7月28日、BYD『ラッコ』が正式にローンチされた。その際、BYD関係者によるメディア向けのグループインタビューが行われた。そこで交わされた内容から、BYD「ラッコ」の戦略的な狙いや日本市場での意味、投入された技術について掘り下げてみたい。
グループインタビューに参加したのは、劉学亮氏(BYD副総裁・BYDオートジャパン会長)、東福寺厚樹氏(BYDオートジャパン代表取締役社長)、田川博英氏(BYDオートジャパン商品企画部担当部長)、楊歩益氏(BYD 海洋シリーズ商品ディレクター・RACCOプロジェクト商品総責任者)ら4名。全員開発プロジェクトの意思決定に深く関わっている。
まず劉会長と東福寺社長との対話から、BYDとしての戦略にかかわる部分を見ていくことにする。
◆ラッコ開発はBYDの企業理念

BYDはすでに世界で1700万台の自動車を累計販売する巨大メーカーだ。2025年には、総販売台数で460万台、中国以外での海外販売台数100万台以上を記録している。日本では、2023年に乗用車販売を初めてから2年ほどで約1万台を超えたところだ。BYD全体からすれば日本市場は無視してもいいくらいだが、劉会長は、発表会冒頭のプレゼンテーションで、
「日本の乗用車市場において軽自動車は生活の一部であり文化でもある。12万人ものエンジニアを擁するBYDは、エンジニアリングおよび、NEV技術によって世界中の人々の生活に貢献することを是としている。日本に軽自動車が必要ならば、BYDはそれに挑戦する。そして、開発がゴールではなくそこからがスタートだ」
とラッコ開発の理由を説明した。
スピーチでは「日本にフルコミット」とも発言していた。「For China」は日本を含む世界中のOEM、サプライヤーの常套句となっているが、その中国最大級の自動車メーカーから日本に対してその言葉が発せられたのは意外だった。
◆「ラッコ」は価格破壊者ではない

一方で、市場やメディアからは、輸入車であるBYDは販売網、整備網を不安視する声もある。214万~249万円という価格設定や、同時に発表された据え置き型ローン(RACCO 楽っとプラン)に対する採算度外視によるビジネス継続性への疑問もあるだろう。
至極当然な疑問だ。グループインタビューでは劉会長に「日本だけの車両開発・市場投入に対して、本社や他国のBYDはどう見ているか?」と聞いてみた。回答は「忙しくてそんなこと(各国の戦術や施策)を気にするところはないのではないか? ただ、それぞれの課題についてコミットするのはBYDの企業理念でもある」だった。共通のビジョンの元、それぞれの国、ビジネスに注力しているので、そんなことを気にするようなビジネスをやっているわけではない、ということだろう。
当然日本の「ラッコプロジェクト」も、販売台数や市場をとるためになりふり構わず低価格で殴りにきているわけではない。東福寺社長はプレゼンテーションでラッコの販売目標を1万台とした。日本での累計台数が約3年で1万台に達したところなので、野心的な数字ではあるが、国内130万台の軽市場においては小さい。
ラッコをただの価格破壊、ダンピングでとにかく数だけねらうという分析は正確ではない。
◆販売網は数値達成より整備網と充電器を優先

価格や販売目標だけでは見えてこない戦略については、グループインタビューで説明された。
価格については「(航続距離レンジ)200km200万円(台)、300km300万円(以内)」(東福寺社長)という数字ありきの面はあったようだが、たとえば整備網については23年の日本市場参入当時から地道に取り組んでいる。
現在、BYDオートジャパンの営業拠点は77店(準備室21店)と、25年までに100店舗という目標からは下振れしている。しかし、BYDのディーラーについては、整備工場や急速充電器の設置、展示エリアの広さなどを条件としている。
店舗数こそ目標未達だが、目標ありきで店舗数を増やすためだけの中途半端なディーラー展開はしていないからともいえる。ショッピングモールなどのサテライト店では一部条件の柔軟対応をしているが、長期的な実績につながらない数値は追わない。BYDがバスやフォークリフトで日本展開している戦略そのものだ。
据え置き率を50%(保証なし)とし、頭金・ボーナス払いなしで月額1万9300円、5年間均等払いとするローン(RACCO 楽っとプラン)も国内ファイナンス会社と調整の上設定され、成立したものだ。もちろん据え置き率50%は目安でしかなく、5年利用した車のどれくらいが残価50%の評価になるかは不明だ。しかし、国産の残価保証のリースやローンも距離制限や外観の基準によって無条件保証ではない。話題先行で無責任なプランを立てているわけではないということだろう。
◆スクラッチ開発の強み

ラッコは日本の軽市場のために開発された。BYDには軽自動車のノウハウはなかったので文字通りのスクラッチ開発だ。日本側(BYDオートジャパン)エンジニアの支援やアドバイス、要求は細部にわたって行われたが、開発チームは深圳のスタッフで構成されたという。深圳にも外国人スタッフはいるが、「開発スタッフはすべて中国人エンジニアが、日本の道路、天候、法規、軽市場や技術の調査を行い独自設計である」と楊氏は明言した。これは劉会長の「日本へフルコミット」を裏付けるものと言える。



