1981年にホンダが商品化した世界初の地図型ナビゲーションシステム「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」が『IEEEマイルストーン』に認定され、3月2日にその記念式典が行われた。会場にはその“生みの親”で当時の電装開発責任者であった田上勝俊氏も出席。誕生にまつわる話を伺った。
エレクトロニクス技術で後れを取ったホンダが“世界初”を生み出した
「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」が開発された1970年代は「ホンダにとってまさに成功と危機感が交錯する時代だった」と田上氏は語る。
当時、アメリカでは排ガス規制を定めたマスキー法案が施工される予定となっており、ここでホンダはCVCCで世界に先駆けて基準値をクリアする快挙を成し遂げた。ホンダはこれにより世界にその存在感を示すこととなったわけだが、その一方で「CVCCはメカニカルな技術で成り立っていたため、カーエレクトロニクスの分野では後れを取ることとなってしまった」のだという。
そんな中、田上氏はトップから四輪の電装開発のトップに任ぜられる。田上氏は当時、汎用部門で発電機の開発を担当していたが、カーエレクトロニクス技術の進歩に対して、トップの強い危機感を感じ取り、その意を受けて開発に取り組むことになった。
ただし、「CVCCで世界に“技術のホンダ”を示した後だけに、電装を担当する部門として何としても勝たなければならない。カーエレクトロニクスで後塵を拝していたのはもの凄いプレッシャーだった」(田上氏)。