10月1日、『シャア専用オーリス』が発売された。その販売が好調だという。これには驚いた。なぜなら2012年8月に『シャア専用オーリスCONCEPT』が発表されたときに「これは面白いアイデアだ」と思ったけれど、一方で「現実にあの派手なクルマを購入する人がどれだけいるのか?」という懸念を抱いたのだ。
「数字は出せませんが、トヨタ内で設定していた目標は達成しています。反響は大きかったのかなと。買っていただいた年齢層も幅広いですし。普段だったら間違いなく『オーリス』を買っていない若い人たちもいます。コールセンターにいろいろな問い合わせがあるのですが、一番嬉しかったのは16歳の高校生が“すごい欲しい。でも、僕がクルマの免許が取れるのは2年後なので、それまで売っていますか?”というのがありました。そういうのは、めちゃくちゃ嬉しいじゃないですか」と、プロジェクトの取りまとめを行ってきたトヨタマーケティングジャパンの柳澤俊介氏は『シャア専用オーリス』の販売の好調さを語った。
また、車両と同時に発売となった『シャア専用オーリスナビ』は、8月26日の発表後、1か月もしないうちに限定900台が予約で埋まってしまったという。アニメの『機動戦士ガンダム』でシャア・アズナブル役を務めた声優・池田秀一氏のオリジナルボイスを約500語納めたとはいえ、20~25万円ほどもするカーナビとしては異例の人気と言っていいだろう。
ちなみにシャア専用オーリスの市販モデル発売にさきがけて、2013年1月に設立したネット上のバーチャルカンパニー『ジオニックトヨタ』には、2万6000名を超える“社員”登録が集まった。こうした事前プロモーションも、市販モデルの好調を後押ししているようだ。
「『ジオニックトヨタ』を作ったのは、どうやってファンの方をこのプロジェクトに参加してもらうか? 自分の事柄として楽しんでもらえるかと考えた結果だったんです。こういった嗜好性の高いものをトヨタが勝手に作ると、おそらく受け入れられないだろうなと。賛否両論あろうけど、否定の方で炎上してしまう可能性が高いと思いました。だったら一緒に作るというところからやろうと考えたわけです」と柳澤氏。
“一緒に作る”という目的のため、『ジオニックトヨタ』では、6回のアンケートやイベントなどを通してユーザーの声を集めた。
「 “3倍速くしてほしい”とか“音にこだわってほしい”とか“クールな内装にしてほしい”など、いろいろな声が集まりました。そうした声にどうやって応えたらいいのかな、と考えた答えがパーツ販売だったんです。選んでプラスチックモデルのように作ってもらう。どれをつけるかは自由です。デカールを貼って楽しんでもらうのも、お客さんの好みでやってもらえばいいと。一方で、『ジオニックトヨタ』の2万6000人の2割くらいが20代の若い人なんですよ。たぶんクルマを買ったことのない人がたくさんいて、その人たちがそもそもクルマを持っていないのに、トヨタのプロジェクトに入っていただける自体が、僕たちは嬉しかった。そして『シャア専用オーリス』が出たら欲しいですか? とアンケートしたら半分くらいが“買いたい”と言ってくださった。そういう人たちが買いやすいというのが重要なポイントだと思って。コンプリートで400万円です! というのではなく、たとえばエンブレムだけでもいいから欲しいとか、毎月1個ずつ買い足すとか。買い方も選べるようにしました」
10月1日発売の市販モデルは、コンプリートではなく、19種類のオリジナルパーツ(うち2種が900台限定のカーナビとフロアマット)を用意し、ユーザーが好みで選択できるようになっている。限定となったナビとフロアマットを除く17種のオリジナルパーツの合計金額は80万9550円。エンブレムやアンテナ、デカールセットなどは、各2~3万円となっており、それだけを購入することも可能である。
「もちろんガンダムというコンテンツ力のすごさがあったからできたと思っています。その上で、僕がこだわったのが、コミュニケーションという部分ですね。広告をしたら伝わるとか好きになってもらえるという時代ではなくなっているのではないかと。なんでトヨタがそれをやっているのかとか、そこに至るストーリー、どういう背景でやっているのかというのを作り上げて、それを誠実に伝えてきたつもりです。そのひとつが『ジオニックトヨタ』であって、一緒にクルマを作るということでした。今までのトヨタでもやってきましたが、こだわり切ったという部分では、新しいのかもしれません。また、SKE48の古川愛李さんを特別広報部員に入れたのも、もともと彼女が本当にガンダムを大好きで、僕らが声をかける前からシャア専用オーリスを勝手に応援してくれていたからなんですよ」
ファンと一緒になって歩むために、必然性のあるタレントの起用や、背景づくりが非常に重要だと言う柳澤氏。シャア専用オーリスがただのアドバルーンで終わらなかったのは、こうした新しいプロモーションのアプローチが存在していたのだ。