【千葉匠の独断デザイン】ボルボV40に学ぶ、ファンタスティックなデザインの作り方

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ホーカン・エイブラハムソン氏
ホーカン・エイブラハムソン氏 全 12 枚 拡大写真

ボルボ『V40/V40クロスカントリー』の開発を、”ビークルラインディレクター”として統括したホーカン・エイブラハムソン。もちろんエンジニアだが、80年代にはデザイン部門に在籍し、デザイン提案の設計検証やデザイン開発の進捗管理に携わった経歴を持つ。

そんな彼に、V40のデザイン開発秘話を聞く機会があった。結論をひとことで言えば、「デザインセンスのあるエンジニアが開発全体を指揮してこそ、魅力あるデザインが生まれる」のだ。

グッドデザインを超えろ!

V40の開発は、スティーブ・オデルがボルボのCEOだった時代(08年10月~10年8月)にスタート。「オデルはデザインへの関心が強く、V40の開発にあたって『グッドデザインではなく、ファンタスティックなデザインにしてくれ』と我々に求めていた」とエイブラハムソンは振り返る。

エクステリア開発は、いつものようにスウェーデン本社とカリフォルニア・スタジオ=VMCC(ボルボ・モニタリング&コンセプト・センター)の2拠点による競作だった。選ばれたのはVMCCのクリス・ベンジャミンの提案だ。ベンジャミンは本社に出張して自らのデザイン案の開発を進め、基本デザインが固まった段階で、C30のチーフデザイナーだったサイモン・ラマーにプロジェクトを引き継いだ。転機が訪れたのは、その頃のことだ。

「クリスマス休暇が明けて新鮮な眼でV40のクレイモデルを見たとき、『グッドデザインという以上のものではあるが、ファンタスティックとまでは言えない』と感じた」とエイブラハムソン。そこで彼はスティーブ・マッティン(当時のデザインディレクター)を呼び、「もう少しやるべきことがある」と告げた。マッティンは「あなたから言われたことはすべてやったし、すでに”デザイン凍結”している」と答えたという。

”デザイン凍結”とは、デザイン部門がもうこれ以上はデザインを変更しませんと宣言すること。それを受けて、設計部門が詳細な検討を進める。しかし、エイブラハムソンはマッティンに「いや、トライしよう」と、さらなるリファインを求めた。生産準備のためにボディ形状のCADデータを発行するまでには、まだ少し時間があったからだ。

焦点はリヤピラー

「フロントはとくに変える必要はなかったが、リヤにもっとドラマを表現したいと考えた」とエイブラハムソン。「後輪とキャビンのオフセットを大きくすれば、リヤフェンダーをもっと力強い印象にできる。そこでマッティンに『リヤピラーを内側に寄せよう』と提案したのだ」

1か月後、新しいクレイモデルが完成。それまでのデザイン案に対してキャビン後半の絞り込みを強め、リヤピラーを40mmも内側に寄せたものだ。「10mm変えたぐらいでは効果が出ないからね」とエイブラハムソンは微笑む。このクレイモデルを当時の開発担当役員に見せたところ、「これこそ我々が求めていたものだ」と絶賛されたという。

しかし、”デザイン凍結”の後にこんな大変更を行ったら、エンジニアを困惑させるのは明らか。そこでエイブラハムソンは一計を案じた。「エンジニアの別働隊を組織した。従来からV40に携わっていたエンジニアにはそのまま仕事を続けてもらい、リヤピラーを内側に40mm寄せる案については別働隊で検討させる。そして、ある時点で双方のCADデータを合体させることにしたのだ」

4シーター的な5シーター

別働隊のエンジニア・チームが急ピッチで設計検討を進める一方で、エイブラハムソンはデザイン部門に新たなインテリア・モックアップを制作するよう指示した。「CADのバーチャルな世界だけでは決断できない。やはり自分で(モックアップに)座ってみないとね」

この段階で役立ったのが、C70やC30といった4シーター車の開発に携わってきた彼の経験だ。リヤピラーを40mmも押し込めば、リヤ左右席も内側に寄せねばならない。しかしそれによって、「リヤ左右席の乗員は前席ヘッドレストの内側から前方視界を得られるし、フロント席の人と会話しやすくなる」とエイブラハムソン。彼はそのことをC70やC30で学んでいたのだ。

当然、リヤ中央席は狭くなるが、ヒップポイントを少し前に出し、左右席の乗員と肩がぶつからないようにすることでそれを解決。左右席はドアとの距離があるのでゆったりと快適に座れるし、シートとドアの間に生まれた空間にカップホルダーを設けることもできた。

V40が属すCセグメント・ハッチバックにおいて”5人乗り”は必須要件だが、実際に5人で乗るシチュエーションは少ない。そこでエイブラハムソンは「リヤ左右席に4シーターの快適さを実現しつつ、もうひとり座れるスペースも確保した」のだ。

落とし所を見通す洞察力

”デザイン凍結”の後にも関わらず、エイブラハムソンはデザイン大変更を決断した。「向こうからV40が走ってくるのを見て、走り去る姿をもう一度見たくなる。それが私の求めたドラマだ」と彼は告げる。強く絞り込まれたリヤピラーと、その下にショルダーを張り出したリヤフェンダー。このコントラストが、なるほどV40の斜め後ろ姿に特別な魅力を与えている。

ここで大事なのは、エイブラハムソンの割り切りだ。いたずらにリヤ席の室内幅を求めるのではなく、「4シーターの快適さ」を重視。ユーザーの現実的なニーズを見据え、どこまで割り切れるかの落とし所を見通した上で、リヤピラーを40mmも内側に寄せるデザイン変更を推進した。

一般にデザイナーはプロジェクトの初期に提示される与件に基づいてデザイン開発を進めるが、与件を満たせば結果オーライとは限らない。与えられた課題をデザイナーがすべてこなしても、目指すところに到達できないことがある。そこに”ノー”を突き付け、新たな与件とその具体的な落とし所を示すことのできる開発責任者がいるかどうか…。V40はまさにその好例だ。エイブラハムソンの洞察力が、V40のファンタスティックなデザインを生み出したのである。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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