【インタビュー】「何かが“1番”じゃなきゃダメ」…ホンダの二輪、ニューミッドコンセプトシリーズ開発者インタビュー

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ホンダ 二輪 ニューミッドコンセプトシリーズ開発者
ホンダ 二輪 ニューミッドコンセプトシリーズ開発者 全 24 枚 拡大写真

何かが一番でないと、ユーザーの心は動かないし共感は得られない。

燃費No.1のバイクを作ろうと思わなかったら、このモデルは出来なかった。しかし燃費No.1だからと言って走りに妥協は許されない。性能も、デザインも、作り方も大きく変えた。

低燃費、爽快感ある低中速重視のエンジン、合理的なモデル構築、そして予想される低価格。徹底的にユーザーベネフィットを追求し、“今あるべき”パッケージングを具現化した3機種を揃えたニューミッドコンセプトシリーズは、これまでの二輪車づくりと一線を画したホンダの意欲作だ。その背景にある、新たな二輪の理想像とものづくりの現状を、エンジニアが語る。

---:実用性や環境に配慮した結果の低燃費、低コストを実現したことが特徴だと思いますが、開発にあたっては、どのような動機や背景があったのでしょう。

青木氏:自分がLPLになったのはリーマンショック前でしたが、当時、二輪車は絶対性能一辺倒で価格が高く、特に先進国で販売台数が伸び悩んでいました。先進国でも絶対性能志向ではない、低・中回転域で味のある特性のバイクが支持されていました。そこで我々は、二輪車の楽しさの原点に立ち返り「高回転・高出力型のスーパースポーツとは一線を画し、日常で扱いやすく常用回転域でも楽しめる価格以上の価値のある二輪車を求めているお客様がいるのではないか?」という仮説を立て、その仮説を裏付ける意味でリサーチをしました。このように、あくまでも自分の第六感から生まれた仮説が先でした。

青木氏:その結果、速度域は140km/h以下の使用頻度は累積で90%、回転数は6000r/min以下の使用頻度は累積で80%というデータが得られました。しかし、リサーチしたデータは過去と現在は語れますが、未来は語れません。未来像を描けないまま、当初は思うような性能の実現と、コストダウンの両立ができるとは思えなかったのも事実です。排気量さえ決まっていなかったし、「できるわけがない」とすら思っていました。

青木氏:茫洋とした概要も定まらないことから、最初の構想期間は会社の会議室での議論のみならず、開発チームが一丸となって自由闊達な意見が出せるように機密に十分配慮しながら社外での“ワイガヤ”を積極的に行いました。このような自由闊達な議論の中から、はじめに出たコンセプトは既成概念を取り払った「日常生活で扱いやすく、低・中回転域で味わいを感じられる楽しい二輪車」でした。この概念をもとに、「幅広いニーズに対応した新たな市場を創造する二輪車」「お客様に優れた経済性と利便性を提供できる二輪車」、「所有感を満たす次世代を予感させる個性的デザイン」というように、モデルのコンセプトが決まっていったのです。この企画が成立したひとつの要因として、既存の考え方に縛られない若いエンジニアの意見や発想を開発に活かせたことがあると思います。

宮崎氏:燃費では競合モデルの燃費を測定し、投入時期における燃費の向上度合いも考慮しながら、それらを圧倒的に上回る目標値を設定しました。技術では、VA(Value Analysis)のための技術開発をテーマに、全てにおいて既存の考えを用いず新たな発想で開発を行いました。結果、高回転型エンジンではないので構成部品の機能集約によるシンプル化と低コスト化を同時に実現させました。(各機種で製造方法に関する特許は約20件出願中)

宮崎氏:燃費を良くするには、四輪の燃焼理論や基本構成部品を謙虚に学べばいいとの発想の元、アイドリング時のストイキ(理論空燃比)やエンジン部品の徹底的な集約を目指しました。その結果、ヘッド内での分岐吸気ポートや、集合させたエキゾーストポート、カム軸駆動の水ポンプ等への部品点数は少なくすることが出来ました。しかし、ただ単にコストダウンしただけでは、お客様にとって価格以上の価値のある商品にはつながらないので、軽量かつコンパクトで常用回転域で扱いやすく、力強いトルク特性や小気味良い振動など味わいのあるエンジンテイストの実現を目指しました。その結果として低燃費型のエンジンにもつながっていきました。

