【北京モーターショー10】「日本メーカーの中国市場理解度に疑問」BitAuto李斌CEOインタビュー

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李斌(ウィリアム・ビン・リー)董事長 CEO
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中国の自動車市場の急成長を象徴する大規模な国際イベントとなった北京モーターショー2010。多数のワールドプレミアモデルが披露される一方、中国メーカーがEVやハイブリッドカーなどの次世代エコカーやその品質を大幅に向上させた市販車などを次々に公開するなど、会場は話題沸騰。

その北京モーターショー会場を見て回ったという中国の大手自動車メディア、BitAuto(易車)の李斌(ウィリアム・ビン・リー)CEOに北京モーターショーを総括してもらった。

李斌(ウィリアム・ビン・リー)氏は、北京大学社会学系出身。在学中にコンピュータプログラミングを学び、卒業後には、中国最大のeコマース会社となった当当网(当当網:ダンダン・ドットコム)創業などを経て、2000年に自動車情報メディア、易车网(易車網:BitAuto)を創業した。

現在は製品情報、企業情報、ユーザーサービス、市場リサーチなど、情報を総合的に扱う易车集团(易車集団・BitAutoグループ)の董事長(社長)兼CEOを務めている。

◆「自分たちの特色」を訴求し始めた中国のローカルメーカー

----:初開催から11回目にあたる北京モーターショー2010は、出展社数が2000社以上という大規模なショーとなりました。過去のショーと見比べて変化したと感じた点は。

李:会場を一通り見て最も印象的だったのは、中国のローカルメーカーが自信を持ちはじめているなということです。新車の出品数はとても多く、ブースのデザインもしっかりしていました。単にクルマや技術を見せるというのではなく、自分たちの特色は何かということを訴求するポリシーは、かなり明確だったと思います。

----:たしかに中国メーカーブースの展示内容は、前回の北京や昨年の上海におけるモーターショーと比べても、一段と充実しているように思われました。印象深かったメーカーは。

李:国内メーカーで興味を引かれたのはBYDですね。昨年の上海と比べても、製品、技術、ブランド戦略など、あらゆる部分がステップアップしたことが展示から伝わってきました。

海外メーカーではフォルクスワーゲングループ。会場である北京国際展覧中心のうち1館をまるごと占有し、モーターショーが終了した後も今回の展示を残し、ショールームとして活用していくことを決心したことは興味深かった。常設展示場とすることを前提としているため、ブースのデザインや展示にかけられた手間暇も、他社とまったく異なっている。

----:中国メーカーが自社ブランドを盛んにアピールしていましたね。

李:それも新しい風潮。トヨタ自動車やマツダと合弁生産を行っている第一汽車は、これまで自社モデルと一汽トヨタや一汽マツダのモデルをいっしょに展示していました。しかし今回は、一汽ブースにはトヨタやマツダのモデルはなく、一汽のオリジナル車だけが置かれていました。一方で、トヨタのブースには一汽トヨタや広汽トヨタが展示されていた。

----:吉利や奇瑞など、サブブランドをいくつも作るメーカーが増えているのも目につきました。

李:そうですね。ただ、私は中国のメーカーが今の時点でサブブランドを乱発することは、彼らのためになるとは思いません。世界に社名を浸透させることにある程度成功しているBYDは、サブブランドを作らず、市販車、コンセプトカー、電池や充電器まで、すべてBYDブランドで統一しています。今の中国メーカーがやるべきことは、まず自社の固有のイメージをしっかり浸透させることだと思います。

◆生き残りのカギは「品質の良さ」

----:中国メーカーブースを見て、出品車両の質感が少し前に比べて大幅に上がっているのに驚かされました。また、高品質を積極的にアピールするメーカーも多く見られました。

李:今後、自動車メーカーとして成長していくには品質全般の向上が不可欠だという自覚が中国メーカーに芽生えてきています。ショーの中で品質というコンセプトが飛び交ったのはその象徴とも言えます。実際、ローカルメーカーの品質は最近、かなり進歩していますが、厳しい目で見ると、品質が上がったのは見た目の部分だけにすぎないという厳然たる事実がある。本当に先進国メーカーと張り合える、高い品質のクルマを量産できるようになるまでには、まだまだ長い年月がかかると思います。

----:先進国メーカーと合弁生産をするだけでなく、自力で同等のクルマを作りたいという意思を中国メーカーは持ちはじめているのでしょうか。

李:内心では何とかして追いつきたいと思っていることは間違いない。とくに民族系メーカー(政府系資本と無関係な独立系メーカー)は、品質を良くしなければ生き残れないと考えているようです。

クルマという商品は、何かがあったら即、命にかかわるという側面があります。中国のオリジナルモデルは価格の安さで顧客に支持されています。しかし、今はそれで良くても、中国が経済成長をとげて生活が豊かになれば、顧客は離れていく。彼らにとって品質とコストのバランス点を上げることは、海外メーカーと戦うということ以前に、国内メーカー同士の生き残り合戦に勝つために必要なことなのです。

◆日系ブランドが主導権を握れない理由

----:中国市場では今、純国産車より海外メーカーとの合弁生産車のほうが多いという状況ですが、今後は純国産が増えていくのでしょうか。

李:いや、私はいまの割合がしばらく続くと思っています。2009年の純国産と合弁生産の割合はおおむね45:55でした。これを劇的に変えるだけの力は中国メーカーにはまだない。

