“アルミ愛”あふれる女性エンジニアの仕事、『MT-09』のホイールを進化させた「アルミブレンダー」とは

ヤマハ発動機 生産技術本部 材料技術部 先行開発グループ 主事の大島かほりさん
ヤマハ発動機 生産技術本部 材料技術部 先行開発グループ 主事の大島かほりさん全 12 枚

スピンフォージドホイールで注目の「アルミブレンダー」という仕事

バイクを構成するパーツには、多くのアルミが用いられている。軽く、加工しやすく、高い耐食性と熱伝導性を持ち、コストとのバランスに優れているところが主なメリットだ。オーストラリアや中国、ギニアといった国々で産出されたボーキサイトを原材料とし、それを精錬した純アルミが元になっている。

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ただし、純アルミを成形するだけでは上手くいかない。そのままでは強度が低いため、他の金属と混ぜ合わせることによって、適切なスペックのアルミ合金に生成する必要があるのだ。アルミ合金は、金属の含有量によって1000番台から7000番台の4ケタの数字が与えられており、例えば1円玉は純度の高い1000番台に分類。高い硬化性を持つ超々ジュラルミンは7000番台(A7075)に属し、その数字でおおよその性質を知ることができる。ちなみに、ピストンやシリンダーには熱膨張係数が低く、耐熱性や耐摩耗性に優れる4000番台の合金が多く使われている。

いずれにしても、応力の強さや熱量に対して配合を調整しなければならず、ヤマハ発動機は専門の研究部門を設立。アルミ合金のブレンダーとして、そこに従事している研究員のひとりが、生産技術本部材料技術部の大島かほりさんだ。

スピンフォージドホイールを採用したヤマハ MT-09 SPスピンフォージドホイールを採用したヤマハ MT-09 SP

材料技術部は鉄鋼やマグネシウム、チタン、樹脂、ゴム、オイルといったあらゆる材料の分析を担う他、それを量産する時の工法も含めて研究・開発している。2014年にヤマハ発動機へ入社した大島さんはその中で一貫してアルミと向き合い、2021年に発表された新型『MT-09』において大きな成果を残すことになった。軽量化の象徴にもなった「ヤマハスピンフォージドホイール」がそれだ。

この製法自体は鋳造の領域ながら、ホイールを金型から取り出した後に圧力を加えて薄く引き伸ばす工程が加えられている。これによって材質の薄肉化(=軽量化と原材料の削減に貢献)と、限りなく鍛造に近い強度の両立に成功。MT-09に込められた軽やかなハンドリングは、この技術なくしては語れない。

「蔵元や樽が変わればお酒の味が変わるように、アルミは繊細なんです」

ヤマハ発動機 生産技術本部 材料技術部 先行開発グループ 主事の大島かほりさんヤマハ発動機 生産技術本部 材料技術部 先行開発グループ 主事の大島かほりさん

普段なかなか表舞台で語られることのない、しかしヤマハにとって欠かせないアルミのブレンド技術がどのようなものなのか。大島さんのキャリアを通して、その一端をお届けしよう。そもそも入社のきっかけはなんだったのか。

「大学では機械工学を専攻し、カーボンナノチューブについて研究していました。人力飛行機のサークルではカーボンで機体を作って鳥人間コンテストに参加したり、もちろんバイクにも乗ったり。基本的に乗り物が好きなんです。ヤマハはボートやクルマとの関わりも深い企業ですから、第一志望にしたのは自然な流れでした」(大島さん談。以下同)

材料技術部に配属された大島さんは、アルミ製品の素材分析をしながら『YZシリーズ』のパーツやコミューターのホイール開発に携わってきた。ほどなくスピンフォージドホイールのアイデアが持ち上がり、その先行開発グループに所属。MT-09で実用化にこぎつけたのである。

「MT-09の開発はスピンフォージドホイールの実現ありきで進んでいたのですが、確証があったわけではなく、とはいえ絶対成功させなければいけない状況でした。最大の目的は軽量化とはいえ、単純にホイールを薄くしたのでは当然強度が落ちます。そのため、銅やマグネシウム、鉄といった金属の配合でそれを補いつつ、靭性(材料の粘り強さ)を高めるための新しい工程として回転塑性加工(=スピンフォージド)に行き着きました。強さとしなりをいかにバランスさせ、しかも軽く仕上げるか。その下地作りがアルミブレンダーの仕事です」