---:コストダウンの具体的な方法は、どのようなものですか。

青木氏:コストダウンは、ひとつのパーツを大量に作ることから始まります。四輪で言うところの共通プラットホーム化ですね。今回は共通のエンジンと車体を用いて、コンセプトにもある「幅広いニーズに対応した新たな市場を創造する二輪車」を目指し、お客様の属性や嗜好に合わせて方向性の全く違う3モデルを造ることにチャレンジしました。絶対性能を求めないため特別なパーツを必要しないことから、価格と品質に特化でき、結果としてコスト低減にもつながりました。さらに、かつてない規模でのグローバル部品調達を行っています。海外の部品メーカー数十社を行脚し、高品質で価格の安い部品を探してきました。

青木氏:海外生産のパーツの品質は国内製とほぼ同等で飛躍的に良くなっているので、採用しやすくなっています。例えばフレームでは、価格の高い高張力鋼管(ハイテンション材)を使わなかったため、剛性から導き出されたパイプ径を既成の部材で探し、一番流通量が多く価格の安いものを複数の国から調達しています。逆に、外観部品は、現時点ではより精度が求められ繊細な塗装で勝っている日本での調達を行っています。

宮崎氏:パーツ一点一点の費用を上げないように工夫し、諦めずに努力しながら、満足のいく乗り味、性能、装備、デザインすべてやりきったと思います。これまで、新型車の開発ではタイヤの専用開発も同時に行っていましたが、今回はそれをしていません。

青木氏:タイヤは専用開発するとコストが上がってしまうので、サイズは当たり前のカタログサイズですが、必要十分な性能を確保していると同時に、お客様がどこでも比較的安価に手に入れやすいタイヤにしたかったと言うのもありました。振りかえると、今回の開発方法は従来の延長線上ではなく、考え方も取り組みもまったく違っていたと思います。

---:共通のエンジンと車体を使っているということで、スタイリング以外で3機種に大きな違いはあるのでしょうか。

青木氏:『NC700X』はクロスオーバーコンセプトに基づくオフロードの要素もありますので、前後サスペンションを伸ばしています。ヘッドライトは見え方が違うように工夫をしていますが、3機種ともに同じ形状です。

---:では、特に乗り味やスタイリングなどのソフト面で、作り込みにおいて苦労された点はどんな部分でしたか。

宮崎氏:私は3機種の乗り味のまとめを担当しましたが、基本構成が同じ3機種のバランスと個性を演出するのはこれまでになかった高いハードルでした。なにしろ、お客様に納得いただける価格にするには、専用パーツは出来るだけ少なくしなければならない。その中で、低回転で味わいのある低燃費エンジンにしながらそれぞれの個性を演出するために、かなりの時間を使っています。

宮崎氏:270度位相のねじりクランク(1本で鍛造成形した直後に、ねじりを加える)による不等間隔爆発、1軸1次バランサーによる小気味良い振動、吸入/排気脈動などでエモーショナルな味わいを達成すると同時に、アイドル時のストイキ燃焼などを実現しました。3車3様の乗り味を表現するために、同じ部品でありながらその車に最適なセッティング変更を行っています。足回りのセッティング変更、FIのセッティング、デュアル・クラッチ・トランスミッション(DCT)のセッティングなど、専用パーツを作れば解決できることも、妥協せず共通パーツにこだわりました。

青木氏:フレームは、同じ形状でありながら3機種で個性の違った方向性を具現化するために、通常よりも多くのフレームを試作して最適な形状としています。同じエンジン、同じフレームで3機種のライディングポジションを満足させるのは大変なことでした。

小林氏:フレーム形状には苦労がありました。FUNバイク(S、X)の造形とコミューター『INTEGRA』の造形を成立させるための構造と、ヘルメット収納機能を両立させるためです。これは3機種共通にするために、なかなか決まりませんでした。特にヘルメットを入れる部分の容積確保が大変で、『NC700S』とNC700Xについては「ジェットヘルで我慢してくれ」といったら青木に怒られました。デザインやライディングポジションを犠牲に出来ないので配置のレイアウトはミリ単位で追い込む等など、10数通りのパターンを検討しています。車体で言えばリアサスの形式も苦労したところで、結果的にはレイアウトの自由度が高く、プログレッシブなプロリンクサスペンションを採用しています。(NC700SとNC700Xでは、従来の燃料タンク部分がヘルメット収納スペースになっており、燃料タンクはシート下にレイアウトされている)

