水素社会戦略を担う『MIRAI』はプリウスの夢を見るのか---トヨタ全方位戦略の狙い

トヨタMIRAI新型
トヨタMIRAI新型全 12 枚

2代目となる新型トヨタ『MIRAI(ミライ)』の販売開始が発表された。FCVだからではなくクルマとしての魅力や性能をアップしたという。だが、ミライは国が進める水素社会の一翼を担う戦略車でもある。この構図と戦略に共通点を感じるのは『プリウス』だ。

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20年かけて大成させたプリウス

プリウスはトヨタが「21世紀に間に合った」と1997年に発表されたハイブリッドカーだ。当時はアーリーアダプターが注目するようなマニアックなクルマだったが、燃費性能やトータルの環境性能など、コンセプトは多くの人に評価された。発売当初は実用性(スペック上は満たしていたとしても)や商品として魅力よりも、コンセプト先行でどちらかというと「イロモノ」扱いだった。

初代プリウスの新車時価格は215万円からというとんでもない戦略価格だ。実際、2代目まではあきらかに価格に対して原価割れの赤字車両だったはずだ。3代目以降は普通に試乗で売れる車両として、コストダウンや標準的な製造技術の投入が行われ、むしろトヨタにおいては、いまやハイブリッドが乗用車のスタンダードになりつつある。

トヨタはじつに20年かけてハイブリッドを技術だけでなく、市場としても確立させた。そのひたむきな努力は賞賛に値するし、その努力があったからこそハイブリッドがここまで成長したともいえる。3代目以降は、「ハイブリッドだから」ではなくクルマとしての基本的な性能や機能、付加価値でライバルと競争できるどころか、ライバルが目標とさえするクルマになった。

水素社会の課題

話をミライに戻そう。ミライは言わずと知れた水素自動車だ。おりしも政府が「脱炭素社会」を明確に表明した(11月の首相会見)ところだ。その中で、電動化という言葉の他に「水素社会」という言葉も盛り込まれている。政府としても環境対策に水素は不可欠であるという認識だ。ミライは、まさに国策水素戦略を担う存在といえるだろう。

水素自動車(FCV)のメリットはわかりやすい。走行時のエミッションフリーはいわずもがな、EVの欠点である充電時間も、水素充填という給油の延長で考えられる。だが課題も多い。まず、LCA=ライフサイクルアセスメントでみると現状EVよりも劣る。水素の生成方法にもよるが石炭火力の電力で作る水素は、(いまのところ)発電電力を5~10%程度のロスでエネルギーにできるバッテリーにかなわない。

水素は自然界のいたるところに存在するが、抽出・生成にコスト・エネルギーが必要だ。ガソリンは重油やジェット燃料の生成過程でできてしまうのでコストがかからない(比較論)が、水素はそう簡単ではない。化学プラントなどから副産物として活用できるが、軽さと分子の小ささから回収は簡単ではない。

タンクへの充填、移動、保管に関連してインフラの問題も大きい。水素スタンドの設置コストはGSの比ではない。高圧ガス保安法や消防法によって立地条件が細かく決められており、平地で開放型でしか設定できない。新型ミライがタンクを増量して航続距離を850Kmとしたのも、見方を変えれば広がらない水素供給インフラをタンク容量で対応せざるを得ない状況があるからだ。

水素社会はFCVだけの話ではない

LCAを含む環境性能やインフラ整備といった課題も多いなか、トヨタはミライを作り、今回の新型ではプラットフォームまで作り直している。2代目では内外装や走行性能、高度安全運転支援機能など、クルマとしての品質・機能アップを遂げている。このモチベーションはなにかと考えたとき、思い当たるのは前述のプリウスだ。

トヨタは、プリウスでハイブリッドを育てたように、ミライでFCVの技術と市場を作ろうとしている。車両単体モデルでのビジネスを捨てて、来るべき水素社会を切り開くという10年先、20年先を見据えた戦略だといえる。

もちろん、大企業であるトヨタがフロンティア精神だけでFCVを見ているわけではない。政府が目指す水素社会はFCVに限ったものではない。鉄道、船舶、航空機、地域エネルギーといった文字通りの社会インフラとしての水素活用だ。トヨタも乗用車だけでなくフォクリフト、バス・トラックを含む商用車への展開を考えている。北米での大型トラックの実験、日野とのFCVトラック開発では、コンビニ配送用の小型FCVトラックの実験が始まる。

鉄道や船舶のように長距離かつ大量輸送では、水素燃料のような固定維持コストがかかる用途との親和性が高い。また、配送センターとルートがほぼ決まっている物流トラックなども含めて、これらはインフラ拠点を集約させやすい。

パワートレイン全方位戦略の狙い

トヨタは、ミライでFCVの先鞭をつけ、培った技術をトラックやその他に横展開させる。先行投資は水素社会、FCV市場の確立とともに回収される。もちろん先行者利益も期待できるわけで、現在のハイブリッド車の市場ポジションをFCVに交代させる。EVでは中国など海外勢に押されているが、その先のFCVでは再び市場を覇権する。

中国が、追いつかない内燃機関よりもEVで各国より先行する戦略だとするなら、トヨタはさらにその次のFCVで勝つ。マクロ視点では、政府の外交戦略・経済戦略とも利害一致する。そんなシナリオなのかもしれない。すくなくとも、中国や海外勢にEVだけで勝負するのではなく、次の布石としてFCVを育てているはずだ。トヨタのパワートレイン全方位戦略の狙いはそこにある。

《中尾真二》

テクノロジージャーナリスト・ライター  中尾真二

アスキー(現KADOKAWA)、オライリー・ジャパンの技術書籍の企画・編集を経て独立。現在はWebメディアを中心に取材・執筆活動を展開。インターネットは、商用解放される前の学術ネットワークの時代から利用し、ネットワーク、プログラミング、セキュリティについては企業研修講師もこなす。エレクトロニクス、コンピュータのバックグラウンドを活かし、自動車業界についてもテクノロジーを中心に取材活動を行う。

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