チャデモの仕様公開がもたらす意義と、その先にある「もっと重要なもの」…井元康一郎

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■ようやく参入障壁撤廃!? チャデモの仕様公開へ

今年に入ってEV(電気自動車)の急速充電方式をめぐり、日欧米中が繰り広げる“世界標準争奪戦”がたびたび取り沙汰されている。そのさなかの8月末、日本が提唱する急速充電規格「CHAdeMO(チャデモ)」のまとめ役であるチャデモ協議会は、これまで自動車メーカーや電設メーカーなど充電まわりを扱うメーカーのみで共有してきた仕様を広く公開すると発表した。

「チャデモ協議会は、発足のときからチャデモの世界標準化を目指すと宣言していましたが、その仕様はなぜかクローズド(非公表)に近かった。経産省がここにきて方針転換し、仕様を公開したのは、日本で囲い込みをしても世界で相手にされないことが明確になったからだと思います。いささか遅きに失した感はありますが」

大手電設メーカーのエンジニアは背景をこう推測する。

今のところ、日本は世界ブッチギリのEV先進国となっている。EVが将来有望な自動車技術だという認識がまだほとんどなかった05年、三菱自動車が先陣を切ってEVの技術可能性とビジネス展望に関する発表を行ったのをきっかけに、開発競争が巻き起こったことや、エネルギー制御を行う半導体や電力を蓄える大型電池など、EVに必要な技術を得意とするメーカーが国内に多数存在したことなどが主な理由だ。

■チャデモ方式 VS コンボ方式、本当に争いはあったのか

09年に三菱自が世界初の量産EV『i-MiEV』を、翌10年には日産自動車がEV専用のプラットホームを持つ市販車『リーフ』を発売。各メーカー共通の充電インフラを整備しないとEVは普及しないという観点から、クルマの開発と並行して急速充電規格が決定され、急速充電器が多数設置されていった。9月7日時点での急速充電器の設置数は、国内1318ヵ所にまで膨れ上がっている。

10年春にチャデモ協議会が発足したさいも、志賀俊之・日産COOは「ガラパゴスという言葉が最近流行っているが、チャデモは世界標準にしたい」と語っていた。当時、すでに欧米ではチャデモについて「急速充電と普通充電でポートを作り分けるのは無駄」「充電のスペックが低い」などという声が出ていたが、日本陣営は「欧米の構想は実物を伴っていない。実際に使えるEVと急速充電器を世界に先駆けて作れば、世界はチャデモになびくだろう」(日産幹部)といった楽観的な声が多かった。

それだけに今春、欧米がチャデモと全く異なる「コンボ方式」という名称の急速充電規格を提案したとき、日本陣営は色めき立った。とりわけ反発の声を強めたのは、充電器ビジネスの皮算用を立てていた日産と、日本発の世界標準をモノにするという功名心に燃えていた経産省で、「意図的な日本外しだ」「オールジャパンを応援してくださいよ」といった発言が次々に飛び出した。多くのマスメディアはこぞって「規格戦争勃発」と書き立てた。

が、この急速充電規格をめぐる動向は本当に“争い”なのか。

「EVで本当に大事なのは充電の規格なんでしょうか。われわれにはとてもそうは思えない。もともと電力は、国によって規格や供給能力がバラバラな世界。また、電気をどう使えば便利かという慣習も地域によってまちまちです。電力に関する設備を作る場合、相手国の事情に合わせるのが当たり前。EVもとどのつまり、電池にどれだけ電力を蓄えられるか、そのエネルギーをどれだけ効率的に使えるかが問題であって、充電方式の違いはあまり問題にならないのではないか」

電力インフラを得意とする三菱電機の中堅エンジニアは急速充電規格の騒動をこのようにいぶかる。実は、自動車の開発現場でも同じような声は多い。クルマはもともと世界の仕向地のインフラや生活習慣に合わせて作るものだ。右ハンドル仕様と左ハンドル仕様すら低コストで作り分けるノウハウがあるのに、充電など仕向地に合わせればいいだけなのではないかというのである。

■欧米勢も日本ではチャデモ準拠を意識

コンボ方式を提唱した欧米陣営の自動車メーカーも考えは同じである。アメリカのEVベンチャーであるテスラモーターズは、日本向けのEVについてはチャデモ規格に準拠するという意向を示している。また、ドイツのアウディのEVストラテジーを担当するハイコ・ゼーガッツ氏も、「日本にEVやレンジエクステンダーEV(発電用エンジンを装備した航続距離延長型EV)を投入するときは当然チャデモ規格に準拠した仕様にする。市場に合わせてクルマを作るのは当然だ」と語っていた。中国に至っては、自動車メーカー側の都合などお構いなしに、中国独自の充電規格を推し進める気まんまんである。

ホンダの研究開発部門である本田技術研究所のエンジニアも、「今年発売する『フィットEV』は、普通充電でもアメリカと日本では仕様が違うんです。アメリカでは240ボルト、3時間充電が可能な倍速充電仕様となっています。日本は1倍速とチャデモ」と、すでに仕向地別に自在に作り分けている現状を明かす。チャデモを強烈に推す日産も、一方では「チャデモとコンボの違いは、クルマづくりのなかでもせいぜい数%にすぎない」(日産首脳)と認めている。

■無意味な規格競争ではなく、製品で差をつけるべき

日本がこれまで、いろいろな分野で世界標準規格競争に敗れてきたのは半ば事実だ。そのため、産業界には世界標準コンプレックスのような感情が渦巻いており、それが極度のデファクトスタンダード志向を生んでいるところがある。が、ことEVについては、充電規格でデファクトを取ることは大した意味を持たない。

重要なのは、方式によらず高効率に給電できるするシステムを低コストで作る技術の創出や、電気を受け入れる側であるEVの進化だ。インフラ側では非接触給電などの次世代技術やスマートグリッド、スマートホームの接続性を向上させるソフトウェア開発。クルマ側では大容量かつ放電の何十倍ものスピードで充電可能な次世代バッテリーや熱効率をさらに高めたモーター、パワーコントロールユニット、さらには動力源によらずユーザーが飛びつくような商品力を持ったクルマ作りといったブラッシュアップのほうが日本陣営のステータスを上げるのに役立つ。かりに世界標準を狙うならば、ネタはむしろそれらの中にある。

チャデモの標準仕様を公開し、国内外の様々な分野の企業との技術交流の機会を拡大したことは、技術の囲い込みにこだわって世界のトレンドを見誤るリスクを回避するという点では、むしろ一歩前進と言える。「EVの世界は従来のクルマ作りと違い、オープンソースの性格が色濃い。技術の押し売りではなく、ノウハウやアイデアで差別化を図るというスタイルに日本メーカーも早く慣れるべきだと思います」(EVエンジニア)

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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