106万円のスズキ『アルト』最安グレードはアリなのか? 300km走ってわかった「購入前の試乗の大切さ」

アルトAのフロントビュー。基本的造形は上位グレードとまったく同じ。
アルトAのフロントビュー。基本的造形は上位グレードとまったく同じ。全 20 枚

スズキの軽ベーシック『アルト』の最安グレード「A」を短距離ロードテストする機会があったので、インプレッションをお届けする。

◆100万円切り時代の終焉は寂しくあるが

1979年に「47万円」という低価格を引っさげて第1世代モデルが登場して以来、新車市場のボトムエンドを担うバジェットカーであり続けてきたアルト。現行第9世代のAグレードは第8世代まで存在していたバンモデルの代替という位置づけで、後ドアの窓は固定式、ドアミラーは手動格納式、ドアハンドル等は無塗装ブラック、シートヒーターも省かれるなど、低コストを徹底追求した仕様となっている。

ただし47万円アルトと違ってメカニズム的には完全ドケチ仕様ではない。アイドリングストップ用のリチウムイオン電池パックを持ち、鉛電池の負担を軽減する「エネチャージ」を実装。窓ガラスは全面熱線吸収タイプで前ドアは紫外線カット機能もあり。ステレオカメラ式の衝突軽減ブレーキシステムも備える。

アルトAのリアビュー。ドアハンドルはすべて無塗装樹脂。アルトAのリアビュー。ドアハンドルはすべて無塗装樹脂。

筆者は若い頃に47万円アルトの4サイクル、2速AT車で長距離通勤をおこなっていたことがあるが、4輪リーフスプリングサス、4輪ドラムブレーキ、ハンドパワーステアリング、ハンドパワーウインドウ、エアコンレス、オーディオはAMラジオ+1スピーカーという素晴らしさ。それに比べればゴージャスそのものだ。

デビュー時は100万円アンダーの94万3800円だったが、2013年12月に一部改良を受けたさいに税込み12万1000円値上げされて106万4800円に。100万円切り時代の終焉は寂しくあるが、昨今の世界的インフレの影響は自動車に限らず、原材料費の比率が高い薄利多売の低価格商品により強く表れる傾向があり、アルトもその余波をモロに被った格好。それでも先進国市場ではとっくに新車が消えたこの価格帯でクルマを売り続けているのはすごいことだ。

◆「実はXは高級車だったのか」ベーシックグレードで300km

栃木・茂木の山間部で偶然日産自動車の茂木試験場前を通りがかった。オフロードのクロスカントリーコースがある。栃木・茂木の山間部で偶然日産自動車の茂木試験場前を通りがかった。オフロードのクロスカントリーコースがある。

ドライブルートは東京を起点とした北関東周遊。最遠到達値は栃木と茨城の県境付近にあるホンダのサーキット「ツインリンクもてぎ」で総走行距離は318.5km。高速は常磐自動車道三郷~谷和原の約20kmのみで後はすべて一般道。走行中の最低気温はマイナス4度という寒冷コンディションだったが天候は全行程を通じて良好。1名乗車。

筆者は以前、現行アルトのトップグレード「ハイブリッドX」で3600km長距離試乗を行っており、本サイトでもレビューをお届けしている。乗り始めてソッコーで気づいたのはフラット感、乗り心地、騒音・振動など多くの項目がそのハイブリッドXとは別物ということ。アンジュレーション(路面のうねり)が大きめになるとヒョコヒョコという縦方向の揺すられが強まり、その揺動が一発で収まらない。ロードノイズ、エンジンノイズも遠慮なく車内に入ってくる。シートは低反発ジェルのような心地良さがなく、平板なタッチだ。弱いダンピングが着実に効いているという独特のフラット感、静粛性や防振性の高さ等々、Xの素晴らしさは100%設計ネイティブの恩恵ではなく、最低グレード比で3割も余分にお金を払った顧客に対するスズキの心づくしだったのだ。「実はXは高級車だったのか」と思った次第だった。

センターキャップ式のスチールホイール。14インチのセンターキャップは妙な迫力がある。タイヤサイズは上位グレードと同じ155/65R14。センターキャップ式のスチールホイール。14インチのセンターキャップは妙な迫力がある。タイヤサイズは上位グレードと同じ155/65R14。

気になるのはどういうグレードの切り分けで仕様が異なるのかということ。マイルドハイブリッドモデルと通常エンジンモデル間の差なのか、パワートレインでなくグレードの高低で決まるのか。スズキに問い合わせてみたところ、何と意外なことに、ショックアブソーバーの減衰力やスプリングレート、シートのウレタンなどは全グレード違いがないとのこと。しかし、3600km試乗で体の芯まで叩きこまれたハイブリッドXとAのフィール差は単なる気のせいというレベルのものでは断じてない。