中国の自動車市場の特徴のひとつに、ユーザーは愛国的な動機で自国製品を選んだりしないということがあります。たとえば韓国ではヒュンダイとトヨタの同じようなクラス、性能のクルマが同じような価格で売られていた場合、ユーザーの多くはヒュンダイを選びます。それに対して中国では、中国メーカーのクルマとトヨタのクルマが同じような値段で売られていたら、まず間違いなくトヨタを選ぶ。純国産車を買うのは、あくまで安いから。そこを覆す何かを中国メーカーが身につけたとき、初めてその力関係に変化が出ることになるでしょう。

----:日本メーカーは中国で主導権を握れていません。なぜでしょうか。

李:純粋に市場戦略の問題ですよ。中国と日本の間にある不幸な歴史から反日感情を抱き、日本車を買わないという人もいないわけではありませんが、きわめて少数派です。グローバル市場で大きな存在感を持つトヨタが中国市場で伸び悩んでいますが、それは中国市場への理解度が浅いのが原因だと思われます。

欧米や日本のユーザーはコンパクトカーのことをエコカーととらえますが、中国のユーザーは、排気量の小さいコンパクトカーは安価なクルマにしかみません。にもかかわらず、トヨタは日本の基準にあわせた、コストがきわめて高い『ヤリス』をそのまま持ってきて、同クラスのライバルよりずっと高い価格で売っています。これでは売れないのも道理です。

一方でGMは、中国のユーザーのニーズに合わせた中国専用のコンパクトカーを5万元(約70万円)で売っている。もちろん価格の高い上級モデルもよく売れていますが。中国のユーザーが何を求めているかということについては、GMの理解度はトヨタよりずっと深い。だから成功しているわけです。戦略を改めさえすれば、日本メーカーは今よりもっと存在感を出せると思いますよ。

◆「EVだらけ」のモーターショー

----:北京モーターショー2010では、中国メーカーがこぞって電気自動車(EV)を大量出品していましたが、プレスブリーフィング(会場での記者会見)では市販車のアピールに終止するケースがほとんどでしたね。

李:EVが未来のエコカーとして非常に有望な技術であることは事実です。中国メーカーはEVに対してホットで、メーカーの人と話すと2人に1人はEVの話をしていました。

しかし、中国メーカーにとって今いちばん大事なのは、普通のガソリン車でシェアを拡大することです。いくらEVを作ったところで、すぐに会社に大きな利益をもたらすようなことはありません。まずは普通のクルマをたくさん売って利益を上げて、そこから研究開発費を捻出するというサイクルを作ることが先決で、それは急を要している。利益のない研究開発なんかやってられないよというのが彼らの本音でしょう。

----:中国政府は09年の全国人民代表大会で、クルマの電動化を進めるという方針を大々的に打ち出しました。メーカーとしてはこの路線に乗らなければいけないのでは。

李:よく誤解されるのですが、全人代の方針はあくまで“呼びかけ”です。自動車メーカーはそれをチャンスととらえ、EV開発に取り組んでいます。が、だからといってその開発について政府が援助をしてくれるわけではありません。

中国メーカーの次世代エコカーがEV一色なのは、国策ではなく、むしろ技術的な問題のほうが大きい。エコカーといえば、世界ではハイブリッドカーが普及技術になりつつあります。中国メーカーもハイブリッドカーを作りはじめていますが、やはり技術的な難易度は高いし、作ったとしてもトヨタやホンダに特許を握られていて、その技術に対してライセンスフィーを払わなければならない。

----:ハイブリッドカーでなく、EVならばその差を埋められる、と。

李:そうです。EVがモータリゼーションの主流になるのも、ユーザーが気軽に買って、気軽に使えるようになるのも、まだまだ相当先の話です。が、EVはハイブリッドカーに比べると特許の縛りが少なく、また技術的にシンプルであるため、先進国との格差を埋めやすい。

中国メーカーにとっては、EVを手がけても失うものがないということも、EVを遠慮なく出せる背景です。日本や欧米のメーカーは、EVを売れば売るほど、利幅の大きい高価なクルマのマーケットを侵食してしまいますが、自社ブランドのグローバルシェアがまだ小さい中国メーカーにとっては、それはあまり気にならない。

とはいえ、中国メーカーにとってEV開発は悩みのタネです。先に申し上げたように、EVの時代が来るのはまだまだ先で、研究開発が利益に結びつかない。そこで必要となるのは、EVの将来性を高く評価する投資家のマネーです。中国メーカーにとって、EVのコンセプトカーは単に技術力をアピールするためのものではなく、世界の投資家に投資を呼びかけるための商材なんです。もちろん長期的に見れば、EVは次世代エコカーの本命技術のひとつであることも確かで、大義名分は充分に立つわけですが。

----:フランクフルト、東京、デトロイト、ジュネーブ、ニューヨーク……、世界中のモーターショーを取材して、たどり着いた北京モーターショーのEV熱に驚いた我々ですが、それが急速なEV普及とは必ずしも結びつかないことがよく分かりました。

たしかにBYDはEVのイメージで集めた投資マネーで、品質やエンジン車の競争力を上げてシェアを伸ばしています。

今後も中国市場に注目してゆきたいと思います。本日はありがとうございました。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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