7月3日~5日に開催された「鈴鹿8耐」(2026 FIM 世界耐久選手権“コカコーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第47回大会)。ヤマハ発動機の「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」は188周を走り、2位表彰台を獲得した。先の読めない雨のレースとなったが、それでも安定した走りを披露。その走りを支えたのは黄色い声援ならぬ“青い声援”だった。
ヤマハは今回の鈴鹿8耐に、今年の新入社員264名全員を引き連れて観戦。スタンド席一面をチームカラーである“青”に染めた。
新入社員全員を、ヤマハの本拠地である静岡県磐田市から三重県の鈴鹿サーキットまで連れてくる。素人目に見ても、かなりのコストが掛かることは明白だ。しかもホームストレート目の前のV1指定席は1万5000円超の“一等地”。なぜそこまでの労力とコストを掛けて、新入社員に鈴鹿8耐を見せるのか。
そこには設楽元文社長ならではの経営哲学と、ヤマハ発動機という会社、そしてヤマハブランドへの熱い想いがあった。
◆なぜ新入社員を鈴鹿8耐に?
ヤマハ発動機の新入社員たちでブルーに染まった「鈴鹿8耐2026」スタンド席
5日の決勝、小雨がぱらつく中、普段聞くことのない50台ものレーシングマシンが放つ轟音に、若者たちは目を輝かせ、歓声をあげた。新入社員たちと肩を並べてスタートを見守った設楽社長は、にこやかに、そして満足げな表情を浮かべていた。「みんな感激してくれて、当初の目的は果たせたかなという気持ちです」と、直後に設楽社長は打ち明けた。
「なぜ新入社員を、この現場に連れてこようと思ったか。会社に入ると学ぶべきことはいっぱいあるんですね。これをやっちゃいけない、あれをやっちゃいけないみたいなこと。財務的な部分や、売り上げ、利益も含めてですが、やっぱり我々の会社の原点は、レース活動にある。人生一度きりの新入社員の時に、ヤマハという会社がどういうスタンスで仕事をしているか、レース(を見てもらうの)が一番わかりやすい。その場に同席してほしいというのが趣旨です」
「これから仕事で、あるいは人生において色々なことを経験して、厚みが出てくると思いますが、最初の入り口はヤマハのDNAであるレースで、活動の原点を知ってもらいたい。これから同じブルーのシャツ(ヤマハのブランドカラー)を着て仕事するわけです。どう仕事をしていくか、その原点を考えるためにはスタートが重要かなと。そういう思いから始めた取り組みです」(設楽社長)
◆原点を見直す機会に
新入社員たちと談笑するヤマハ発動機 設楽元文社長設楽社長は以前、2025年に社長に就任し「最初にやったこと」として挙げたのが、この新入社員を鈴鹿8耐に連れていくことだったと明かしていた。その背景には、新入社員たちの働き方や会社に対する意識の変化があるという。
実際に、今回の8耐観戦に参加した新入社員数名に志望動機を聞いたところ、「海外で活躍する人材になりたかったので、海外売上高が高いヤマハ発動機を選びました」(マリン事業本部配属・女性)、「新興国の人たちに輸送機器を届けることで、人生の選択肢を与えることができる人材に成長したい」(ヤマハ発動機販売 MC事業部配属・男性)、「直感で決めました。説明会などで話を聞いて、この会社なら楽しく働けそうと思いました」(人事総務本部配属・女性)など、バイクや乗り物が好きだからという理由が挙がることはなかった。
ヤマハ発動機の新入社員たちでブルーに染まった「鈴鹿8耐2026」スタンド席だからこそ、そうした若者たちにレースの現場を見せることで、実体験としてヤマハを知り、感動体験を共有することで興味関心を深めてもらう。ヤマハを好きな社員が増えることで、ヤマハブランドの価値を“中から”高めていこうというブランド戦略の一環でもあるという。
これは新入社員に対するものだけではない。既存の社員についても「原点を少し忘れているような感じ」だと設楽社長は感じていた。今回の8耐観戦では、既存社員からも希望者を募り、結果およそ300名が参加した。「新入社員たちがレースに刺激を受けている様子を見て、自分の趣味、思考含めて仕事の原点を見直す機会になれば。レースに勝ってみんなで喜びを味わいたいというのが究極ですが、お互い刺激し合うというのが重要だと思っています」(設楽社長)
◆レース活動とチャレンジの歴史
ヤマハファクトリーレーシングチーム2025年に創立70周年を迎えたヤマハ発動機。今でこそバイクに限らず、電動アシスト自転車、ゴルフカート、ボートや船外機、無人ヘリ、さらに産業用ロボットなど多種多様な製品・ソリューションを展開するグローバル企業だが、その原点は1955年、モーターサイクル第一号である『YA-1』で出場した富士登山レースでの優勝だ。レースにこだわる理由がここにある。
「正式に全て調べ尽くしたわけではありませんが、国内4メーカーでレース活動をやめたことがないのは当社だけだと思います。経営環境が非常に厳しくなったりしてる最中もレースを止めずに常に続けるっていうスタンスは、私から次の世代の経営にバトンタッチしても繋げていきたい。なぜそれがヤマハにとって必要かというと、原点が“チャレンジ”にあるからなんです」
「昨年、70周年のサブタイトルには“挑戦はすべてのはじまり”と打ち出していました。社内も、社外にも、我々のブランド価値を高めていくための要素がレース活動であり、そのひとつが国内の二輪レースの最高峰である鈴鹿8耐。これをみんなで味わって、チャレンジをするというメッセージを次世代に向けて高めていきたい。これを忘れないように、我々の活動の根幹にはレースを置きたいと思っています」(設楽社長)
ヤマハ発動機 設楽元文社長レース活動は、製品開発に向けた技術の試験場という役割や、ファンのためだけでなく、社員に向けたエールでもあるということだ。
この鈴鹿8耐でヤマハ社員としての第一歩を踏み出した新入社員たちからは、「8耐そのものも知らなかったが、かっこ良すぎて震えた」「一体感が味わえた。貴重な機会だなと思った」「この感動をお客様たちにも伝えられるような仕事をしていきたい」などの声が聞かれた。若者たちのチャレンジがいかに実を結ぶのか。興奮冷めやらぬ瞳の中に、ヤマハ発動機の明るい未来を見た。
初めての鈴鹿8耐に「かっこ良すぎて震えた」「感動した」と話してくれた新入社員の皆さん



