【ホンダ ジェイドRS 800km試乗 後編】ニッチ過ぎる立ち位置、ライバルは「レヴォーグ」か…井元康一郎

試乗記 国産車
ホンダ ジェイドRS
ホンダ ジェイドRS 全 26 枚 拡大写真

ホンダの3列シートミニバン『ジェイド』に追加されたガソリンターボモデル「RS」で800kmあまりツーリングする機会があったのでリポートする。前編では、動力性能や燃費について述べた。ハイブリッドと比べると意外なほど素晴らしい足回りを持つのがRSの特長のひとつだ。では使い勝手やデザイン、そもそもの商品としての価値はどうか。

◆走りの良さがデザインへの印象もポジティブにする

室内の使い勝手はハイブリッド版と大きく変わるところはない。ただ、リチウムイオン電池モジュールがないぶんセンターコンソール部がスリムになったため、フロントシートの居住感は上がった。2列目シートはキャプテンシートをうたっているが、これは室内への張り出しが大きくなる後ダブルウィッシュボーンサスペンションと2列目シートスライドを両立させるための苦肉の策の産物で、アームレストも片方のみなので、特筆すべきくつろぎ感はなく、むしろ横方向の束縛感のほうが強く出てしまう。3列目は依然として短距離のエマージェンシーレベルにとどまる。

デザイン考。今回の試乗車のボディーカラーはホワイトオーキッドパール。前回のマンダリンゴールドと称する緑と茶色と金色が混ざったような濃色に比べてボディの陰影が出やすく、またシルエットを伸びやかに見せる色だった。本来は拡張色である白のほうがむしろ緊張感があるように見えるのは面白いところだ。

前回の試乗の時はクルマの走行フィールがあまりに眠かったため、すべてにおいて印象が悪かったのだが、ジェイドRSの場合、足が非常に良かったため、ポジティブに見る元気も出てきた。ボディシェルのシルエットは空力的洗練度合いが高いもので、よく見ると意外にもホンダが2008年に発売した燃料電池車『FCXクラリティ』との共通性が色濃い。また、ボディ各部の面の質感もかなり高く、中国市場メインのクルマでありながら、単に安さだけを追求したものではないことがうかがえた。

これでフロントマスクとテールがシックに仕上げられていればスリークで品の良いクルマになったのであろうが、残念なことにその部分にデザイナーの自己満足的な作意が盛り込まれすぎ、どちらも線がごちゃごちゃと入り乱れたビジーなものになってしまっているのは惜しい。フロントはヘッドランプとグリルがブーメランのように一体のエリアを構成する「ソリッドウイングフェイス」というデザインテーマに沿ったもの。だが、ホンダがそれを強力にアピールしはじめたのは2014年にコンパクトカー『フィット』の第3世代モデルを発売した時だ。それを上位モデルに展開したものだから、どうしてもフィットのイメージが被ってしまう。

ソリッドウィングフェイス自体、2003年発売の3代目『オデッセイ』以降、複数のホンダ車に使われてきた顔に名前をつけただけのものだが、フロントグリルのセンターが厚く、顔の両端に行くに従って目が細まっていくような造形は、クルマの“眼力”を演出するのには本来不向きだ。それをすべての車種に適用していくのがデザイン戦略上いいかどうか、首脳部やデザイン部門はやり直しがきくうちにもう一度よく考えたほうがいいのではないか。

◆ニッチ過ぎる立ち位置をどう見るか

まとめとライバル比較考。ジェイドRSは合計800km程度のドライブでは運転に飽きさせないだけのファン・トゥ・ドライブ性と安心感を持つ、素晴らしいスポーツギアであるという点で、燃費がとりえのハイブリッド版とは別物の価値を持つ。3列目シートを折り畳めば広大な荷室スペースが得られ、ハイブリッドほどではないが、ブーストを抑え気味に走れば燃費も十分に良好な水準と、ツーリングへの適性も高い。ジェイドRSのような走り、パッケージング、デザインのクルマが好きだという顧客であれば、購入後の満足度はきわめて高いものになるものと思われた。

