トランプ大統領の自動車政策で困るのはメーカーではない【藤井真治のフォーカス・オン】

アコードを生産するホンダ米オハイオ州メアリーズビル工場
アコードを生産するホンダ米オハイオ州メアリーズビル工場全 5 枚

貿易赤字解消と国内雇用増大をスローガンとするトランプ米大統領は、アメリカに輸入されるクルマをヤリ玉にあげている。日本からの輸入車の関税大幅アップ、北米自由貿易協定(NAFTA)でこれまで関税ゼロであったお隣のカナダやメキシコからの輸入車にまで新たに関税をかけようと息巻いている。

中国に次いで世界2番目の自動車市場であるアメリカ合衆国は、トヨタとホンダにとっては世界一の販売国。日産にとっても中国に次いで2番目の国。販売量や収益の確保のための最重要国である。3社はこのトランプの政策でどう困るのか?

昨年2018年の販売データから、3社のアメリカでのビジネス構造の違いやトランプ政策による影響度が見えてくる。

(注:グラフはアメリカの権威ある自動車業界紙「Automotive News」掲載データを元に、APスターコンサルティングが原産国を特定し作成、一部予測値)

日本からの輸入がまだ多いトヨタ

トヨタのアメリカ販売モデル(2018 データ アメリカ自動車専門紙をもとに(株)AP スターコンサルティングが作成)トヨタのアメリカ販売モデル(2018 データ アメリカ自動車専門紙をもとに(株)AP スターコンサルティングが作成)
まずトヨタはアメリカで、トヨタブランド車とレクサスブランド車を合わせて240万台販売しているが、その半数はアメリカにあるトヨタの工場で造られるメイドインUSA。日本からの輸入車は30%。次いでカナダ製17%、メキシコ製は6%と続く。同じトヨタやレクサスのバッジがついたクルマの生産国は4か国にまたがっているわけだ。

かつてはアメリカで販売される日本車は100%日本で生産された輸入車(日本からみれば輸出車)だったが、貿易摩擦、自主規制、アメリカでの現地生産推進という経緯を経て今日に至っている。トヨタは現在アメリカで日本からの輸入車は少量高額モデルを中心に、量販トヨタ車はアメリカやカナダで生産するという基本戦略を取っている。トランプ大統領はトヨタのこの30%に相当する日本車輸入ですら貿易赤字を作り雇用を奪う「けしからん存在」と言っているわけだ。

トランプ大統領と安倍首相の昨年9月の会談で、現在5%の日本車輸入車関税を25%にまであげるという案は今のところ棚上げにはなっているが、いまだに両国の通商・政治の交渉カードの一つであり、万が一こじれて輸入関税がアップとなった場合、一番困るのは輸入車の数の多いトヨタという事になる。日本で300万台生産体制を死守したいトヨタにとってアメリカ重要な輸出先であり、まさに「頭の痛い問題」なのである。

メキシコとの新自由貿易協定の動きに目の離せない日産

日産のアメリカ販売モデル(2018 データ アメリカ自動車専門紙をもとに(株)AP スターコンサルティングが作成)日産のアメリカ販売モデル(2018 データ アメリカ自動車専門紙をもとに(株)AP スターコンサルティングが作成)
一方、アメリカで149万台を販売している日産。28%が日本からの輸入車であり輸入関税アップで困るのはトヨタと同じ状況だが、加えて頭の痛い問題はメキシコ製日産車。

日産は、昔からメキシコ事業に力を入れておりメキシコでは販売台数ナンバーワンのトップブランドである。生産台数も多く、アメリカにも小型乗用車やSUVなどを中心に輸出を行っている。アメリカ、カナダ、メキシコの北米自由貿易協定(NAFTA)のなかでトヨタ、ホンダはカナダとメキシコに生産を分散しているのに対し、日産は低い労働コストのメキシコにかなりの生産量をシフトさせている。日産らしい「集中と選択」政策である。

トランプ大統領は、カナダとメキシコに対し協定そのものを更新せずゼロ関税の適応廃止と言い出したのだが、交渉の結果協定は基本的に自由貿易という枠組みで更新締結されそうである。しかしながら「国境の壁」同様、明らかなメキシコいじめともいえる部品調達先の労働賃金規定などが盛り込まれる模様で、トランプ大統領は「労賃の安いところ=メキシコであんまりクルマを造るな」という露骨なメッセージを飛ばしている。アメリカと比べ極端に安い労働賃金を背景に生産拠点化を進めてきた日産だけでなく、GMなどアメリカメーカーにも釘を刺す形となっている。

地産地消のホンダも部品の現地調達率をさらに上げることが必須

ホンダのアメリカ販売モデル(2018 データ アメリカ自動車専門紙をもとに(株)AP スターコンサルティングが作成)ホンダのアメリカ販売モデル(2018 データ アメリカ自動車専門紙をもとに(株)AP スターコンサルティングが作成)
アメリカで日産より多い162万台を販売しているホンダはグラフで分かる通りアメリカでの生産比率が68%と極めて高く、他の2社とは異なる事業構造を持っている。日本からの輸入車、カナダ、メキシコからの輸入車は販売ラインアップの強化のための補完といった位置づけである。まさに「地産地消」の方針を表している。トランプ大統領の輸入車締め出し政策に一番影響を受けないメーカーと言えよう。

しかしながら、議論の対象が完成車の輸入関税からクルマを構成する部品の現地調達率へ移りつつあるのが気になる。すなわち、「部品のアメリカ現地調達率を上げよ」「日本からの部品輸入を減らせ」という政策が具体化していけば、ホンダも他社同様に対応せざるを得ないし、傘下の部品メーカーもさらなる現地調達率をあげていかざるを得ない。ホンダも含めた各社が頭を抱えながら解決していく問題である。

トランプ大統領の自動車政策がいかなる形で決着しようとも、輸入関税や部品の調達率アップは最終的にはコストアップ要因となり、それは消費者が負担することになろう。アメリカの消費者はこれまでよりも高い買い物をせざるを得なくなる。最終的に困るのは自動車メーカーではなく「アメリカのお客様」なのである。

<藤井真治 プロフィール>
(株)APスターコンサルティング代表。アジア戦略コンサルタント&アセアンビジネス・プロデューサー。自動車メーカーの広報部門、海外部門、ITSなど新規事業部門経験30年。内インドネシアや香港の現地法人トップとして海外の企業マネージメント経験12年。その経験と人脈を生かしインドネシアをはじめとするアセアン&アジアへの進出企業や事業拡大企業をご支援中。自動車の製造、販売、アフター、中古車関係から IT業界まで幅広いお客様のご相談に応える。『現地現物現実』を重視しクライアント様と一緒に汗をかくことがポリシー。

《藤井真治》

藤井真治

株式会社APスターコンサルティング CEO。35年間自動車メーカーでアジア地域の事業企画やマーケティング業務に従事。インドネシアや香港の現地法人トップの経験も活かし、2013年よりアジア進出企業や事業拡大を目指す日系企業の戦略コンサルティング活動を展開。守備範囲は自動車産業とモビリティの川上から川下まで全ての領域。著書に『アセアンにおける日系企業のダイナミズム』(共著)。現在インドネシアジャカルタ在住で、趣味はスキューバダイビングと山登り。仕事のスタイルは自動車メーカーのカルチャーである「現地現物現実」主義がベース。プライベートライフは 「シン・やんちゃジジイ」を標榜。

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