【井元康一郎のビフォーアフター】電動化にひけを取らぬエンジン車の革新

エコカー 燃費
マツダの新エンジンSKYACTIVが搭載されるアクセラ北米仕様
マツダの新エンジンSKYACTIVが搭載されるアクセラ北米仕様 全 6 枚 拡大写真

TSI、ツインエア…次々と繰り出される新世代エンジン

世界を走る乗用車の中で圧倒的多数派を占めるガソリンエンジン車。その燃費向上をめぐって、メーカー間の競争がますます激化する様相を見せている。

フォルクスワーゲンは5月23日、欧州Dセグメント(トヨタ『SAI』、ホンダ『アコード』などのクラス)の新型セダン&ステーションワゴン『パサート』を発表した。1.4リットル直噴ターボエンジン、伝達効率の高い機械式自動変速機DSG、軽量なボディシェル、アイドリングストップ機構などを備え、燃費は10・15モード走行時で18.4km/リットル。これはハイブリッドカーであるトヨタSAIやレクサス『HS250h』を除けばブッチギリのクラストップ。コンパクトカーと比べても遜色のない、優秀なスコアである。

最近日本デビューを果たした純エンジン車のエコカーで注目に値するもうひとつのモデルは、フィアットのコンパクトモデル『500』。排気量わずか875ccの2気筒「ツインエア」エンジンを搭載し、経済性を高めたモデルだ。

ヨーロッパでは今、エンジン内部のフリクションロス(摩擦抵抗)を減らすためにシリンダーの数を少なくすることが流行っている。高級車に直列4気筒エンジンを搭載したり大衆車のエンジンを3気筒化することはもはや珍しくない。BMWやメルセデスベンツも3気筒化を模索している。

フィアット500ツインエアのエンジンはさらにその上を行く2気筒。小さい排気量とあいまって、フリクションロスはごく小さい。さらに吸気バルブを自由自在に制御することが可能な「マルチエア」機構を装備しており、アクセルオフ時にはバルブを完全停止させることでエンジンのポンピングロス(空気の吸入、排出にともなうエネルギー損失)をほぼゼロにできる。

実際、500ツインエアを運転していると、アクセルを離して燃料がカットされた状態でも変速機をニュートラルにするのと大差ないくらい空走するのに驚かされる。慣性走行のコツをつかめば相当に実装燃費を伸ばすことができそうだ。公称燃費は日本での10・15モードでは21.8km/リットルと、コンパクトカーとしてはありふれた数値だが、EU混合モード(市街地+郊外)では4.1リットル/100km(24.4km/リットル)で、プリウスの同3.9リットル/100km(25.6km/リットル)に迫る。

もともと自動車業界では、2009年以降、欧州勢からエンジンの環境技術に関するイノベーションラッシュがあると言われていた。ある自動車部品メーカーの幹部は「欧州メーカーは全般的に、レシプロエンジンの設計が上手い。その強みに寄りかかりすぎて、ハイブリッド車の開発では日本勢に後れを取ったが、低コストで手軽に燃費を向上させたエンジンの量産では先制してきた」と語る。

◆注目の新技術「マツダ SKYACTIV」

しかし、日本勢も黙って見ているわけではない。2010年は日産『マーチ』、トヨタ『ヴィッツ』など、アイドリングストップ機構によって燃費性能の上積みを狙ったクルマが続々登場した。この流れは今年以降、さらに加速する可能性が高い。

ダイハツは今夏、測定条件をより厳しくした新燃費測定法、JC08モードで30km/リットルというきわめて高い燃費性能を持たせた軽自動車『イース』を発売するとアナウンスしている。またホンダは、測定条件の緩い10・15モード走行時の燃費ながら、34km/リットルのトールワゴンモデルを2012年に発売するという。スズキは最近、環境技術を高めた新型エンジンを逐次投入しているが、エンジニアのひとりは「ホンダさんのスペックの話が事実なら、作ったばかりのエンジンを全面刷新に近いくらい改設計する必要が出てくるかもしれない」と、燃費競争の厳しさを語る。