が、このクルマが広く受け入れられるかどうかという点については話は別だ。有り体に言えば、ジェイドRSはハイブリッド版と同様、立ち位置があまりにもニッチすぎるのだ。ミニバンとして考えると、3列目シートは子供用もしくは緊急用くらいにしか使えず、大柄なボディなのにフル6シーターとはとても言えないのがネック。4+2座というユーティリティ面だけを見ると、自社モデルの『フリード』やトヨタ『シエンタ』など、はるかに価格の安いクルマと競合してしまう。

Cセグメントとしてみると、ハンドリングの質感の高さはワゴンボディでない国産Cセグメントハッチバックを問題にしない素晴らしさなのだが、ミニバンボディの重量過大はもったいない。ホイールベースが100mmほど短い普通のCセグメントならずっと軽く、動きもさらに素晴らしい物が出来たであろうことを考えると、これまた質の高いハッチバックを買いたいという顧客のニーズから外れている。

そんなジェイドRSのターゲットとして一番当てはまりそうなのは、5人乗車の機会がほとんどなく、キャンプ用具や釣り用具、天体望遠鏡などの大荷物を積んで長距離をツーリングするようなステーションワゴンユーザーだ。

その観点では、国産では先進安全装備込みの価格的に見てスバルのステーションワゴン『レヴォーグ』の1.6リットルターボあたりが最大のライバルになりそう。ハンドリングの質感ではジェイドRSに軍配が上がり、両モデルのロングドライブ経験に鑑みて、実燃費でも優位に立つ。が、レヴォーグには豪雨の中国自動車道でも驚異的なスタビリティを発揮したスバル独自のAWD(四輪駆動)システムを持つことや、先進安全装備の性能が素晴らしいといったバリューがある。レヴォーグというブランドがすでに日本のワゴンユーザーに浸透しているところから顧客を奪うのは容易ではなかろう。

輸入車勢ではフォルクスワーゲン『ゴルフヴァリアント』の1.2リットルターボ「TSIコンフォートライン」(105ps/175Nm)、ルノー『メガーヌエステート』の1.2リットルターボ「GTライン」(132ps/205Nm)あたりが価格的に競合する。ジェイドRSは機械的な信頼度では輸入車勢を凌駕する可能性が高い。また、先進安全装備を持たないメガーヌエステート相手だと、それを装備可能という点もアドバンテージだ。一方、Cセグメントは欧州メーカーの鉄壁の牙城で、この2モデルも素晴らしい操縦安定性に加えて良好な乗り心地を有していることから、ツーリングの味わいでは並ばれてしまう。

ホンダはジェイドを発売した時、ターゲットユーザーについて「子育てが終わったものの、子育て時代に慣れたミニバンに乗り続けたいという層」という、非常に無理やりな設定をしていた。もちろん最初からそういう狙いでこのクルマを作ったわけではなく、中国市場向けモデルとしてすでに存在するモデルを日本に売るのに、どういう後付け理論ならもっともらしく聞こえるかを考えて屁理屈をこねただけだ。自動車ビジネスにおいては、そういうゴリ押しは大体において失敗する。

このモデルの日本投入に踏み切ったからには、ホンダは当分のあいだこれを売り続けなければならない。少なくともジェイドRSについては国産Cセグメントとしては異例とも言うべき乗り味の素晴らしさを持つという美点を持っているのだから、そこを起点に、顧客への訴えかけを根底から見直すなどの努力を今一度払うといいのではないかと思われた。

また、現時点ですでにジェイドの販売戦線は崩壊しているので、ダメ元でハイブリッド版の足もRSに合わせ、加えてDCTの変速段数を自在にコントロールできるパドルシフトを装備してみてはどうか。リーマンショック以降、クルマの味付けが全般的に低下したホンダだが、今でもやろうと思いさえすれば素晴らしい味にできるということを、ホンダの実験部隊はジェイドRSで証明してみせた。すべてのモデルについて、スポーツ、コンフォートといった単純な切り分けではなく、ホンダの信じる良い味とは何かということを市販車で余すところなく表現し、そのことをまずホンダファンに伝える努力をしてみるといい。それが失われたホンダブランドの吸引力を復活させる小さな一歩になるかもしれない。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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