【インタビュー】ホンダはユーザーに選ばれる二輪車づくりを目指す…本田技術研究所 二輪R&Dセンター 鈴木哲夫常務執行役員

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本田技術研究所 二輪R&Dセンター 鈴木哲夫常務執行役員
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ホンダは世界のモビリティをけん引するといっても過言ではない。二輪、四輪、汎用の製品を扱い、特に新興国で需要の高い二輪については世界のトップメーカーに位置づけられる。そんなホンダの二輪の研究・開発部門を統括する鈴木哲夫常務執行役員にホンダの二輪事業の現状とこれからを聞いた。(インタビュー前編)

---:商品を巡っては作り手の価値観、ユーザーの価値観があると思いますが、現在のホンダが考える先進国での方向性とはどんなものですか。

鈴木氏:先進国における二輪のFUN領域(趣味領域)は成熟市場となっています。80年代までの二輪業界はいわばメーカー主導でしたが、90年代以降はユーザーの嗜好変化や多様化、サブカルチャー的なパワーが先行するようになり趣味商品としては当然のことですが、お客様が購入する際には“良い・悪い”よりも、“好き・嫌い”が優先される傾向になってきました。

鈴木氏:“好き・嫌い”は、性能や機能以外で所有欲を感じる領域で、とくに多機種を開発・生産・販売してきたホンダには、その部分でお客様に十分ご満足いただけない部分が少なからずがあると感じています。ハードウェアとしての“良い・悪い”という部分が、お客様の喜びに直結していた時代もありましたが、現在は必要条件ではあるが十分条件ではないと言う事です。この“好き・嫌い”という価値を適切にトランスレートし、技術や商品で表現していく事が、いまのホンダにとっての課題だと思っています。

鈴木氏:また、若者の乗り物離れとも言われ、二輪ユーザーの中心層が40~50歳代にシフトしたという変化を掴み切れなかったという反省も含め、若年層とともに壮年層の嗜好の研究にも力を入れている最中です。80年代前半のバイクブームの頃に比べると、現在の国内二輪の新車販売の市場規模は約10分の1程度です。しかし、流動する金額は大きく減少していないと感じられるほど単価の高いアフターマーケットの用品やウェアが販売され活況を呈している。二輪車を高級な趣味として、かなりの金額をかけるお客様が増えていて、比較的単価の高い海外メーカーの二輪車の売れ行きも好調です。つまり新車市場の台数規模が減っても、二輪車に投ずる総額が大きく変化していないのであれば、先進国での市場の再活性化の可能性は十分にあると思います。まずはそこを何とかしたいと考えています。

---:いずれは、海外メーカーのユーザーも取り込みたいということですね。

鈴木氏:ユーザーを取り込むというより、まずはHondaらしい伝統や文化を継承しながら、味わい深い造形や乗り味といった感性に訴えかける魅力の研究に取り込みたいと考えていますが、まだまだ達成には至っていません。得意の実用性や扱い易さでは現時点でお客様にご満足いただいているとは思いますが、「完璧か?」と問われると研究の余地はあります。

鈴木氏:ならば、実用性や扱い易さとともに時代の変化やお客様の多様な要望に応えながら、「乗って、愛でて楽しい」感性の領域にまで踏み込んだ二輪車造りにチャレンジしていかなければならないと考えています。

---:鈴木さんは、バイクやクルマ、自転車、ヨットなどを所有しているそうですね。バイクはどんなモデルに乗っているのでしょう。

鈴木氏:今は原付から大型二輪まで、国産車から外国車の旧車まで、味わいあるスポーツからスーパースポーツ、オンからオフまで複数所有していて、自分なりに手を加えて楽しんでいます。

鈴木氏:自転車の世界では、オーダーメイドの凝りに凝りまくったモデルを乗らずに室内で保管し、置物扱いする方もいらっしゃるようですが、同じように、大人の趣味に耐えうる物、時間とお金をかけて楽しめる物、時代を突き抜けて10年後にも陳腐化しないような二輪車を創りたいと考えています。

---:何年たっても不変的な価値を持つバイクとは、どんなものだとお考えですか。

鈴木氏:十分な機能と性能を有し、その上で作り手のパッションが表現できているものだと思います。そこにお客様が共感してもらえれば恐らく陳腐化しないはずです。スペックだけですと、それを超えるスペックを持った二輪車が登場した瞬間に過去の物となってしまいます。スペックだけではなく数値では表せないお客様の心に響く魅力も必要だと考えています。

---:発売四半世紀を経た今でも『RC30』などには現在でも熱狂的なファンがいますね。同じようなモデルは、造ろうと思えば今でもできるのではないですか。

鈴木氏:RC30(『VFR750R』)は、パッションを感じさせる二輪車だったと思います。簡単にいえば、ファクトリー・レーサーの『RVF』の公道バージョンですが、そのポテンシャルを表現した外観や装備などは、今でも威風堂々とした感性をくすぐるオーラを感じるものです。経済成長が多少の失敗をカバーした当時と違い、極端な円高など大変厳しい経済環境下に有る現在では、特殊・専用部品で少量生産という製造形態で、お客様に納得頂ける価格を実現することは、非常に難しい。部品一点一点について、設計はもちろん調達に至るまで、見直さなくてはできることではありませんが、一方そのような熱狂的なHondaファンの方々にもお応え出来るようなモデルにもチャレンジしなくてはならないと考えています。

