経営再建を目指し、今年7月に新たな中期経営計画を公表した三菱自動車。その中では構造改革やASEANを中心とした成長戦略が掲げられていた。しかし、日本市場における展望や、肝心の商品=クルマの展開についてはメディアで取り上げられる機会も少なく、その詳細がいまひとつ見えてこなかった。
今回、レスポンスによる加藤隆雄CEOへの独占インタビューが実現。いま三菱が抱える課題、そして気になるクルマの展開について加藤CEOが語った。インタビュアーは自動車ライターの御堀直嗣氏。
環境と走りの技術の2本柱
三菱自動車 加藤隆雄CEO
----:はじめに、個人的なことですが、就職先として三菱自動車工業を選ばれたのはなぜでしょう?
加藤隆雄CEO(以下、加藤CEO):物理工学を専攻しましたが、機械系ということでもあり、当時は自動車メーカーが花形で、そのなかでも大手より少し小ぶりなメーカーで頑張るのが面白そうだと考えました。また、年上のいとこが三菱車に乗っていまして、家へ遊びに行くと、販売店へクルマを見に行こうと連れて行ってくれ、親しみもありました。
----:先般、益子修前CEOが亡くなられました。経営者としてどのような方でしたか?
加藤CEO:偉大な経営者でした。弊社は苦労の歴史もあり、永い間経営トップとして社を引っ張り、危機を乗り越えた偉大なリーダーという印象です。見識が深く、物事をいろいろ考え、多彩な人脈をお持ちで、とにかく凄いなと。
----:加藤CEOご自身は、どのような経営者を目指しておられますか?
加藤CEO:格好いい言葉では言えませんが、今日の難しい状況のなか、いかに乗り越えられるかを考えたとき、三菱らしさとは何か、三菱の存在価値は何かを考え、リーダーシップをしっかり発揮できるようにしたいと思っています。
1985年 パリダカールラリーで総合優勝したパジェロ
----:「三菱らしさ」とは。
加藤CEO:自分たちが育ててきたものを急に替えて新しいことをやるのは難しい。自分たちの良いところを伸ばすことだと考えています。
幸いなことに、電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド(PHEV)を世界で初めて作り、環境技術は確かにあると思っており、これが三菱らしさの一つです。先進的な動きで世の中に貢献する弊社の気質を、大切にしていきたい。
もう一つは、パリ~ダカール・ラリーへの参戦や、世界ラリー選手権への参戦によって、パジェロやランサーで培った「走り」への期待を、お客様にお持ちいただいています。
環境と走りの技術を2本柱と考えています。
同時に、社員と共に、三菱らしいクルマとは何かを考える場を設け、社内で議論しながら方向を明らかにしていきたいと思っています。
ASEANと日本、それぞれの位置付けは
----:三菱自動車の風土には、どのような「らしさ」があるでしょう?
加藤CEO:弊社の社員はフレンドリーだと思っています。社内での互いのコミュニケーションもよく、いい雰囲気があると思います。一方、難しい時代を永く過ごしたこともあり、少し委縮している面もあるかもしれません。フレンドリーな気風を活かし、少しでも明るい方向へもっていき、絆を深め、ワンチームといった機運にもっていけたらいいと思っています。
----:製作所など永く生産現場をご経験なさったと思いますが、三菱の生産現場はどのような様子でしょうか?
加藤CEO:生産の現場は、まじめに、こつこつと仕事を進める気質があります。品質問題を二度と起こしてはいけないと、世の中に製品を出す最後の砦として品質を守ろうとする気持ちがあります。また原価低減も地道に努めています。
----:新中期経営計画で、ASEANを基盤とする成長の促進とあります。CEO就任前はインドネシアをご担当(ミツビシモータークラマユダーインドネシア:MMKI 社長)だったこともあり、ASEANの潜在能力をどうご覧になっていますか?
