BEVとICEの両面から代替シナリオを具体化し続けるマーレ、モビリティの脱化石燃料化をフランツCEOが語る[インタビュー]

マーレグループのアルンド・フランツCEO
マーレグループのアルンド・フランツCEO全 6 枚

マーレグループのアルンド・フランツCEOが、昨年に続き今秋も来日した。この1年のアップデートも含め、同社の事業戦略や自動車業界の動向における見解を聞いた。


電動化、高効率、グリーンICEテクノロジーの3本柱

マーレは中長期的な戦略の3本柱として、電動化、高効率、そしてグリーンICEテクノロジーを掲げている。例として、1つ目が環境インパクトの少ないマグネットフリーモーターやスマート充電をはじめとするパワーエレクトロニクス、2つ目がこれらを最適化させさらなる性能効率を引き出すシステムユニットやサーマルマネージメント、さらに3つ目が、水素ピストンなど次世代エネルギーやESGパフォーマンスに資するICE技術、に相当する。

中国を除いて電気自動車の販売が踊り場に差しかかっているといわれ、性急な電動化よりも成熟テクノロジーに基づいたカーボンニュートラルへの道程が取り沙汰される昨今、マーレグループとしてはこれら3本柱のミックスに変化はあるのだろうか?

「このストラテジーは2030年から先、次の10年間を見越してデザインしたもので、これら3つの領域で進んでいくことが正しい方向性であると信じています。これらの領域で市場の需要に応じて私たちが創り出すことのできるシナジーも、私たちの顧客の成功に寄与するものです。昨年から今年にかけての変化は、BEVの成長や伸びが少しスローダウンしたことですね」

2035年にICEによる新車販売を完全に、もしくは相当数の割合でBEVに置き換えるといった目標を、欧州、北米の双方とも掲げているのに対し、直近では新車登録に占めるBEVの割合が伸びず、2024年の累積ではそれぞれ7~13%程度に留まっている。ただしそれは自動車市場の内的要因だけによるものではなく、中長期的な外的要因によるところも少なくないというのが、フランツCEOの見立てだ。

「インパクト要因の1つに無論、経済状況はあります。例えばドイツは経済規模でしばらく成長しておらず、欧州ではインフレ率の高止まりのせいで可処分所得が限られ、BEVが本来あるべき以上に高価格になっている。もちろん他にも複数の理由はありますが、BEVのアフォーダビリティが改善されにくい地合があるということです」

マーレが史上最高の売上高と利益を確保できた昨年とは打ってかわった、厳しい状況認識を隠さないフランツCEOだが、決して足下の変化を悲観しているわけではない。

「確かにCOVID-19期からの販売ボリューム上の回復は上々で、私たちはコスト上昇のようなネガティブ・インパクトについても原料調達面で協力的な顧客もいて、それが2023年では下支えのオフセットとなっていました。2024年はとくに欧州や北米で全体の販売ボリューム低下が著しく、中国や日本のような本来強いはずのマーケットでもボリューム低下が見られます。2024年に予想を超える強い成長を見せたマーケットは、南米とインドのみです。ですから現時点での見通しですが、2024年はとてもチャレンジングな年だったといえます」

ここ一年で市況は異なるがBEVへの移行という全体的な基調は変わらず、顧客ごとにケースバイケースだが、以下の傾向はあるという。

「より大型の車両におけるBEV化需要は下がってきていますが、かつて我々も計画していたような、より洗練されたBEVへの需要が劇的に下がって来ています。我々はつねにテクノロジーにおける多様性を信じていますが、モビリティにおけるアイデアとコンセプトを戦わせるべき対象は、やはり“脱化石燃料化”であるということです」

昨年、マーレは排気量として約1万3000リットルというトラック向けの水素エンジン用ピストンから、同じく1.3リットルの乗用車用の水素エンジンのピストンまで、大小取り揃えて発表していたが、まずは前者、運輸業界で用いられるヘビーデューティ用途の車両から先に水素化が実現されていくシナリオに、フランツCEOは確信を強めているようだ。

「BEVが将来的にシェアを高めていくことは確かですが、モビリティが持続可能な未来を辿るために必要な他のテクノロジーがあることも確かで、水素ソリューションは重要なカギを握るひとつ。運輸業界における重量物運搬トラックは、その実践段階に来ています。我々はパッセンジャーカーのBEV同様に、トラック用の水素燃焼エンジンの開発にも非常に注力していますし、どちらのテクノロジーも強い期待をもって進めています。でも、もしかすると今より大きなボリュームでBEVが伸びる以上に、物流に水素燃焼エンジンが用いられるのが早いかもしれない、ということです。ご存知のように水素燃焼エンジンは既存のICEテクノロジーにとても近く、タンクや燃料補給するシステムを換えたり、エンジンの側に細かな変更をする必要はありますが、変更点は限られます。だから持続性の高いものになると確信していますし、水素燃焼エンジンのトラックはすでに路上を走れる段階にあるのです」

フランツCEOの認識によれば、水素燃焼テクノロジーが実際的に投入されるのは、運輸ロジスティックのような“プロ業務用”もしくはインフラストラクチャーという領域ということなのだろうか?

「そうです。確かに水素トラックは、水素燃料インフラストラクチャーを構築・評価する上でKPI(キー・パフォーマンス・インジケーター)、水素におけるエコシステム全体のKPIともいえますね。なぜならトラックは相対的に燃料消費量が多く、今のディーゼル技術と比べて損益分岐点は相当に高いところにありますから。欧州ではトラックドライバー1人あたりでディーゼル燃料と同等のコストになるには、水素価格が5ユーロ/㎏になることが求められます(※現状では10~15ユーロ/kgとされる)。おそらく、この数値は欧州より燃料コストが低い日本ではもう少し下寄りでしょう。いずれモビリティにおける水素コストはまだ、産業用途や暖房といった他の水素のユーズケースよりもかなり高価であるのが現状です」

かくしてドイツ・シュツットガルトの研究センターにおけるベンチテストや、世界各国の顧客と各地域で水素テクノロジーの実験は、多々始まっているという。水素テクノロジーの乗用車への実装は、市販車ではトヨタとホンダ、BMWにまだ限られているという認識だが、目下ではライト・コマーシャル・ビークル、つまり一般的な商用車にも、水素燃焼エンジンを搭載した応用実験や開発が行われていると、強調する。

「商用車での開発プロジェクトは多々あります。BEVの商用車はどうしても航続距離が300~400km程度、最大理論値でも500km程度と限りがありますが、それより長い航続距離、より高い積載量が求められるところに、水素燃焼エンジンの応用が見込まれるのです」

マーレグループのアルンド・フランツCEO

リアリストなCO2低減のための技術ポートフォリオ

水素を軸とするICEルネサンスの一方で、電動化分野では車軸関連のみならず、BEV市場の本質的な形成を促すためのプロダクトも手がけている。


《南陽一浩》

南陽一浩

南陽一浩|モータージャーナリスト 1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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