---:目標とする方向性は違っても、ユーザーに喜んでもらうために頭を絞ってブレークスルーしていく事にこそ、ホンダの存在意義があるわけですね。

鈴木氏:そのとおりだと思います。元々、ホンダという会社は、それまで贅沢品だったバイクを『スーパーカブ』の開発により、大衆のものにしました。そのDNAをポジティブに捉えることが大切だと思います。常々私は「ホンダは、お客様を選ぶのではなく、お客様に選ばれる二輪車づくりを目指す」と社内で言っています。これは、単に価格の話だけではなく、価格以上の価値をもった二輪車をホンダが創り、その上でお客様に選んでいただきたいということです。私にとってのホンダとは“Nicest people on a Honda”(60年代スーパーカブ訴求の為の北米向け企業広告ワード)というブランドイメージなのです。社会的ヒエラルキーや世代、性別を超えて、世界中で誰もがホンダの二輪車に乗って楽しんでいただける真のグローバルブランドにしていきたいと思っています。

---:目標とする方向性は色々ありますが、ユーザーに喜んでもらうために頭を絞ってブレークスルーしていくのに大切なことは何でしょうか?それは、ある意味で“自由”である事にもつながりますが鈴木さんの考える自由とはどんなものですか。

鈴木氏:行動や思考範囲の広さだと思います。私たちは思考でも、観点でも、行動でも、「ここまでしか出来ない」と勝手に決める傾向にあります。それは過去の経験値で“前提”を考える事が多いからです。しかし、経験領域を広げることで、“前提”は変わり、もっと自由な発想が生まれるはずです。行動や経験を広げるのがモビリティの持つ可能性であり、とりわけバイクは家を出た時から、季節を感じ、風の匂いや景色など五感すべてを刺激し、様々な人々と出会う機会を与えてくれるなど色々な可能性を秘めています。

鈴木氏:物づくりで言えば、物事を左右する“前提”は、お客様と作り手という立場で変わってしまう事が多々あります。商品開発でも、レースでも、そのギャップが大きいとお客様に受け入れてもらえない。作り手としての“前提”の枠を拡げて行くためには、良い人、良い経験、良い環境、良い物…により多く触れて、自分にとっての当たり前=偏差値50のラインを上げられるかが重要だと思います。就業マニュアルを読んだから素晴らしい社員になれるわけでもないし、学術書を読んだから素晴らしいエンジニアになれるわけではないのです。極論すれば、人間のスキルアップの秘訣は、どれだけ良いものに触れ、体験しているかに尽きると思いますし、そこに自分の可能性を広げる自由があるのではないでしょうか。

---:作り手が良い体験をし、さらには良い体験をユーザーに対して提供できるのが理想のバイク作りではないのかと思えますね。今回のショーモデルはその考え方に立脚していると言っても間違いではないのでしょうか。

鈴木氏:ミラノショーで出展したモデルに加え、今回の東京モーターショーでワールドプレミアとなる『CRF250L』の開発コンセプトは分かりやすいと思います。オフロードバイクが、二輪車の本質である“自由”という印象をお客様とともに共有化しやすいモデルで、エントリーユーザーの方にも、エキスパートの方にも喜んでいただけると思っています。このようなベーシックなモデルは、メーカーとして多少売れ行きが芳しくなくてもラインアップしておくべきで、個人的にお客様には大変お待たせいたしましたという感じです。このところ、お客様視点で思考した開発コンセプトに対し、多少そのトーンがずれてしまい、結果的にラインアップが個性明快ではなく総花的になってしまったように感じます。今後はそこを強化し、お客様のベネフィットとして機種ごとの強みや突出した特長を明快にしていかなければならない思っています。そういった点で、700ccニューミッドシリーズは、とにかく扱いやすさと走り味を徹底追求し「乗って楽しい二輪車を、より安く提供しよう」という明快なコンセプトの元で十分な環境性能とともに、乗り味にはかなりこだわりました。ご期待いただきたいと思います。

---:ニューミッドスポーツはグローバル展開ですが、排気量からするとヨーロッパを意識している部分もあるのですか。

鈴木氏:排気量と価格帯のバランスからヨーロッパではこのクラスがもっとも大きな市場ですが、この市場のお客様に新たな価値を提供したかったのです。先進国のFUN領域では外国車がシェアを伸ばしており、新興国では圧倒的にホンダが強いのが現状です。しかし、ホンダ全体の2%弱しかない先進国でも感動と信頼をお客様と共有したいという一心でチャレンジしています。新興国の二輪専門誌の巻頭カラー頁は、先進国の大型バイクとMotoGPを中心としたレース関係の記事で占められています。加えて、新興国の富裕層は日本以上に裕福でグローバル指向ですから、先進国と同様な状況となっています。今後、先進国でHondaのFUN領域を確実にお客様に理解・共感いただくことで、今後FUNモデルにも移行するであろう進興国の競争力も同時に高めていきたいと思います。

鈴木氏:企業対企業の戦いは、技術力の戦いもありますが、最後はカルチャー(体質)の戦いになると思います。例えばレースをすることが当たり前なのか、特別なのかで勝敗が大きく変わってくるように、最後は先ほど申しました作り手にとっての“当たり前のレベルでの違い”の戦いになってくると考えています。今後はそこを意識して、お客様に満足いただけるこれまでにない新たな価値を持った二輪車づくりを目指していきます。

インタビュアー
関谷守正|モビリティアナリスト
編集プロダクション、広告代理店を経て独立。モビリティ関連の広告制作、二輪誌やウェブサイトでの執筆・制作を中心に活動。

《関谷守正》

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