じさせられるような局面はなかった。パワーバンドは広く、スロットルを深く踏み込めば実用車の域を大きく超え、昔風に言えばホットハッチのようなスポーティさを感じさせる動力性能を発揮した。

このエンジンにセットアップされる変速機は日本のコンパクトカーの主流であるCVT(無段変速機)ではなく、遊星ギア式の6速AT。CVTを嫌うEUをターゲットとするための選択と考えられるが、エンジンとのマッチングは非常に良かった。変速ラグはとても小さく、またトルクコンバーターを滑らさないロックアップ領域が思ったよりも広いため、変速のダイレクト感を楽しむことができる。ステアリングコラムにはギアチェンジ操作を手元で行うためのパドルシフトが装備されていたが、その操作に対する応答性も良好で、有段変速の良い部分を味わえるような仕立てだった。

パワートレインの弱点は、アイドリングから低回転域にかけてエンジンの騒音、振動が過大であること。とくにDレンジに入れた状態での信号待ちでは、ステアリングのみならず、シートからも振動が伝わってくる。このエンジンについては軽量化のため振動を打ち消すバランスシャフトがエンジンに組み込まれていないのだそうで、その影響である可能性が高い。バランスシャフトは低回転だけでなく全域で共振を打ち消す働きを持つのだが、中高回転については基本設計がうまくいっているのか、シャフトなしでも十分に滑らかなドライブフィールだった。

燃費は十分に良い。今回のドライブでは高速道路2割、郊外路4割、山岳路2割、市街路2割と、アイドリングストップ未装備のクルマにとってはそのネガが比較的出にくいドライブパターンだったこともあり、燃料補給口すり切りtoすり切りの満タン法による燃費は21.1km/リットルと、JC08モード燃費値の20km/リットルを上回るリザルトだった。エンジン性能が1.6リットル自然吸気くらいであることを考えると、十分な経済性と言える。

ちなみに平均燃費計は23.2km/リットルと、10%ほどの過大表示であった。最近のスズキ車の燃費計は結構精度が高い印象があったので、その数字を信じてどう乗っても燃費はいいのだと油断して燃料を余計に使ったきらいがあった。それがなければ別にエコランをせずとも22~23km/リットルくらいは行っていたであろう。ハイオク仕様というのは少々ネックだが、燃費が良ければそう大きな問題にはなるまい。

このパワートレインのまとまりの良さに対し、シャシーの味付けはあまり良くなかった。バレーノのシャシーを見ると、サスペンションモジュールが前後ともものすごくコンパクトに作られている。全長4m以下という限られた寸法の中で室内を限界まで広げるためだろう。その甲斐あって、バレーノのキャビンは300リットルあまりの荷室を確保しながらなお、常識的な車高のサブコンパクトクラスのライバルと比較してもぶっちぎりの広大なものとなっている。サスペンションストロークの小ささと、それに伴う乗り味の悪さは、広大な室内とのトレードオフという感があった。

◆「インド産だから」の不都合はない

味付けが悪いというのは、絶対性能が低いという意味ではない。南アルプスの山奥に向かう国道362号線はタイトコーナーが続くワインディングロードだが、そこでのバレーノの身のこなしは国産ファミリーカーの標準値を大きく超えていた。ブリヂストンの低燃費タイヤ「ECOPIA EP150」はグリップ性能を狙ったものではないが、950kgという軽量ボディに185/55R16というタイヤサイズは十分で、コーナリングスピード自体はかなり高いほうであった。

が、サスペンションストロークが小さいため、コーナリング時にサスペンションの沈み込みを体で感じながら軽やかに、しなやかに、気持よく山道を走るような動きにはなっていなかった。タイヤのグリップに頼り、このくらいのスピードだから曲がれるだろうという強引なドライビングスタイルにならざるを得ない。ノーマルモデルでも欧州サブコンパクトのようにしなやかに路面をホールドするスイフトとは対照的な性格だ。また、最低地上高が120mmしかないためか、荷重が前のめりになる山岳路の下りタイトコーナーを曲がる時など、タイヤが鳴くような速度域でなくともフロント外側のタイヤ前についている整流板と路面が接触する。接触しても大丈夫なように作られているので問題があるわけではないが、シャシーのゆとりのなさが感じられる一幕である。

サスペンションストロークの小ささは、路面が老朽化し、アンジュレーション(路面のうねり)や継ぎ目の段差がきつい路線でもネガティブに作用する。ハーシュネス(ざらつき感)カットはそこそこ頑張っているので良路では快適性が保たれるのだが、たとえば静岡の由比バイパスのようにうねりが連続するようなところだと、上下方向の揺すられ感がかなり強く出る。段差を乗り越えるときの突き上げ感も今日のBセグメントとしてはかなり強めだ。

その乗り味の悪さをある程度救済しているのが、座面の設計がわりといいシートである。試乗車はセットオプション装着車でシート表皮はレザーであったが、座ってからある程度時間が経つとシートが腰に馴染んでくるようなウレタンの硬度設定で、少々の長時間運転でもドライバーに大きな身体的ストレスを感じさせない。ワントリップ500km程度までの中距離ドライブなら、シャシーの味の悪さを押して楽しいドライブを継続できるだろう。ただし、シートバックのホールド性は弱く、タイトなワインディングロードでもドライバーの体の軸線をピタリと保持する形状であったスイフトに比べると、ツーリング好きなユーザーを喜ばせるタイプのものではなかった。