仕様差で乗り味に影響を与えそうなものはチルトステアリングおよびシートリフターの有無、アルミホイールvsスチールホイール、遮音材、パワートレインあたりだが、それでもライドフィールにここまで大きな影響を与えるとは考えにくい。ほかに何らかの違いがあるのだろう。クルマづくりとはかくも奥深いものなのだなと認識を新たにさせられた次第だった。

それでもクルマはきちんと動きさえすれば最低限の移動の喜び、利便性は得られるもの。これがマイカーだったらどれだけの自由度を得られるのだろうなどと興味津々で北関東ワンデードライブに出かけてみた。

◆46ps、1世代前の「R06A」エンジンで走る

前席。ステアリングコラムは上下調整機構を持たない固定式。前席。ステアリングコラムは上下調整機構を持たない固定式。

北関東方面は一般道の幹線道がよく整備されており、混雑している時間帯を避ければ高速に乗らなくてもいくらでも周遊できるのだが、最初くらいは高速も走っておくかと常磐道三郷インターから谷和原インターまで20kmほど乗ってみた。

アルトAのエンジンはXの「R06D」でなく1世代前の「R06A」で、最高出力はR06Dの49psよりさらに低い46psしかない。それでも低車高軽自動車は前面投影面積が非常に小さいため、100km/hクルーズくらいまでなら別に不自由を感じることはない。タコメーターがないので100km/h巡航時のエンジン回転数はわからなかったが、音程的に3000rpm前後といったところ。快適性はお世辞にも高いとは言い難く、ちょっとした緩加速でもエンジンがぶん回って騒音は増すし、乗り心地の揺すられ感も強め。ただ直進性は悪くなく、20kmなどあっという間に走りきってしまうという感じであった。

谷和原からはひたすら国道294号線で北上。整備状況がいい道なので基本的には何も困ることはない。もともとタウンユース専科というスペックなだけに低い速度レンジでは効率が高く、平均燃費計値はぐんぐん上昇していく。幹線道路とはいえ一般道なので信号にはしょっちゅう引っかかるが、減速エネルギー回生など鉛電池にとって負担が大きい充電率の変動ぶんをリチウムイオン電池が引き受けるエネチャージの恩恵もあってか、アイドリングストップの利きは終始良好。少し進んでまた停止という状況でもピタピタとエンジンが停まった。

栃木・真岡のラーメン屋、麵屋くろまるへ。栃木・真岡のラーメン屋、麵屋くろまるへ。

そんなドライブを続けているうちにあっという間にお目当てのひとつ、栃木・真岡のラーメン屋に着いた。その時点での平均燃費計値は28km/リットルとなかなか悪くない値だった。もっともこれにはカラクリが二点。ひとつは筆者が普段より運動エネルギーロスの排除に熱心で、かつパワートレインと対話しながらの運転を心がけていたこと。パワートレインはR06Dハイブリッドに比べてCVTの変速制御が雑で、巡航から加速するときにアクセルペダルを踏むと低回転で粘らずエンジン回転数が跳ね上がりやすい傾向があった。CVTが変速比を下げるしきい値を意識しつつアクセルペダルを踏むか踏まないかで燃費に結構な違いが生じそうだった。

もう一点はエアコンがマニュアルであったこと。オートエアコンならAUTOに入れて温度をテキトーに上下させるだけなのだが、マニュアルの場合は頭を使う必要がある。前述のようにこの日はドライブ中の最低気温がマイナス4度と寒冷で、かつ空気が乾燥していた。そういう時は窓ガラス内側の曇りを取るには下手にエアコンのコンプレッサーを回すより乾いた外気を導入し、デフロスターモードで窓に吹きつけるのが一番だ。ということで、節約とは関係なしにコンプレッサーをまったく使わず走り続けたのも燃費に好作用したものと思われた。

◆106万円でひたすら頑張ってくれるアルトAの健気さ

オプション価格5万5000円のディスプレイオーディオ。個人的にはこれがあればカーナビ不要。オプション価格5万5000円のディスプレイオーディオ。個人的にはこれがあればカーナビ不要。

真岡のラーメン屋「麵屋くろまる」で現地に住む知人が噂をしていた裏メニュー「あれ」を昼食としていただいた後、これだけで帰るのもちょっとつまらないかなと思い、さらに北上を続けた。ロードテスト車には税込み5万5000円で用意されるオプションのバックカメラ付きディスプレイオーディオが装備されており、GoogleMapナビを使用することができた。Xのディスプレイオーディオは全方位カメラ型となるが、お値段も税込み11万2200円に跳ね上がるのが玉にキズ。アルトのような小さな車は上方視点などなくてもバックカメラだけで十分だ。

