【トップインタビュー】「日本車の正念場」日本自動車工業会志賀俊之会長

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日本自動車工業会 志賀俊之会長
日本自動車工業会 志賀俊之会長 全 6 枚 拡大写真

日産自動車の志賀俊之COOが2010年5月20日に日本自動車工業会の会長に就任した。

自工会の会長職はトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車の輪番制で各社の会長または副会長が就任するのが慣例となっていた。第一線の経営者であるCOO(最高執行責任者)が自工会会長に就任するのは異例である。

現在の自動車業績は立ち直りを見せているものの、不安定な欧州経済や為替変動、原材料費の上昇、9月で終了する「エコカー減税」など、自動車メーカーを取り巻く環境は依然厳しい。

その中で志賀会長は、自動車産業のトップとして夢と希望があふれる「リーディングインダストリー」であり続けるための抱負と覚悟を語った。

◆今後も「自動車」を日本の基幹産業に…国内だけでない「協力」を行う

----:自動車産業の現状をどう認識していますか?

志賀:金融危機後の景気後退によって大きな危機を迎え、まだ完全復活していません。一方で構造的にも大きな転換期に入っています。地球環境問題に起因する環境対応車への技術開発強化が求められると同時に、各社が収益の柱としていた大きなクルマから小さなクルマへと需要がシフトしている。これは先進諸国も新興諸国でも共通しています。

需要の伸びや経済成長は新興諸国がリードしており、そうした国々では現地生産も拡充しなければなりません。電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)など先端技術を強化すると同時に、儲かる低コスト車も開発・生産しなければならないのです。安定した環境のもとで、大過なく過ごすということはできなくなりました。

国内生産は2009年度に900万台割れとなりました。1980年以降、ごく一時期を除いて常に1000万台以上をキープしてきたわけですから厳しい情勢にあります。こうした転換期に会長をお引き受けしたわけですが、自動車産業はこれからも日本経済を牽引するリーディングインダストリー(基幹産業)であり続ける―そのためのさまざまな方策を提言していきたいと考えています。

幸い日本の自動車メーカーは、従業員に支えられたモノづくりでの強みをもっており、そうしたプレゼンスを海外でも発揮することが重要だと考えています。

----:リーディングインダストリーであり続けるために必要なのは?

志賀:業界として見ると、さらに事業基盤をしっかり強化することです。現状では日本メーカーはクルマの環境対応技術でもバッテリーでも明らかに世界のトップを走っている。それを維持強化するには、産官学共同の取り組み強化が必要です。

また、海外メーカーと競争していくうえでは自由貿易体制の推進がより重要となっています。日本はFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)ではハンディを背負っており、その促進にもしっかり取り組みたいと思います。さらに、国内の需要を盛り上げるためには、日本のお客様がクルマを保有しやすい環境が必要であり、税制の簡素化・軽減も強く訴えていきたい。

----:中国では、賃金引上げやそれにからむストの動きがでていますが、どう対処すべきでしょう。

志賀:これまでいろいろな国で現地生産してきたので、自動車業界はこうした問題には何度も直面してきました。労務費が安いというだけで、生産が続けられるわけではなく、働く方々の生活を豊かにしながら、同時に生産性も上げていくことが必要です。

労務費が上がったからといって、販売価格には容易に転嫁できません。サプライヤーも含め、協力して生産性や効率を改善することが、働く方の生活の豊かさにもつながる。そうしたことを理解していただきながら、生産性を高めていくことです。

◆市場問題、10月以降はメーカーの自助努力を見せる時

----:先進諸国は成熟市場ということですが、北米と欧州の現状と見通しは?

志賀:米国はもともと1600万台前後のマーケットで、保有も2億台を超えていますが、2009年は1000万台余りまで落ち込みました。現状の回復はスローテンポという見方もできるでしょうが、順調に回復していると見ることもできます。これからの回復は米経済そのものの回復と同調することになるのでしょう。

回復が順調にきているのは安心できるが、以前のレベルに早く戻るとの楽観も持てません。需要も環境車の拡大、あるいは大型から小型へのシフトと質的に変わっています。

欧州はもう少し悲観的で、ギリシャ問題やユーロ安も重石になってきた。欧州はほとんどの国が金融危機後にスクラップインセンティブなどを実施してきたので、もともと今年は10%程度落ち込むと見ていましたが、さらに慎重に見る必要があります。欧州の金融機関が中東やロシアへの資金供給を絞るという懸念材料もあります。

----:国内ではエコカー補助金が9月で打ち切りとなります。その影響や対処方針は?

