【トヨタ スープラ 新型】「最短でスープラを出すには、BMWの直6しかなかった」多田哲哉CEインタビュー[後編]

多田哲哉チーフエンジニア
多田哲哉チーフエンジニア全 24 枚

先代『スープラ』の生産は02年に打ち切られた。復活を期待するファンの心にトヨタ自身が火をつけたのが、07年の『FT-HS』だ。3.5リットルのV6を積むFRハイブリッドスポーツのコンセプト。さらに14年のデトロイトショーでは『FT-1』というスーパースポーツのコンセプトが披露された。

FT-1のパワートレインは一切公表されなかったが、これが16年の東京オートサロンで国内初登場したときには、やはりハイブリッドを予想する声が聞かれたものだ。

時代を考えれば、新型スープラがハイブリッドであっても不思議はない。多田哲哉チーフエンジニア(CE)へのインタビューの後編は、「なぜ電動化を選ばなかったか」という話題から始めよう。

[前編]「BMWからは、ほぼ何も言われなかった」多田哲哉CEインタビュー
◆コンパクトに、軽く作る

トヨタ スープラ 新型トヨタ スープラ 新型
「開発当初の議論でBMWから『環境とスポーツの融合』という提案があったし、トヨタの営業サイドからもハイブリッドの要望がありました。『最初はなくてもいいけど、途中でハイブリッドを入れられるようにしてくれ』とかね」

そこで構想段階ではハイブリッドの可能性を何度も検討したという。

「電池のスペースを確保するためにホイールベースを延ばすとか、ボディを大きくするとか…。必ずプラットフォームがルーズになるんです。今回の開発のいちばんのポイントは、できるだけクルマを小さくする。そうでないと軽くできない。高価な素材を使えばなんとかなるけれど、トヨタがスポーツカーを作る意味は、多くの人が手の届く夢を見られることですからね。スープラが1000万円を超えたら、議論すらしてくれないと思います」

協業の背景には「騒音規制」

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時代という意味では、パスバイ騒音(通過騒音)の規制が厳しくなってきたという側面もある。

「今回の開発でいちばん苦労したのがパスバイ騒音です。規制にミートしながら、良いサウンドを聞いてもらえるクルマにしたい。音圧は低いけれど、体感上はスポーティな音にするのというが大変で…」

騒音規制は国・地域によって異なるため、スープラは仕向地ごとにマフラーの仕様を変えているという。

「BMWはそこまでやらなくてもよいと言っていたけれど、仕向地ごとの専用マフラーを作ってみたら、確かにいいねとなった。スープラのマフラーをBMWも使いたいという提案があって、それはトヨタとしてもウェルカムなので、使ってもらっています」

スープラのアイデンティティは直6・FR。そして量産の高性能な直6エンジンを持っているのはBMWしかないことが、今回の協業のひとつの動機だったわけだが、その背景にも騒音規制があった。

「アメリカの記者試乗会で、『なぜトヨタ自身で直6を開発しなかったのか』という質問が多く出た。もちろんその選択肢はあったんです。検討もしましたが、騒音規制が厳しくなることは当時からわかっていた。今のテクノロジーの範囲で考えると、音を楽しむようなクルマは出せなくなる。スープラのような音を出せるのは、来年ぐらいが最後だと思います」

規制はまず新型車に適用され、継続生産車はその先だから、再来年以降のスープラがいきなり静かになってしまうような心配は要らない。多田CEにとって大事なのは、騒音規制が強化される前に新型スープラを発売することだった。

「最短でスープラを世に出すには、BMWの直6を使うしか道がない。そうすれば2020年より前に発売できる、と考えたわけです」

BMW Z4BMW Z4

スープラのオープンは厳しい

スープラはクーペ、『Z4』はオープン。この棲み分けは両社の契約のなかで決められているのだろうか? つまり、スープラのオープンはありえる?

「そこの取り決めはありません。技術的にはオープンにするのは不可能ではないです。でも、商売としてはダメでしょうね」

スープラはオーストリアのマグナ・シュタイヤー社に生産委託している。カナダのメガサプライヤー、マグナ・インターナショナルの子会社で、メルセデス『Gクラス』やジャガー『E-PACE』『I-PACE』、そしてBMW向けに『5シリーズ・セダン』とZ4を生産。そこにスープラが加わった。

「いろいろ検討してマグナに決めたのですが、その理由のひとつは、私がマグナを知っていたことです。86のオープンをコンセプトカーとして発表したけれど、あれは実はマグナと一緒に開発して、マグナで生産する計画だったんです。だから彼らの実力はよくわかっていた」

トヨタ FT-86オープンコンセプト(2013年)トヨタ FT-86オープンコンセプト(2013年)
2013年のジュネーブショーでデビューし、東京モーターショーでは右ハンドル仕様が公開された『FT-86オープンコンセプト』。市販化が期待されたが…。

「ビジネスケースを考えると、どうしても出口がなくて。最終的に発売まで行けなかった。スープラのオープンはもっと厳しいですよ。Z4というオープンカーがあって、そこにもうひとつオープンを出してビジネスが成り立つほど、マーケットは甘くないですからね」

86とは世界がまったく違う

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ピュアスポーツを謳うスープラだが、トランスミッションはATだけの設定だ。そこにはスポーツATの進化があるという。

「まずは新世代のATがどんなものかをお客さんに知ってほしい、という思いがいちばんなんです。最近のトランスミッションで、最も大きく進化しているのはスポーツATの世界。応答性にしても、一昔前とは比べものにならないくらい進化しているし、まだまだ進化しますよ」

欧州のZ4は7月から2リットルのベースグレードでMTも選べるようになるが、多田CEはスープラのMTには懐疑的だ。

多田哲哉チーフエンジニア多田哲哉チーフエンジニア
「86がなかったら、絶対にMTを設定してますよ。86はMTで楽しめるパッケージを組んだ。あれぐらいのトルクなら、気持ちよくシフトできるMTをそれほど高価にならずに作れる。でも、スープラの大トルク(3リットルは500Nm)でフィーリングのよいMTを開発したら、値段が跳ね上がります。それを選ぶ人が本当にいるのかな、というのは正直、思っています」

多田CEは「86がなかったら、2シーターに割り切ることもできなった」とも話す。

「86を出して、トヨタのスポーツカーファンのレベルが上がった。レベルというのはつまり、スポーツカーと向き合うことが上手になった。それがあるから、こういう尖ったスポーツカーを作れたんです。スープラはたんなる86のパワーアップ版とはまったく違う。86ファンに次の違う世界を見てもらうために作ったのがスープラです」

「次の違う世界」とは何か? 多田CEは次のように説明し、インタビューを締め括った。

「86はスポーツカーの練習機みたいなクルマとして作りました。だから、あえて『プリウス』と同じタイヤを使って滑り出しの限界を下げた。安全な領域でクルマを振り回すことを楽しんでください、と。今回のスープラは、そういうことができるようになった人たちを想定しています。ジェット戦闘機のように、あるハイテンションと技量を前提に作ったクルマなので、86とは世界がまったく違う。それなりの責任とリスクは理解して乗っていただきたいと思っています」

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《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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