三菱自動車 加藤隆雄CEO
加藤CEO:三菱自動車は、現地で一流ブランドとして認知されているのを実感しました。自動車メーカーとしても高いイメージが持たれています。ロシアでも弊社のイメージはよく、『ランサー』がロシアのカー・オブ・ザ・イヤーを受賞したこともあります。
インドネシアに工場を立ち上げ、はじめは10人くらいで動き出しましたが、社員募集をするとわずか1週間で1万通も応募がありました。開所式では、工場の門に履歴書を持った人が3か月で5000人集まりました。そうした傾向がASEAN全体にもあるので、収益力を向上させるため、まずASEANへの資源の投入を決めました。
ASEANへは、新車の投入がしばらくありませんでしたので、『エクスパンダークロス』の導入などをはじめています。
----:日本市場は、どのような位置づけでしょうか。
加藤CEO:土台となるのが日本ですから、大変大事に思っています。ただ、新中期経営計画の時点では、まず収益改善のための構造改革を行い、得意分野・収益分野への資源の集中ということでASEANの言葉が出ましたが、その次として当然日本があります。
日本は、人口の減少や、三菱ブランドが必ずしも強くないなど、盛り返すには容易でないため、時間をかけて熟慮する必要があります。「ウルトラ・マイカー・プラン」というサブスクリプションをはじめたり、販売店への褒賞金の見直しをしたり、販売店の統廃合なども進めています。車種構成では、どうすれば日本で成長できるかを考えていきます。
PHEVの多様な利便性をいかに広めていくか
三菱 エクリプスクロス 改良新型のPHEVモデル
----:具体的な商品についてはいかがでしょうか?
加藤CEO:PHEVについて、我々やメディアの方など、ご存じの方はよく理解していただいていますが、実はまだお客様に十分その魅力が伝わっていないのではないかという思いがあります。たとえば災害時の協力協定を1年で80余りの自治体と結ばせて戴きましたが、その締結式の際にデモンストレーションを行うと、100Vのコンセントから電気を利用できる様子に「これは便利ですね!」と、驚かれることがあります。つまり、まだ十分にPHEVの多様な利便性が伝わっていないということです。
走行性能の面でも、床下にリチウムイオンバッテリーを搭載することで低重心になり、走りが安定します。PHEVは走りもいい、ということも、まだ伝え切れていないのではないでしょうか。ここは、増岡浩(三菱のラリードライバー。開発テストもおこなう)も高く評価しています。そうした魅力を、いかに広めていくかが課題です。
----:もう一つ、三菱の柱となっているEVについては。
加藤CEO:日産自動車と一緒に取り組んでおり、生産準備をすることも決めています。遠くないうちに『i-MiEV』の次を出せる予定でいます。
軽自動車のEVは、i-MiEVで世界初の量産を実現しましたが、モーターもバッテリーも新規での開発でしたけれども、日進月歩で進歩していますから、今日では性能に限界もあります。とはいえ世界初でしたので、軽EVの知見をたくさん得ています。それが、日産との取り組みにも活きています。
概念としては、小さなクルマがEVに適していると考えていますが、新型でお客様がどのような満足を感じて戴けるか。軽EVは、日産と弊社のアドバンテージでもあり、EVに対する見方が変化するかどうかも楽しみにしているところです。
----:軽の商用EVについては、その可能性をどのように見ていますか?
加藤CEO:『ミニキャブ MiEV』の発売当初に比べ、注目度が高くなってきているように思います。日本郵政へも収めたところです。将来的に様々な需要が出てくるかもしれません。
一方で、ミニキャブ MiEVの技術も古くなっていますので、どのように先へつないでいくか、見極める必要はあると思います。
三菱らしいクルマを出し、期待に応えたい
2019年に国内販売を終了した三菱パジェロ
----:三菱の顔でもあった『パジェロ』が2019年に日本での販売を終了、パジェロ製造も閉鎖されます。将来はあるのでしょうか。
加藤CEO:次はないとは言い切れません。具体的な計画はありませんが、社員と一緒に考え、答えを出していきたいと思います。
----:先延ばしとなっている次期『RVR』はどうなるのでしょうか。
加藤CEO:また検討中かと思われるかもしれませんが…何とかしたいと思っています。欧米市場へも出していた車種で、各国で環境規制が厳しくなっており、そこに対処しながらどのように収益を確保するかが難しい車種です。どういう形なら出せるのか、必死に考えているところです。
----:パリ~ダカール・ラリーで優勝した増岡浩さんが、「三菱のクルマであれば、災害などがあっても自分のクルマで自宅に帰れる安心がある」と語った言葉が印象的です。三菱車には、そういう信頼や安心があると思われますか?
加藤CEO:三菱車を一言で表現してくれていると思っています。S-AWC(三菱の4WDを形作る車両運動統合制御システム)など、一段上の安全を提供する技術があります。そうした一味違う魅力を、どのようにお客様に伝えていくかが課題です。
----:永年にわたり三菱車を乗り継がれる熱心な三菱ファンのお客様も多いと思います。三菱ファンへ一言お願いします。
加藤CEO:みなさんが待っておられるようなクルマ、三菱らしいクルマを出し、ご期待に応えていきたいと思っています。
加藤隆雄
1984年に三菱自動車に入社、名古屋製作所やロシア組立事務推進室などを経て、2014年4月には名古屋製作所の副所長、2015年4月からMMKIの社長を務めた。2019年6月より現職。58歳。