「ウイングレットが好きかどうかは、好みがありますから」
スズキ新型『GSX-R1000R』のチーフエンジニアである東郷隼也さん(スズキ 二輪事業本部 二輪商品企画部)のこの一言に、筆者(青木タカオ)は思わずハッとさせられた。確かにそうかもしれない。
MotoGPマシンから始まり、今やスーパースポーツの象徴ともいえるウイングレット(翼端板)。サーキットなどでマシンの限界性能を引き出すうえで、その高い空力性能は十分に理解できる。
加速時のフロントリフトを抑え、コーナー進入時の安定性を高めるなど、ラップタイム短縮に貢献する重要な空力デバイスだ。
スズキ GSX-R1000R 新型
それでも一般道やツーリングを中心に楽しむライダーの中には、「サーキット走行など、高次元な走りにおける性能はわかるけれど、自分が乗るのならスタイルとしてはない方が好き」という声も少なからずある。スズキの開発陣は、そうしたユーザー心理をしっかりと把握している。
そんな好みに応えるように、新型GSX-R1000Rではウイングレットを純正オプション(片側18万7000円)として設定。欲しい人だけが装着できるという、前例のない選択肢を用意した。
標準仕様の価格をライバルよりも低く抑えながら、必要な装備はユーザー自身が選ぶ。じつにスズキらしい、ユーザー目線の発想である。
《参考》各社スーパースポーツの標準仕様モデルの価格
スズキ GSX-R1000R:237万6000円
ホンダ CBR1000RR-R:248万6000円
カワサキ ZX-10R:248万6000円
ヤマハ YZF-R1:253万円
BMW S1000RR:270万9000円
◆「なぜオプションなのか?」開発陣に直撃
スズキ『GSX-R1000R』にオプション設定されるウイングレットスズキは7月10日、都内で新型GSX-R1000Rの商品説明会を開催。開発チーム6名が登壇し、それぞれの担当分野について開発の狙いやこだわりが語られたが、そこで筆者(青木タカオ)が投げかけた質問はウイングレットについてだった。
「なぜ、ウイングレットをオプション設定にしたのですか?」
空力性能を高める重要なパーツでありながら、なぜ標準装備ではなく、オプション設定としたのか。その理由を知りたかった。東郷さんの回答は明快だった。
スズキ『GSX-R1000R』のチーフエンジニア東郷隼也さん「ヨーロッパのお客さんも、やはり『なしがいい』という人は一定数いらっしゃいます。各国のお客様の好みなどによって、標準装備なのかオプションなのかを分けています。北米では末尾にRが付かないベーシックなGSX-R1000もラインナップしていて、より細かな設定になっています」
ウイングレットを好まない人がいるのは、日本だけではない。海外でも「ウイングレットが欲しい人」と「シンプルなスタイルを好む人」が共存している。だからこそスズキは、「どちらも選べる」という答えを用意したのだ。
◆空力性能とハンドリング、その両立に挑んだ
スズキ GSX-R1000R 新型。純正状態ではウイングレットが付いていないしかし、ここで新たな疑問が浮かぶ。ウイングレットは単なる飾りではない。MotoGPで磨かれてきた空力デバイスであり、ダウンフォースを発生させることで車体姿勢を安定させ、コーナリング性能を高める重要なパーツだ。
当然、ハンドリングにも影響を与える。それなのに、“あり”と“なし”の両方で同じ車体セッティングが成立するのだろうか。そこで、この疑問を大城光さん(スズキ品質保証本部 二輪開発品質評価部)に投げかけた。
「ウイングレットの有無で、同じカウルや足まわりのセッティングのまま成立するのですか?」
大城さんは説明会で、「他メーカーよりも伝統的に乗り込んでいるのが、スズキのテスト開発です」と胸を張ったテストライダーである。
スズキのテストライダー大城光さん「はい。徹底的に走り込み、どちらでもベストなハンドリングになるよう仕上げています」
それを支えたのは、長年にわたり積み重ねてきたテスト開発のノウハウだ。静岡県にあるスズキの竜洋テストコースをはじめ、国内外のサーキット、さらには欧州の公道など、さまざまな環境で新旧モデルを乗り比べながら、理想とするハンドリングを追求したのである。
さらに高橋海都さん(スズキ 二輪事業本部 二輪車両設計部艤装設計課)が開発の内幕を明かした。
「オプションパーツですので、サスペンションやカウルを変更しなくてもハンドリングを成立させる必要がありました。初期の試作ではダウンフォースが効きすぎてしまい、フロントが重くなってサスペンションのセッティング変更が必要になるレベルでした」
スズキ『GSX-R1000R』新型のウイングレット形状の変遷
「鈴鹿8耐2024」参戦マシンのウイングレット。形状はこれを踏襲している「そこでウイングの横幅や形状を空力解析で徹底的に見直し、さらにデザイナーとも『見た目としても格好いい形状』を目指して何度も調整しました。ただ格好いいだけではなく、走行性能もしっかり作り込んでいます」
説明会では、初期試作から最終形状へ至るまでの変遷も公開された。性能だけではなくデザインも追求し、その両立を図った開発プロセスは非常に興味深いものだった。
◆ドライカーボンだからこそ成立する
オプション設定されるウイングレットはドライカーボン製ださらに気になったのが素材だ。純正ウイングレットにはドライカーボンが採用されているが、もし社外品の樹脂製などに交換したら、どうなるのだろうか?
東郷さんは静かに首を振った。
「素材を含めて、ライダーと何度も意見を交換しながら、デザインと性能を極限まで両立させています。質量だけでなく剛性も変わりますから、純正品で狙ったハンドリング特性をそのまま再現するのは難しいです」
つまり純正品は、形状だけではなく重量や剛性まで含めて開発された完成された空力パッケージということだ。安易に他のパーツへ置き換えれば、ハンドリングや車体バランスに影響を及ぼす可能性もある。
◆40年受け継がれるGSX-Rの変わらない哲学
スズキ GSX-R1000R 新型ウイングレットが付いている姿が好きな人もいれば、シンプルなフォルムを好む人もいる。どちらが正しいという話ではない。だからこそスズキは「選べる」という答えを用意した。
性能を妥協することなく、ユーザーそれぞれの美意識や価値観にも寄り添う。GSX-Rシリーズ誕生40周年を記念するカラーリングを身にまとった新型GSX-R1000Rは、熟成を重ねた999cc直列4気筒エンジンも大きな魅力だ。
スズキ GSX-R1000R 新型最高出力190psを発揮し、吸排気系や燃焼効率、可変バルブシステム「SR-VVT」、フィンガーフォロワーバルブトレインなどにも改良を加え、日常域での扱いやすさと高回転域での鋭い伸びをさらに磨き上げた。
スペックだけを追求するのではなく、ライダーがマシンの性能を幅広いシーンで引き出せること。その実直な開発姿勢こそ、40年にわたってGSX-Rの名が世界中のライダーから支持され続けてきた理由なのだ。




