模型メーカーが復活を試みる旧東独のシンボル |
第64回フランクフルトモーターショーは、90を超える世界初公開モデルで賑わったが、ふと筆者が気になって顔をだした小さなスタンドがある。自動車メーカーではない。模型メーカー『ヘルパ』のスタンドである。
同社が長年製造している87分の1スケールのミニチュアカーは、本来は鉄道模型用であるにもかかわらず、実車の精緻な再現で自動車ファンにも広く知られている。バイエルン州ディーテンホーフェンを本拠とするヘルパ模型社は1949年の創業で、今日従業員数はハンガリーの拠点と併せて約250名である。製品数は現在カタログに載っているものだけでも1500を超える。自動車のみでも30以上のブランドを網羅している。
そのヘルパ、前回2009年のフランクフルトモーターショーでは、旧東ドイツにおける大衆車『トラバント』をモティーフにしたコンセプトカー『トラバントnT』を公開していた。
この新生トラバントはクラウス・シンドラーという人物と彼のチームによるアイディアで、07年にドイツ連邦大統領が委員長となって実施した『アイディアの国』コンテストにおいて2200以上の応募作から選ばれたものだった。『トラバントnT』は、ドイツ東西地域協力の象徴として、『生きた統一』と名づけられた賞も獲得した。
ヘルパがシンドラー氏のアイディアをプロトタイプまでサポートすることになったきっかけは、同社がベルリンの壁崩壊翌年の1990年に発売した旧トラバントの87分の1モデルが、同社史上空前の大ヒット作となったからだった。
いっぽう今回のフランクフルトモーターショーでは、ヘルパ社のスタンドには各種商品が販売されているだけで、トラバントnTの姿が見当たらない。そこで筆者はカウンターの女性スタッフに、トラバントnTはその後どうなったのか質問してみた。
すると「あのプロジェクトは、現在も適切な投資家を探しているところです」との答えが返ってきた。即答かつ明確であったことから、事実である可能性は高い。参考までに、ヘルパ社のウェブサイトのなかで、『トラバント』のページは、2009年フランクフルト以降、ほとんど更新がなされていない。
ただしヘルパ社は新トラバント計画発足の際、東西ドイツ統一後は旧トラバント愛好会が所有していた「Trabant」の商標権を取得している。
筆者がスタンドを立ち去ろうとすると、さきほどの女性スタッフが、「これならありますよ」と声をかけてきた。見るとトラバントnTのミニチュアだった。脇に目を振ると、中の見えないWundertuete(福袋)まで用意されていた。日本ならともかく、欧州でこの手の販売法はそれほど多くない。
そのビジネスの上手さが、新トラバントの投資家探しに繋がるかどうか、引き続き見守ろうと思う。
大矢アキオの欧州通信『ヴェローチェ!』 |