---:大きくシリンダーが前傾しているのは低重心化もあるでしょうが、ヘルメットの収納スペース確保という理由も大きいようですね。

青木氏:フルフェイスのヘルメットをエンジン上部位置に入れるために、エンジンには車両搭載角62度という前傾角を与えています。この収納スペースは、燃費が良くなったことで、航続距離を十分確保しながらも燃料タンクを小さくでき、燃料タンクをシート下に配置することで、従来の燃料タンクの位置にスペースが生まれました。そこで燃費の良さを表現にするために、NC700S/Xには従来のタンク位置にフルフェイスヘルメットが入るスペースを設け、また、INTEGRAではモーターサイクルでありながら、コミューターのようなユーティリティーと外観を持つ「スクーティング・モーターサイクル」という新たなコンセプトを打ち出すことができました。

小林氏:逆にスタイリングでは、いかにもヘルメットが入るようなイメージを与えないようにデザインしていますし、シート下の燃料タンクやリア周りのデザインにも凝っています。INTEGRAではコミューターのようなシートのまたぎ性にも工夫しています。

宮崎氏:こだわりという点では、デュアル・クラッチ・トランスミッションはクラッチ容量があって、構造上右の足元にはみ出るため、ライディングポジションの決定ではステップの位置決めが難しかったですね。デュアル・クラッチ・トランスミッションの徹底的な軽量・コンパクト化を図りながら、最後は最良のステップ位置に合わせ、クラッチセンターを中心に各軸間を設定し、開発途中でエンジンを再設計したほどですが、性能はよりダイレクト感がありながらシームレス化を実現しました。そこが「第二世代デュアル・クラッチ・トランスミッション」と呼ばれる所以です。

---:こだわりのベクトルを日常での扱いやすさや走り味、コストや低燃費などの新たな価値観の創出に向けていますね。苦労も多かった分、完成時はエンジニアとしての喜びも大きかったのではないですか。

青木氏:私はいつも何かに突出したNo.1のバイクを作りたいと思っています。今回は燃費No.1を目指しました。やはり何かでNo.1の部分がないと、お客様に共感いただけないと思っています。しかし、そのNo.1を優先するあまり他を犠牲にすることもしたくない。つまり、燃費を良くするために“走らない”バイクを造るのは簡単ですが、我々は日常での扱いやすさと走りのテイストを実現するため、徹底的に試乗・研究してきました。この点で新しい二輪車を提案したという自信を持っていますし、実際に乗った時に燃費の良さを実感され、きっと喜んでいただけると思います。(燃費は600ccスーパースポーツの約50%以上向上、航続距離で約390kmを実現している)

宮崎氏:開発チーム全員が扱いやすさと楽しさにこだわった気持ちを100%反映しましたし、お客様の笑顔を想像しながら開発の苦しさを乗り越え、達成感のある開発をすることができました。お客様から多くのご要望があった扱いやすく楽しい二輪車なので、肩肘張らずにその味わい深いテイストを気軽に楽しんでいただけると思います。Hondaのチャレンジングスピリットやものづくりへのこだわりは従来と変わりません。やり方が違うだけです。この意識変革と実行が大変なのです。今後もより新しい可能性を求めてチャレンジしていきます。

小林氏:今回、INTEGRAの開発を任され、大変苦労しましたが、当初のコンセプト通りFUNモーターサイクルの走りの優位性と、コミューターの快適性、利便性を高い次元で融合することで、新たな市場を創造できる可能性を秘めた二輪車を開発できたこと、さらにお客様に喜んでいただければ開発者としてこれ以上の喜びはありません。

インタビュアー
関谷守正|モビリティアナリスト
編集プロダクション、広告代理店を経て独立。モビリティ関連の広告制作、二輪誌やウェブサイトでの執筆・制作を中心に活動。

《関谷守正》

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