静まり返ったジュネーブショー会場で「モーターショーの未来」を考えた

開催直前に中止となったジュネーブモーターショー2020の会場では、撤収作業が進められていた。
開催直前に中止となったジュネーブモーターショー2020の会場では、撤収作業が進められていた。全 14 枚

静かな撤収作業

「ジュネーブモーターショー」の主催者から2月27日の未明、「予定通り開催する」とのメールが届いた。ショーの前にロンドンで別件があった私は翌28日に成田空港から出国。「ショーはキャンセル」の一報を受けたのは、乗り継ぎのコペンハーゲン空港でのことだ。

変更不可の安い航空券で出かけたので、ジュネーブに行かないわけにはいかない。ロンドン→ジュネーブはLCCのチケットを買って、予定より1日遅い3月3日夜にジュネーブ入り。4日にショー会場を訪ねてみた。本来ならばプレスデーの2日目、主催者の表現を借りればVIP DAYが行われていたはずの日だ。

例年ジュネーブモーターショーの会場となってるPALEXPO例年ジュネーブモーターショーの会場となってるPALEXPO
会場のパレクスポ(PALEXPO)はジュネーブ空港の鉄道駅に隣接している。駅構内を出たら、左に7号館を見ながら歩き、階段を上がって高速道路の跨線橋を渡ると、メイン会場と言うべき1~6号館の建物に着く。

1990年から通ってきたジュネーブショー。見慣れた景色ではあるのだが、こんなに人がいない静かなパレクスポはもちろん初めてだ。昨年まではその存在を意識もしなかった大きな搬入/搬出口から場内を覗くと、各社のブースはかなり解体が進んでいる。が、そこに慌ただしさはない。

場外の通路には、ブースの受付カウンターなど調度品を収める木枠が並んでいる。それを積み込むのであろうトラックも何台か待機している。しかし作業にあたる人は少ない。ショー中止の決定から、まだ5日目。想定外の早い撤収に、ロジスティクスがまだ対応できていない様子が見て取れた。

撤収作業が進められていたジュネーブモーターショー2020の会場撤収作業が進められていたジュネーブモーターショー2020の会場

バーチャル・プレスデーという試み

スイス政府は新型コロナウイルスによる肺炎の流行に伴い、2月28日に「1000人以上が集まるイベントの中止」を決定した。その数日前までは、スイス国内の感染者はゼロ。しかし北イタリアで感染が広がり、それがスイスにも伝播して雲行きが変わった。政府決定には当然、ジュネーブショーも含まれる。

ショーでニューモデルを披露する機会を失った自動車メーカーは、ネット配信でそれを補った。主催者が「バーチャル・プレスデー」というサイトを用意。各メーカーが当初予定のプレスカンファレンスのタイムスケジュールに沿って、ライブストリーミングでプレゼンテーションを配信したのだ。

大半のメーカーはそれぞれの本拠地に新たに会場を設営し、プレゼンテーションを実施した。ショーのプレスカンファレンスでは黒子のナレーターが司会進行を務めるのが一般的だが、今回は司会者を立てたメーカーが多い。

司会者と経営トップあるいは開発幹部がQ&Aしながら、そこにショー用に準備したものであろうビデオを挟む。ニューモデルの説明では、Q&Aの進行に合わせてクルマの撮影アングルを変える。ショーのプレスコンファレンスよりわかりやすかったというのが、正直な感想だ。

さらに、ショー中止が決定されてからわずか4日後に、新たな場所と新たな演出でプレゼンテーションをやり遂げた努力には感服するしかない。アストンマーティンとPSAのDSブランドが1日遅れの配信になったのは、まぁ、ご愛嬌だ。スリランカのEVスーパーカーメーカー、VEGAはパレクスポの自社ブースからストリーミング。帰国する時間もなかったのだろうと推察すると、これもまた涙ぐましい努力である。

モーターショーのターニングポイント

従来のジュネーブモーターショー会場の姿従来のジュネーブモーターショー会場の姿
「バーチャル・プレスデー」は一定の成果をあげたと思う。バーチャルといえども、今回もジュネーブショーが多くのニューモデルのデビューの場であったことは事実だ。

しかし、大規模な国際モーターショーの意義が問われる昨今である。昨秋のIAA(フランクフルトモーターショー)は入場者数が前回を大きく下回った。出展メーカーが減ったことが主因だ。費用対効果の観点から、モーターショー以外に顧客との接点を求めるメーカーが増えている。東京モーターショーもその「被害」を受けた。

多額の費用をかけてショー会場にブースを設営せずとも、伝えたいことをライブストリーミングで伝えられるとなれば、各社はモーターショーへの出展に今後ますます消極的になるだろう。取材者の立場から言えば、バーチャルなライブストリーミングではまったく消化不良。ナマで空気を感じ、ナマの声を聞かなくてはショー取材にならないのだが…。

今回のジュネーブショーの中止は新型コロナウイルスという突発事態によるものだが、モーターショーのターニングポイントを記す出来事であったとも思う。「バーチャル・プレスデー」のストリーミング配信は、今後を考える上でひとつのきっかけになる。

写真は東京モーターショー2019のトヨタ。乗用車を並べないブースを展開し話題となった写真は東京モーターショー2019のトヨタ。乗用車を並べないブースを展開し話題となった
例えば、現状ではプレスデー初日に各社が順番にプレスカンファレンスを行い、そこでニューモデルを披露する。カンファレンスが終わるまで、そのメーカーの取材ができないのが通例だ。これを変えてはどうか?

プレスデーの前日に各社がプレゼンテーションをネット配信すれば、我々取材者はそれを見た上で、プレスデー初日の朝からどのメーカーでも取材できる。これなら2日間用意されることの多いプレスデーを1日に短縮し、そのぶん一般公開日を増やせるかもしれない。

モーターショーをイベントとして成立させるために最も大事なのは、一般公開日にチケットを買って入場してくれる人々だ。ショーの在り方を「来場者ファースト」で考え直す。それが国際モーターショーの復権につながることを期待したい。

千葉匠|デザインジャーナリスト
デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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