普通車でも新エンジンが続々登場する予定だ。中でも大いに注目されているのは、マツダの新エンジン「SKYACTIV(スカイアクティブ)」シリーズの出来栄えだ。

スカイアクティブは世界的に激化するクルマの燃費性能競争で優位に立つことを目標に開発された次世代パワートレインで、自前の量産型ハイブリッド技術を持たないマツダにとっては“虎の子”と言うべきものだ。昨年2月以来、マツダはこの技術について、その概要を段階的にカミングアウトしてきた。先頃横浜で開催された「人とくるまのテクノロジー展」では、最終仕様と思われるものが紹介されていた。

エンジンはガソリンとディーゼルの2種類で、どちらも圧縮比14:1。ガソリンのほうは通常のエンジンに比べて格段に高圧縮ながら、レギュラー燃料をノッキングを起こさずに燃やすことができるようになったことが売り。「直噴エンジンですが、特別な飛び道具を使ったわけではありません。ガソリンが燃えるときの温度分布を解析し、(ノッキングが起きる原因の)高温のスポットが発生しないようピストンや吸排気系の設計を突き詰めたすえに完成させた」(スカイアクティブのエンジン開発担当者)という。

ディーゼルのほうはガソリンとは反対に、一般的なクリーンディーゼルの圧縮比が15~16:1程度であるのに対し、14:1まで低圧縮化を図った。空気が圧縮されるさいに発生する熱で着火させるディーゼルの場合、圧縮比が低いと低温時の始動性が悪くなるという課題があったが、こちらも飛び道具は用いず、「燃焼後の排気が持っている熱を一部借用して安定した燃焼に必要な温度を確保した」(前出のエンジン開発エンジニア)という。

それらのエンジンと組み合わされる自動変速機「スカイアクティブドライブ」も独創的だ。機構自体は遊星ギアを用いた一般的なトルクコンバーター付きATだが、異なるのは制御。トルコンが作動するのは発進時の一瞬だけですぐにロックアップしてエンジンとギアを直結状態にする。あとは変速時もロックアップを解除せず、2速、3速…と、AT内のギアセットの間に設けられた湿式多板クラッチを切り替えて変速するのだ。

今日、欧州車のAT技術の中ではで2枚のメインクラッチを使って素早く変速できる機械式自動変速機DCT(デュアルクラッチトランスミッション)が高い評価を受けている。マツダのスカイアクティブATは、そのDCTのメインクラッチに湿式多板クラッチを使ったものと、理屈の上ではほとんど遜色ないエネルギー伝達効率を持つものと考えられる。「ただ、日本市場のお客様はわずかな変速ショックも気にされる場合が多いので、日本仕様については従来のトルコンATに近いセッティングになるかもしれない」(スカイアクティブドライブの開発担当者)

国内でのスカイアクティブ第一弾になるとみられるのは、コンパクトカー『デミオ』。1.3リットルスカイアクティブエンジンとCVTの組み合わせで30km/リットルを目指す。その後、スカイアクティブドライブや軽量化ボディ「スカイアクティブシャシー」などの新技術を投入するという。

マツダのこの新エンジン戦略はすでに、自動車業界に広く知られるところとなっており、ライバルメーカーもパワートレインの刷新を急いでいる。今後数年内に新車への代替を考えているユーザーにとっては、こうした燃費競争は大歓迎だろう。

◆エンジン車の省エネ化が市場を制する

次世代エコカーとして脚光を浴びやすいのはハイブリッドカーやEVなど、クルマの電動化技術を盛り込んだモデルだ。97年末にプリウスが登場して以降、トヨタのブランドイメージを高めることにどれほど貢献したかを考えれば、その重要性は今さら言及するまでもない。その一方で、自動車メーカーにとって簡素なで安い技術を用いて省エネ化を図ったクルマの重要性は、電動化技術にひけを取らない。

中国をはじめ、新興国での自動車需要は爆発的に伸びると考えられているが、その新興国市場ユーザーの購買力は、先進国ほどには高くない。少なくとも今後10年の展望としては、低価格なエンジン車の省エネ性能の高さが、市場を制する重要なファクターになると自動車メーカー各社は考えているのだ。

本来なら高価だった過給器付きエンジンの吸排気システムが、普通のエンジンのそれと大して変わらないくらいに低コスト化されたり、3気筒、2気筒化されたり、はたまた吸排気バルブを自由自在にコントロールする次世代バルブ制御システムが考案されたり…今後の新世代エンジン競争から目が離せない。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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