【井元康一郎のビフォーアフター】日米に見るEV普及政策のつまづきと課題

エコカー EV
リーフ
リーフ 全 5 枚 拡大写真

■EVが商品として一人歩きできるためには

「来年度以降のEV補助金がどうなるかは気がかりです。日本のEVは世界の最先端。せっかく芽が出てきたところだったのに」

個人ユーザーに市販EV、日産『リーフ』を3台販売したという神奈川県内の日産ディーラーの店長は、EVに関する国の政策の行方について、このように気を揉む。

リーフの車両価格は約376万円からと、同じファミリークラスのガソリン車のおおむね2倍。アーリーアダプター(新物をいち早く手に入れたがるユーザー)にとっては魅力的な価格水準と映るかもしれないが、一般ユーザーにとってはとても手が出る値段ではない。

リーフに限らず、現在売られている他のEVも高価格であるという点では似たり寄ったりである。マスメディアはEVの価格を表記するさい、“実質〇〇円”と、補助金を差し引いた額を用いて価格が安いという印象操作を行い、時代がすぐにでも到来すると過剰に煽ってきた。が、実際にはEVはまだ、一般ユーザーが気軽に買える商品として一人歩きできる段階からはいまだ程遠いのだ。

熱しやすく冷めやすいのは報道の悪いところ。「最近は彼らのEV熱がすっかり冷めて、ロクにニュースにもならない」(リチウムイオン電池メーカー幹部)という有様だが、EVがダメな技術かといえば、そんなことはまったくない。石油以外のエネルギーソースが主流となっている電力をクルマの動力に使うことは、将来が危ぶまれている石油エネルギーへの依存度を低める、いわゆる脱石油を実現する有力な手段の一つであることには変わりはない。

「そのEVが一人歩きできるようになるためにも、国などの手助けは必要だと思う」(新エネルギー・産業技術総合開発機構の研究者)

■切れ目ない支援がEV市場を形成する

その公的な手助けの行方が今、危ぶまれている。現在、参議院の予算委員会において与野党間で激論が交わされているが、菅直人内閣は完全に機能不全に陥っており、エネルギー戦略をはじめ国の将来ビジョンについて話し合うどころの騒ぎではない。

民主党の脱石油政策自体、微妙な変化が見られる。もともとEVに対して熱心だったのは、過剰なほどに環境行政を推し進めようとしていた鳩山由紀夫前首相。が、EVへの国の補助金の財源は当然、政府予算。

「菅首相は緊縮財政論者。口では技術力のパワーで日本復活などとうたっていますが、いざお金が必要となると、何についても嫌がる。民間が自分で成果を出してくれればラッキーくらいにしか思っていないんでしょう」(政府関係者)

もちろん将来技術に対して、ない袖を無理やり振って野放図に助成する必要はない。補助金を出す台数に上限を設けるなどして、出費の増大を防ぐことはある意味当然だ。肝心なのは、EVの市場形成への支援を切れ目なく行うことだ。支持率が暴落し、野党の協力なしには国家の運営ができなくなった民主党の手綱さばきが注目されるところだ。

■日米に共通するエネルギー政策の壁

EV普及への懸念材料が生じているのは、実は日本だけではない。世界のEVブームの火付け役となったのは、環境産業で雇用を創出する「グリーンニューディール」政策を掲げ、2015年までにEVを100万台普及させると豪語したアメリカのオバマ大統領。そのアメリカで、環境関連の社会資本に対して巨額の投資を続けることに対して疑問の声が噴出しているのだ。

日本と同様、アメリカも政権のねじれ状態が続いている。昨年の中間選挙でオバマ大統領率いる民主党が“歴史的敗北”を喫し、以降、グリーンニューディール政策を押し通すことが難しくなった。

もともとアメリカのエネルギー政策は、資源量が豊富で中東情勢に供給が左右されにくい天然ガスを主軸としていた。天然ガスは価格が安いうえ、同じ熱エネルギーを得るさいに排出するCO2の量が石油より少ないというメリットもある。その天然ガスをつなぎとし、核エネルギーや再生可能エネルギーは性能やコストの問題が解決してから一気に導入すればいいという、ある意味合理的な考えで動いていた。

「太陽光発電をはじめ再生可能エネルギーを早期に大量導入するというオバマ大統領の考え方は、政権発足当初からアメリカの中では“異端児”的なものでした。それで雇用が創出されれば支持もされたのでしょうが、実際にはEVを含め、ほとんど雇用に貢献しませんでした。新エネルギーへの補助金も打ち切りになるケースが多く、状況は日本に似ていますね」

新日本石油の幹部は状況をこう説明する。EVはグリーンニューディールの中でも、スマートグリッド(次世代送電網)を支える目玉技術の一つとされていた。そのEVに対し、アメリカ政府はメーカー、ユーザーの両方に手厚い補助を行うプランを提示してきた。その“EV100万台構想”に異変が生じれば、自動車メーカーのEVビジネスにも影響が出かねない。

もちろんEV普及には追い風要素もある。CO2排出権取引を一大収入源にしたいEUは、深刻な財政危機の中でなお自動車のCO2排出量を劇的に低減させる政策を継続しており、EV化に熱を入れている。また、中東~北アフリカで起きた民主化運動による供給不安や、アメリカの金融緩和の影響で原油価格がふたたび高騰しつつあるのも、EVにはプラス材料だろう。

しかし、EVの発展に一番重要なのは目先の需要ではなく、先に述べた継続性だ。一気に多額の補助をしすぎて息切れするよりは、より小規模な予算でいいから継続的な補助が行われたほうが、自動車業界としては安心感が高い。業界団体である自工会や各メーカーは、政府に対してそういう働きかけを行っていくべきであろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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