スピンフォージドホイール(左)と従来のアルミホイールの断面スピンフォージドホイール(左)と従来のアルミホイールの断面

アルミブレンダーとは、原材料の量や処理方法を最適化し、求める性質に仕上げていく一種のチューナーだ。アルミホイールの元になるアルミ合金が1000mlあったとすると、純アルミの分量は910mlほどだそうだ。残りの90mlは、銅、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、マンガンなど10種類以上の金属から成り、その配合が製品の成否を握る。

「一般的に、純アルミに次いで分量が多いケイ素でも6.5~7.5%程度。ニッケルやスズといった少ない成分なら、0.05%以下に過ぎません。その配合を微妙に変えたアルミ合金を用意して強度を測り、熱処理のタイミングや温度も少しずつ変えて実験しています」

際限のない過程ゆえ、ホイールの開発や供給をサプライヤーに頼っているメーカーは珍しくない。生産効率の向上を図るのなら当然の選択ながら、ヤマハは開発から製造に至るほとんどすべてを社内で行っている。

「ホイールそのものを委託しないまでも、例えば成分量を指定したインゴット(アルミ合金の塊)を購入して流用することも可能です。ただ、内製だと対応が早くてきめ細やかなものになりますし、個人的にも折角なら自分の手で配合したいですね。合金の表面をきれいに磨くと化合物の様子がちゃんと見えるんですよ。その子たちが混ざったり、つながったりすることで組織が強固になっていくことを思うと、もう愛おしくて」

スピンフォージドホイール(右)と従来のアルミホイールの断面スピンフォージドホイール(右)と従来のアルミホイールの断面

アルミ合金で成形されたパーツを手にした時、その形状や機能のことが気になっても内部組織にまで意識が及ぶことはない。しかしながら、実際にカタチになるずっと手前の段階で大島さんのような技術者が関わっているのだ。いざ製造の段階になってからも決して機械任せではなく、常に人の手が介在している。

「配合量や熱処理が同じでも、アルミを溶かす炉自体との相性が微妙に合わないことがあります。磐田工場の炉で鋳造して出来がよくても他の工場で同じ状態になるとは限らず、炉の元素に合わせたチューニングには職人の経験が欠かせません。蔵元や樽が変わればお酒の味が変わるように、アルミはすごく繊細なんです」

ミクロな世界から未来を見据えている

ヤマハ発動機 生産技術本部 材料技術部 先行開発グループ 主事の大島かほりさんヤマハ発動機 生産技術本部 材料技術部 先行開発グループ 主事の大島かほりさん

そんな大島さんは、日常生活でもアルミのことを意識しがちだという。

「食事している時にスプーンの材質のことを考えていたり、きれいにアルマイトされている製品があればその薬品が気になったりすることはありますね。あ、そうそう。これまで気にも留めたことがなかったんですけど、野球の金属バットがアルミ合金だと最近知って、“それって何千番系なんだろう”とか“配合によって飛距離って変わるのかな”なんて思ったり。アルミっておもしろいですよね」

ひたすらアルミ愛にあふれる大島さんだが、現在はEV関連の研究にシフト。モーターのケースやコイルにはアルミが多用され、製法やカタチ、材料が大きく性能を左右するため、その分析や選定作業に主軸を置いているそうだ。EVは将来の成長が明らかなだけでなく、環境や資源の面からも急務なだけに、材料技術部は大きな役割を担うことになる。

「この先、バイクもクルマも今とはまったく違った構造になっていくのかもしれませんが、それをカタチにするにはまず新しい材料だったり、それを活かす工法があってこそ。それを実現するための発想や製品化に携わっていられたら幸せでしょうね。今、当たり前にある素材や技術も元々は誰かが夢に描いて、少しずつ叶えてきたものでしょう? 研究職に就く者のひとりとして、世の中の役に立つなにかに関わっていたいと考えています」

アルミは軽く冷たい素材だが、それに携わるヒトの思いには使命にも似た重みがあり、熱い。元素や組織レベルにフォーカスし、ミクロな世界から未来を見据えているヒトがヤマハにはいるのである。

《伊丹孝裕》

モーターサイクルジャーナリスト 伊丹孝裕

モーターサイクルジャーナリスト 1971年京都生まれ。1998年にネコ・パブリッシングへ入社。2005年、同社発刊の2輪専門誌『クラブマン』の編集長に就任し、2007年に退社。以後、フリーランスのライターとして、2輪と4輪媒体を中心に執筆を行っている。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム、鈴鹿8時間耐久ロードレースといった国内外のレースに参戦。サーキット走行会や試乗会ではインストラクターも務めている。

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