見えてきた世界の燃料電池戦略、BEVとFCVの課題と展望…トヨタ自動車 ZEVファクトリー 主幹 手嶋剛氏[インタビュー]

見えてきた世界の燃料電池戦略、BEVとFCVの課題と展望…トヨタ自動車 ZEVファクトリー 主幹 手嶋剛氏[インタビュー]
見えてきた世界の燃料電池戦略、BEVとFCVの課題と展望…トヨタ自動車 ZEVファクトリー 主幹 手嶋剛氏[インタビュー]全 1 枚

VW『iD.3』、アウディ『Q4 e-tron』、ポルシェ『タイカン』、日産『アリア』… 2020年は国内外でBEVの発表が相次いでいる。車両電動化のフェーズがさらに進んだともいえる。ただ、電動化や環境性能で忘れてならない技術に燃料電池がある。

国内ではトヨタとホンダが燃料電池車両(FCV)の市販を開始している。トヨタは第2世代の『MIRAI』を2020年に発表予定で、FCVシステムの刷新、TNGAの採用、航続距離で30%向上などが公表されている。また経済産業省やNEDOの水素社会へのコミットメントも顕在だ。

その一方で、インフラ整備コストやLCA(ライフサイクル環境評価)の面で、次世代電動化車両はBEV(EV)を有力視する声も少なくない。実際のところFCVの車両開発や海外の動向はどうなっているのだろうか。

トヨタ自動車 ZEVファクトリー 主幹の手嶋剛氏が7月29日開催のオンラインセミナー「トヨタにおける燃料電池自動車への取組み」で、燃料電池に関する同社の取組み、活用事例、海外動向や競合他社の状況について講演する。セミナーに先立ち、手嶋氏にインタビューをお願いした。

グローバルで先行する技術開発

---:セミナーでは、海外を含むFCVの最新動向などをお話いただけると聞いておりますが、トヨタとしての取組み状況についてまずは教えていただけますか。

手嶋氏:燃料電池および燃料電池自動車、FCVは、トヨタの環境チャレンジのひとつとして取組んでいます。2015年に発表した「環境チャレンジ2050」では、2050年までに、2010年比でCO2排出量を90%下げる目標を掲げています。2030年のマイルストーンとして新車の50%を電動車両することも発表のとおりです。

目標達成にはHV、PHV、FCV、EVの存在が不可欠ですが、トヨタの電動化は1997年の初代プリウスからスタートしています。そのHV技術をベースにPHV、FCV、EVへの展開ができることがトヨタの強みになっています。

このうち水素と酸素から電気を作り出す燃料電池技術は、発電過程でCO2を全く出さないという特徴、原料の水素は水の電気分解、ガス、石油、バイオマスなどさまざまな素材から作れること、バッテリーと比較してエネルギー密度が高いこと、長期保管が可能なこと、といった特徴があります。トヨタの燃料電池開発は、1992年にスタートしています。2014年には初の市販燃料電池車両となるMIRAIを発表するなど、その技術もグローバルで先行しています。

競争領域より協調領域

---:トヨタの燃料電池技術にはどんな特徴があるのですか

手嶋氏:トヨタの燃料電池(FC)スタック、FCVの各コンポーネントには、随所に社内開発の独自技術が詰め込まれています。FCスタックは、固体高分子型、体積出力密度は3.1kW/Lと世界トップレベルです。加湿器を使わない内部循環方式の加湿は世界初の技術です。

昇圧コンバーターは最大650Vという高電圧に対応します。電動化技術では、電圧が高いほどハーネスを細くできるので軽量化に貢献します。出力は4相交流になっており、モーターの細かい制御に効果を発揮します。

高圧の水素タンクの貯蔵性能は、一般的5~5.5wt%という質量パーセント濃度(タンク総重量に対する水素が占める質量)のところ、MIRAIの水素タンクは5.7wt%と業界トップレベルの性能を誇ります。タンク自体は炭素繊維で強化されたプラスティック製ですが、炭素繊維の巻き方に工夫を施し、タンクの肉厚を薄くすることを可能にしています。

FCVについては、競争領域より協調領域であると捉えているので、トヨタは2万件以上の燃料電池や電動化に関する特許を2030年まで実施権を無償公開しています。

災害時や商用車で高まるニーズ

---:次にFCVの活用事例や各国の状況についてお伺いしたいと思います。トヨタとしての最近の取組みにはどんなものがありますか。

手嶋氏:フランスのFCVタクシー会社、HYPEに対してMIRAIを600台提供する計画、2019年ローマ教皇が来日したときのMIRAIの特別車両、同年末のU2の水素コンサートといった動きに加え、2018年の北海道地震や2019年台風15号による千葉の大停電での電力供給にMIRAIやFCバス「SORA」の活用があります。