バレーノはインド市場をメインターゲットとし、インドで生産されるモデル。顧客にとってはその仕上がりが気になるところだろう。率直に言って、インド産だからといってとくに不都合なポイントは見当たらなかった。半面、工作精度は国内の磐田工場や湖西工場並みとまでは行かず、ドアの防水シールの取り付けやシート縫製のミシン目の乱れなどについては日本製より大きいのも確かだった。

面白かったのはエアコンの効きで、風量、空気の冷たさは日本モデル離れしたものだった。トヨタのインド戦略車『エティオス』の開発責任者が、インドのユーザーは日本と異なり、冷気が勢い良く顔や首筋に当たるのを好むのだと語っていたことが思い出された。まさにインドニーズというやつだろう。それが気になる場合は風量や風向を調節すれば問題はない。

今回のドライブで立ち寄った寸又峡は南アルプスの山裾、俗に奥大井と呼ばれるエリアにある温泉地で、筆者にとっては久々の再訪であった。距離的には関東からでも簡単にアクセスできるのだが、道路がそこで途切れ、通過できない行き止まりルートで、しかも東海道からの距離もそれなりにあるので、紅葉の時期以外は訪れる観光客は少なめ。ゆえに、近場でありながらなかなかの秘境ムードを漂わせる穴場的スポットだ。

駐車場にクルマを置いてハイキングをすることもできるし、温泉に浸かるのも気持ち良い。また、宿屋が全般的に安価というのも嬉しいポイント。近くを走る大井川鉄道では金谷と千頭の間でSL観光列車が運行され、千頭から終点井川の景観はダイナミックそのもの。昔と違うのは、SLにきかんしゃトーマスの装飾が施されたりといった“営業努力”が見られる程度か。

寸又峡の温泉はピーリング効果のあるアルカリ泉で、入るとヌルヌルとした感触。石鹸を使わなくても体が綺麗になるというのが売りだ。今回は公営浴場に行ってみたが、そこも雰囲気の良い露天風呂。入浴料は諸税込み400円と、有名温泉に比べてはるかに安い。ちなみに周辺の温泉宿の外来浴料金も似たような水準だった。山深い場所ではあるが、遠州側ゆえ雪はほとんど降らず、アクセスロードも通年通行可なのだそう。次は冬に来てみるかなと思ったりした次第だった。

◆欧州の心をつかめる商品になったか

バレーノはワンドライブ1000km超といった長距離ツーリングはやらないが、日常ユースだけでなくクルマに行楽道具を積んでのお出かけもやりたいという顧客にとっては満足度の高いクルマと言える。とくに今回試乗したターボモデルは動力性能に相当な余裕があり、節度感のある6速ATと相まって、クルマをキュンキュン走らせたいユーザーの要求も満たすだけのキャラクターを持っていた。

その一方で、新開発のBセグメント用超軽量プラットフォームは、コンパクトカーにもとことん広さを求めるという新興国のニーズを満たすことを最優先させたもので、先代および現行スイフトに込められていた、先進国市場でもスズキのプレゼンスを高めたいという思いは希薄になった感があった。

かつて、スズキの次代を担う男として注目された小野浩孝という男がいた。現在の鈴木修会長の娘婿で、通産省(現・経産省)のキャリア官僚だったが、修氏に乞われて2001年にスズキに入社。小野氏は文系官僚だったが、スズキを商品面で夢ある会社にしたいという考えを持っており、サブコンパクトカーのスイフトを安物ではなく、欧州市場でも通用するベーシックカーにしようとした。デザインを改革し、アピアランスでユーザーを惹きつける。また、走りを知り尽くした欧州拠点の現地スタッフに心ゆくまでチューニングをやらせ、欧州メーカーのサブコンパクトに走り負けないためのクルマづくりを進めた。その結果出来上がったのが、マッシブなスタイリングを持つ2代目スイフトだった。

修氏はスズキ社内で鉄壁の権力者であったが、その頃、「僕みたいな年寄りがクルマづくりに口を出してもロクなことにはならない。もうそろそろ若手が全部やってもいいんじゃないかな」と、唐突に口にしたことがある。低いブランドイメージゆえ先進国市場での苦戦は続いていたが、ハードウェア面ではスイフト、スプラッシュをはじめ、スズキのクルマがおしなべて、コンパクトの本場である欧州市場でもきわめて高い評価を受け始めていたのに目を細めていたのだろう。そして、ほどなく小野氏に社長をやらせ、自分はスズキの経営の第一線から退いてもいいと考えていた気配すらあった。このように全幅の信頼を置いていた小野氏が07年、膵臓がんのため急逝。それから間もない頃、修氏は一転、生涯現役を口にしはじめた。

現行の3代目スイフトもまた、国産サブコンパクト離れした素晴らしい走り味を持っているが、それはまさに、この世を去った小野氏が描いた、先進国でも輝きを放つようなクルマづくりでスズキのブランドを一流にするという夢が受け継がれたものと言えよう。が、バレーノはそのスイフトの良さとはまったく異なる方向を目指したクルマとなった。小野氏の夢は今、終わったのだ。

バレーノのプラットフォームに今後、どのくらいのカスタマイズの余地が残されているのかは現時点では不明だが、世界戦略車である次期スイフトも基本的に同じものが使われるという話をきく。バレーノも欧州市場で販売されるが、欧州、とくに旧西側諸国の顧客の心は単にスペースユーティリティが優れているというだけではつかめない。今回のツーリングで得られた感触では、欧州でメインストリーム商品として受け入れられるような味ではなかった。

次期スイフトをスズキの開発陣がどういう思いを込めて作り、どういう味を実現させるかかによって、スズキが単なる安物メーカーを志向するのか、価格帯は低くてもユーザーの注目を集める輝きのあるブランドになろうとするのか、方向性がある程度見えてくるのではないか。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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