麵屋くろまるまではAndroidAutoでナビを表示させていたが、そこから益子、茂木方面は道案内を頼りに行けばいいのだからとBluetooth接続でSpotifyのストリーミングを流すだけでナビは使用しなかった。が、これは失敗。益子までは何の問題もなかったものの、道案内に茂木という地名がほとんど出てこない。そのまま国道294号を走り続ければよかったものを、「宇都宮と反対方向が正解だろう」とうっかり交差点を曲がったが最後、行けども行けども知っている地名すら出てこない。そのうちに何と茨城県境を越えて桜川市に入ってしまった。

そこで初めて茂木の文字が。よかったよかったと思ったのも束の間、茂木までは当初まったく予定していなかった山岳路、それも狭隘路の走行となった。そこでのハンドリングは良いものとは言えず、路面のうねりが連続するような箇所ではグリップがすっぽ抜け気味になる傾向があった。軽ベーシックは速く走れる必要はまったくないが、山間部のユーザーのことを思うとボコボコとした舗装面でも安心して走れる路面追従性は欲しい。

前後ともドア長が十分以上にしっかり取られているのは現行アルトの美点。前後ともドア長が十分以上にしっかり取られているのは現行アルトの美点。

茂木からは国道123号線、国道新4号奥州街道と、ひたすら良路。この頃にはハイブリッドX比でフリクション感の強い乗り心地にも体がちょっと慣れてきて、106万円でひたすら頑張ってくれるアルトAの健気さに可愛げを覚えはじめた。新4号はしばしば無謀運転車がかっ飛ばしてくるが、そういうクルマをやり過ごしさえすれば最も遅い流れに合わせずとも普通にドライブできる。

低速車と高速車の中間くらいのペースで走りつつ、埼玉の草加に到達。ここには農協のお買い得ガソリンスタンドがあるので、ここでいったん満タンにすることにした。東京・葛飾を満タンで出発してからの走行距離は264.6km。時間をしっかりかけて燃料を満タンにしてみたところ、給油量8.64リットル、実測燃費30.6km/リットルというリザルトだった。平均燃費計値は実測値とほぼ一致した。ハイブリッドXで並走していたらおそらくリッター35km前後で走破したと想像するが、Aも経済性の点では十分合格点が与えられよう。

ドライバビリティ的には省エネ走行しやすいほうではなかったが、それでもリッター30kmのラインは突破した。経済性は十分。ドライバビリティ的には省エネ走行しやすいほうではなかったが、それでもリッター30kmのラインは突破した。経済性は十分。

◆まとめ

シリーズ最安値のアルトA、足とシートがXと同等だったらどれだけ装備がショボくとも価値は無茶苦茶高いと興味津々で行った総走行距離300km強のロードテスト。さすがにその想定は甘かったが、それでもこのクルマさえあれば東京~北関東程度のドライブなら自由自在だ。

乗り味についてネガティブと書いたが、それとてハイブリッドXが良すぎたがゆえのこと。3600kmロードテストを行う前はハイブリッドXがこんな感じではないかと想像していたのだ。シートリフター、チルトステアリングなしというのは運転姿勢をかなり制限するが、ユーザーに冒険心と忍耐力があれば関東を逸脱するようなドライブだってちゃんとこなせる。

もっとも、アルトAの主要顧客は廃止になったアルトバンの代わりに配送車にしたり短距離営業車として使ったりという法人という印象が強かったのも事実。一般ユーザーは同じ非ハイブリッドでもあと5万5000円出して上位の「L」を購入したほうが出費と満足度がウェルバランスとなりそう。

シートバックを倒した状態であれば磯釣り用の大型アイスボックスも簡単に搭載できそう。シートバックを倒した状態であれば磯釣り用の大型アイスボックスも簡単に搭載できそう。

あとはシートや遮音のクオリティだが、見た目ではまったくわからない差別化がハイブリッドと非ハイブリッド、上級グレードと下位グレード等々、どういう切り分けになっているのかは不明。買う前にアルトXとアルトLを乗り較べるなどしてどれが自分に合うか判断することをおススメしたい。今は実車を見もせずに買うのが普通になっているが、購入前に一度くらいは試乗してみることの大切さをあらためて感じさせてくれるモデルでもあった。

余談だが、今回のドライブで気づいた点がひとつ。アルトはハイブリッドXとLのアップグレードパッケージ以外は後席にヘッドレストを持たないが、ヘッドレストを挿し込むためのベースは最低価格のAを含め全車に付いている。オプションとして販売されているわけではないが、補修部品としてヘッドレストを購入することは可能であるという。広大な室内空間は全グレード共通の美点。後席にも人を乗せる機会があるユーザーは追突時の頸椎捻挫防止のためにぜひ買うといいと思う。

後席シートバックにはヘッドレストを装着するための穴が設けられており、後付け可能。後席シートバックにはヘッドレストを装着するための穴が設けられており、後付け可能。

■5つ星評価(Aグレード、対エンドユーザー)
パッケージング:★★★★★
インテリア/居住性:★★★
パワーソース:★★
フットワーク:★
おススメ度:★★

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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