もうひとつは、商用車への燃料電池ニーズの高まりを受けた動きです。日野自動車との共同開発のSORA以外に、FC技術を福田汽車、中国一汽といった中国企業への提供、ポルトガルのバス会社との協業が進んでいます。米国ではロサンゼルス市の港湾局と大型トラックのプロジェクトも進んでいます。大型トラックでは、日野自動車と25トンクラスのFCVトラックの共同開発も行っています。

それ以外にも、フォークリフトへの応用、トーイングカー(空港で航空機を牽引する車両)のFCVコンセプトの発表、コンビニチェーンの配送トラックでもFCVが走っています。この配送トラックは冷蔵車として架装されています。

海外では、船舶、鉄道、ドローンといった分野に燃料電池を搭載する動きがあります。電動の有人ドローンやeVTOLでは、バッテリー利用も進められていますが、航続距離を伸ばしたい場合、燃料電池のほうが有利です。バッテリーで航続距離を伸ばそうとすると、どうしても重いバッテリーを増やす必要がありますが、航空機ではFCのエネルギー密度の高さが有利に働きます。

アフターコロナ政策で水素関連の投資増大

---:海外ではFCVについてどんな動きがありますか。

手嶋氏:欧米、中国でFCVへの動きが目立ってきています。詳細についてはセミナーでお話する予定ですが、欧州ではアフターコロナを見据えた政策で、水素関連の投資増大が目立っています。ドイツ政府は1兆円規模の投資を表明しています。欧州では、大型トラックや長距離輸送ではCNGにもコミットしていましたが、FCVへのシフトが進んでいると見ています。

アメリカでも、カリフォルニア州は2023年に商用車にもZEV規制を適用する予定ですので、トラック、バスも電動化を進めないと規制をクリアすることができません。中国でも同様な動きがみられ、FCバスの市販化が始まっています。インドも2006年に水素ロードマップを発表しており、TataがFC大型トラックの開発・普及を進めようとしています。

OEMの動きとしてはヒュンダイが活発です。クラス8の大型トラックの開発に加え、財閥という企業体を生かし、非常用電源や鉄道など自動車以外にも燃料電池を導入しようとしています。

商用車はEVとFCVの両方で

---:各国ではトラック、バスを中心に商用車はFCVにするという動きがあるようです。ただ、ダイムラーやボルボトラックスなどは、大型トラックでもEV化を進めていると思います。商用車はEVとFCVとどちらになるのでしょうか。

手嶋氏:排気量の大きい大型トラックは、CO2の排出量でいうと車両全体の排出量の70%を占めるといわれています。各国の環境規制の達成には、実は大型トラック・バスの電動化が不可欠です。

確かにダイムラー、ボルボトラックスは独自にEVトラックをアナウンスしています。FCVも共同で開発を行っています。今後の動向予測は難しいですが、距離や用途による棲み分けが進む可能性はあります。

都市部や中距離まではEVで対応できるかもしれませんが、大陸横断など長距離となるとFCVのメリットが生きてきます。各社ともにEV、FCVと固定するのではなく、両方を用途に応じて展開できる戦略を考えているのではないでしょうか。

2040年グリーン水素でLCAの課題解決

---:FCVの課題として、LCAの問題があると思います。水素を作るためのエネルギー消費を考えると、ライフサイクルでのCO2排出量はEVよりも増えるという試算もあります。この点はどのように克服していくのでしょうか。

手嶋氏:まず、いま述べたように長距離輸送の大型トラックでは、FCVのほうがEVより優位性を発揮できる領域が多いと思います。現状、水素生成に天然ガスが多く使われているため、LCAは課題のひとつとなっていますが、風力や太陽光による自然エネルギー由来のグリーン電力を使うことで、「グリーン水素」を増やせば問題をクリアできると思っています。

日本でも2040年にはグリーン発電によるグリーン水素をスタートさせる予定です。EUでは、40GWhのグリーン発電を進める計画があります。この出力は原発40基に相当する電力です。

水素社会に乗用車のFCVは必須

---:最後に、お聞かせください。FCVは、商用車、大型トラック、バスとの親和性が高いように思います。その中でトヨタが乗用車であるMIRAIを作る意味。戦略的な位置づけはどう解釈すればいいのでしょうか。

手嶋氏:水素社会の実現、FCVの普及を考えたとき、台数比で100倍くらい多い乗用車のFCVは必要だと考えています。水素ステーションの普及、インフラ整備でも、燃料電池乗用車の存在は無視できないはずです。そして、トヨタは乗用車のメーカーでもあります。これを無視してFCVの普及はないと思っています。

手嶋氏が登壇するオンラインセミナーはこちら。(申込締切:7月28日正午)

《中尾真二》

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