フルモデルチェンジされたと言われても、見た目にはずいぶん旧型と似ている…こう思われた方は恐らく多いと思う。しかし、新しい『マスタング』はまさに旧型とは似て非なる存在である。
何故か。一つには、フォード内部でこのクルマがグローバルプロダクツに指定されたこと。以前はいわゆるアメリカ専用モデル。輸出のことなどまるで考える必要のなかったモデルなのだが、今回はそうではない。だから、ミラーはたためるし、まだやってこないが右ハンドルも用意される。二つ目は結果としてグローバル化のため、あるいは進化のために、従来まで50年に渡り変えてこなかったサスペンションのメカニズムをリアは、リジットから独立懸架に改めたこと。そして3つ目は少なからず燃費に配慮したことだ。
確かに見た目は旧型と似ている。しかし、それこそマスタングのDNAをきちっと守り抜いた結果であろう。だが、旧型よりもはるかにダイナミックで抑揚のあるデザインだ。それを特に感じるのはリアから眺めた時の姿。どしっと安定感のあるスタイリングである。日本市場向けはつい先ごろ試乗会が開かれた。アメリカ以外で試乗会が開催されたのは日本だけ。そのためにわざわざクルマを空輸したという。
日本仕様はオプションのパフォーマンスパッケージを組み込んだモデル。スポーツサスペンションに19インチホイールを装着する。エンジンは新規投入された2.3リットル直4エコブーストである。北米ですでにこの仕様も、そしてまだ日本にはやってこないV8も乗った。実はこの2台、その性格が全く異なると言っても過言ではない。姿は同じでも乗れば別なクルマである。
2.3リットルは一言で言ってマッスルカーではない。少なくとも豪快さは持ち合わせていない。しかし、日本で販売されたマスタングのほとんどは、実はV8ではなくV6搭載モデルの方。そして2.3リットルモデルはそのV6に取って代わるモデルなのだが、そうだとすれば見事な変身を遂げたモデルと言えるのだ。
一番変わったのはやはりハンドリングである。実にシャープなキレのある運動性能を見せるし、本気になって飛ばした時の手応えも、とても旧型では味わえなかったものである。試乗会でのチョイ乗りでは物足りないので、改めて借り出して今乗っている。その結果いくつかのこともわかってきた。
まず、ドライビングを楽しむためにコーナーを攻めてみると、19インチタイヤとスポーツサスペンションは実に頼もしい存在で、路面さえよければタイヤの食いつきの良さは格別だ。しかし一方で、一般道を流れに乗って走っている時はそのサスペンションの硬さが気になるし、太いタイヤは轍を外れるとワンダリング傾向を示す。だから、妥協点を見つけるためには本来はワンサイズ小さなタイヤとノーマルサスペンションの方が、このクルマの性格には合っていると思えた。勿論V8は文句なくこの仕様がいいと思うが。
ニューモデルにはセレクタブルドライビングモードというものが装備される。これは、ノーマル、スポーツ+、スノー、トラックという4種の走行モードを任意で選べるもので、安全デバイスまで切ってしまうトラックとスノーモードは試さなかったが、ノーマルとスポーツ+は試してみた。
モードを切り替えて変わるのは、ステアリングのアシスト量、アクセルのレスポンス、それにトランスミッションのシフト制御などで、これとは別にステアリングのアシスト量だけを変えるステアリングモード切替もあり、こちらはノーマル、スポーツ、コンフォートの3段階に切り替えることが出来る。正直なところ、ノーマルとスポーツの差はあまり明確ではないが、スポーツからコンフォートに切り替えるとぐっと軽くなって、パーキングや街中のドライブには重宝する。
今回はフォードで初めて、ステアリングに装備されるちゃんとしたパドルシフトが付いた。マニュアルモードでパドルシフトを使うためにはシフトレバーをDからSに切り替える必要があるのだが、実はこの状態にするとセレクタブルドライビングモード切替えはスポーツ、スポーツ+、トラックの3種に切り替わり、スノーやノーマルポジションが消えることが判明した。新たに表れたSモードとS+モードがどの程度異なるのか試してみたのだが、明確にはわからない。いずれにしてもスポーツドライビングを楽しむ時は、ギアセレクターをS、セレクタブルドライビングモード切替からS+をチョイスすることをお勧めする。
4気筒のパフォーマンスは気になるところだろうが、少なくとも従来のV6エンジンと比較した場合は遥かにこちらの方が良い。パワー的には大した差ではないが、レスポンスは断然こちらが上。それに予想以上のトルク感があって、一般道ではあっという間に他車をおいていく加速感を持つ。
燃費も大きく進化を遂げている。高速と一般道をおおよそ7:3の割合で200kmほど走った燃費は10.2km/リットル。そんな数値、過去のマスタングではお目にかかったことがなかった。実用性も高く、ゴルフバックなど楽々横に入ってしまう幅の広さを持つ。勿論その分車幅も広いが…。因みに50周年エンブレムを装備したクルマは今年のモデルだけ。僅か350台の限定である。
■5つ星評価
パッケージング ★★★
インテリア居住性 ★★★
パワーソース ★★★★
フットワーク ★★★★
おすすめ度 ★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来37年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。