志賀:金融危機後、2009年の1月から4月にかけて、自動車の国内生産は前年に比べ半減レベルまで落ち込みました。政府のリーダーシップのもと、エコカー減税や補助金が導入され、昨年の6月ごろからはお客様にも浸透して、需要喚起へとつながりました。

エコカー補助金については、半年延長していただいており、さらに延長をお願いするということにはならない。われわれが商品力などで自助努力することです。
(打ち切り後の)リバウンドで生産が落ち、国内景気の回復に水を差したということがないよう、10月以降の対応をしっかりやっていきたいと考えています。消費面では反動があるでしょうが、それを最小限にとどめるよう取り組みたいですね。

◆原材料費の上昇、単純に消費者には影響させない

----:鋼材の値上げ交渉が進んでいますが、2年前に自工会と鉄鋼連盟は鋼材品種の削減など合理化策の協力を始めました。今後、どう進めていきますか。

志賀:われわれは最終のお客様と接するところにいるわけで、値段がアップしたからといって容易には転嫁できないし、何とか吸収するよう努力を続けている。われわれも鉄鋼メーカーも、それぞれ努力することが重要です。

鉄鋼連盟とは2年前に協力できるということで、たとえば細かく決めている鋼材の種類を集約するとか、自動車メーカーは部品メーカーとまとめて発注するなどの取り組みを進めてきました。

わたしどもの会社も、鋼板に小さなキズがあった場合は、その部分を切除して納入していただくといったことも行っており、実際の効果も出ています。コストアップ分を単純に消費者に転嫁することのないよう、これからも双方でいろいろな協力を進めていきたいと考えています。

----:製造業への派遣を禁止する労働者派遣法の改正についての見解は。

志賀:法案が成立すれば、企業として当然従いますが、自動車は季節要因など生産に大きな波が出やすい産業特性があります。柔軟な雇用制度は生産を柔軟にするうえでメリットがありますし、(製造業への派遣禁止は)明らかに国内での生産活動に支障が出ると考えています。

自動車メーカーは直接雇用による期間従業員に切り替えていますが、直接雇用だと中小のメーカーさんのなかには人材確保が厳しいところもある。そうした点にも配慮いただきたい。

◆11年東京モーターショーは「私の正念場」

----:東京モーターショーは次回、東京ビッグサイトに会場を移しますが、どう盛り上げていきますか。

志賀:2011年のモーターショーは、わたしの正念場として盛り上げたいと思っています。国内生産のうち半分は日本向けですから、日本市場が小さくなれば生産も落ち込みます。国内市場を活性化するうえで、東京モーターショーの役割は非常に大きいものがあります。

お客様にワクワクする、乗れば楽しいだろうなというクルマをご提案していく場がモーターショーです。入場者や出展社など、規模では北京モーターショーにはかなわないかもしれませんが、新しいクルマのあり方や新技術をお客様へ情報発信していく場として、東京モーターショーを盛りあげていきたいと考えています。

外国メーカーさんの出品車にも、お客様の関心は非常に高いわけですから、是非ご参加いただけるようお願いしていきます。会場を東京に移すのも、外国企業の出品などに配慮したわけです。

◆2年の任期、業界を夢と希望があふれる場に

----:最後に、2年間の任期中、どのように自工会を引っ張っていきますか。

志賀:2年という期間ですから、任期中にできることと、流れをつくるという部分があるでしょうが、やや内向きになっている日本を元気にしたいと思っています。日本の自動車産業は実力があるわけですから、われわれが元気になって日本も元気になったと言われるようにしたいですね。

一方で、長期的にも自動車がリーディング産業として活躍するためには人材の育成にも長い眼で取り組まなければなりません。人材は技術などで世界のトップを走らなければ育成できませんから、産官学が一体となった取り組みも必要になります。

次の時代も、自動車業界には夢も希望もあり、若い人々から就職先としても高い人気を獲得している---そのような産業にしたいと思っています。

●プロフィール
志賀 俊之(しが としゆき)
1976年大阪府立大経卒、同年日産自動車入社。91年アジア大洋州営業部ジャカルタ事務所長、97年企画室に移り99年企画室長。ルノーとの提携直後はアライアンス推進室長も兼ね両社のパイプ役に。00年常務執行役員。一般海外市場担当として成果をあげ、05年4月COO就任。10年5月自工会会長就任。和歌山県出身、56歳。

《池原照雄》

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