日産が取り組んできたクルマの知能化…「日本車の強みはITにあり」

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日産自動車 IT&ITS開発部エキスパートリーダー 二見徹氏
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日産自動車はこの5月末に新通信サービス「NissanConnect カーウイングス いつでもLink」を発表した。これは、日産オリジナルカーナビゲーションに搭載された通信機能を利用した新サービスで、サービスの利用時にかかる3Gパケット通信代を、初回登録から10年間分付帯するというものだ。

ホンダではディーラーで車検を受けることを条件として「インターナビ プレミアムクラブ」の通信料を永年無料とする「リンクアップフリー」を2010年2月からスタートしているが、これに続く長期間の無料通信テレマサービスとなる。

今回、IT&ITS開発部エキスパートリーダー 二見徹氏に取材。日産自動車のIT戦略とテレマティクスの歩みから、今回のこの新テレマサービス導入の狙いを語っていただいた。

◆日本車の強みは“IT”

今からさかのぼることおよそ13年。日産にルノーが資本参加するに当たって、二見氏はルノーの経営陣から「日本車の強みとは何か?」ということについて、説明を求められたという。

「日本車の強みは“走り”ではなく、“IT”だ」。当時から、二見氏は信念を持っていた。「通信が3Gになれば自動車も変わる。これからは自動車にもITが急速に入り込んでくるという確信があった」(二見氏)。

クルマの知能化というテーマは確かに面白いが、ビジネスとして成立できる構想を描かねば絵に描いた餅に終わってしまう。二見氏は、自動車のITが必然となるための前提として4つの項目を挙げた。

1つ目は「事故ゼロ」。クルマによる交通事故のうち、93%がドライバーのミスによるものだといわれている。ドライバーの過失をいかにフォローし、事故のリスクを減らすか。

2つ目は「移動機会の拡大」。今後、高齢化が進む日本社会においては、人間の能力の低下を補完するために車が賢くならねばならない。

3つ目は「渋滞からの解放」。現状のカーナビにある渋滞回避昨日は自分だけが渋滞を避けられればいいという発想に基づいている。しかし、根本的には渋滞そのものをなくさなければ、経済的な損失が改善されることはない。これは特に爆発的にモータリゼーションが普及している新興国でも深刻な問題だ。

そして4つ目が「運転時間からの解放」。運転行為は、たしかに移動の喜びを享受できる貴重な体験だが、同時に運転以外のことをおこなうのは安全上不可能。高速道路での巡航など、比較的単純な運転行為については自動運転の要請が出てくるのもこのためだ。

二見氏によると、これらの自動車にまつわる経済的損失は、足し合わせると年間300兆円にもなるという。「これらの莫大な損失を減らすという目的で、自動車の知能化はビジネスチャンスをもたらしてくれるはず」(二見氏)。

◆クルマの知能化を一歩押し進めたテレマティクス

では、自動車の知能化を実現するにはどうするべきか。二見氏によれば、人間の身体にも似た2つの要素からなるという。

まずひとつは、反射神経/自律神経に相当する制御の知能化。例を挙げれば、対象を認識し、他の人や車にぶつからないように動作することだ。もうひとつは、大脳に相当する、思考する機能。渋滞を避け、燃料消費の少ないルートをどのように選択して走行するのかというアルゴリズムだ。

カーナビゲーション、特にいわゆるテレマティクスと呼ばれるものは、主に後者、つまり思考/知能の部分での働きを補完するものとして進化を遂げてきた。日産の例で言えば、「コンパスリンク」から「カーウイングス」へ、スタンドアローンから通信ナビへという変遷に象徴される。

「2002年のに登場したカーウイングスは、私たちは“エンハンストナビゲーション”と呼んでいた。つまり、それまでのスタンドアローンでは不可能な機能、地図更新やプローブ渋滞情報を活用といったリアルタイムの情報系を利用することで従来のカーナビの機能を拡大したものだ」(二見氏)。

ほぼ同時期にサービスをスタートした『G-BOOK』や『インターナビ プレミアムクラブ』と同様に、カーウイングで重要なインタフェースの役割を果たすのはおもに人力、つまりオペレーターとの音声通話による目的地設定などの操作だった。これにより、ドライバーに負担を減らすことができたが、新たな課題もでてきたと二見氏は言う。「外との通信は、お客様の携帯電話に頼る部分が大きく、つなぐ機能が脆弱だった」(二見氏)。

トヨタなどは通信モジュール(DCM)を提供していたが、レクサスなど一部の高級車に限られ、ビッグデータを創出できるほどの本格的な普及からはほど遠かった。「車内からの常時接続が実現してこそ、大量の市場データを収容でき、サービスに活用することができる」(二見氏)と見ていたからだ。

ようやくその常時接続が実現の日の目を見たのは2010年のこと。EV(電気自動車)『リーフ』の登場だ。車から離れているときも、通信が利用できることで、バッテリー監視やエアコン遠隔操作といった安全や利便の点で長足の進歩を遂げた。

◆クラウド&スマホの開発リソースをクルマの知能化に活かす

2010年以降のトレンドとして、もう一つ大きな要素がある。それは、スマートフォンのインパクトだ。「車のテレマと言えば専用の車載器と専用のサーバーという、セキュアで閉じたシステムだった。ここで進化しようとしても、機能の進化は限定されており、スマートフォンのような素早い進化はできない。車載専用のテレマの成長限界の存在が明らかになった」(二見氏)というのだ。

では、スマホの強みとは何か。二見氏は「常に肌身離さず高速回線を携えていること」、「全世界に開発リソースが転がっていること」という2点を挙げる。そして、この2つの要素が、従来のテレマティクスの課題をブレイクスルーするポイントとしてあげる。

「常時接続の環境を整え、広大なクラウドの開発リソースを取り込んで、スマホコンテンツを車の中で提供できるプラットフォームを作る。集合知をフル活用できる構造を車内に作ろうよ、という発想。生産やマーケティング、そして開発でお互いに情報を共有し合って短いサイクルでPDCAを回すことだ。さしあたり重要なのはクルマとスマホ、そしてデータセンターをつなぐインターフェース(API)を構築すること。リーフのテレマは基本的にこの考え方でスタートした」(二見氏)

◆モジュール搭載と端末持ち込みでは接続率は雲泥の差

この10年間でオペレーターサービスに加えてプローブを活用した最速ルートの提供、そしてリーフのEV-ITと着実な進化を遂げてきたカーウイングス。2013年となり、10年間通信費無料の新サービスを始めたのはなぜか。テレマティクスを活用したビッグデータ活用のビジネスを構築するために、接続率の向上が不可欠だ。

「持ち込み端末でもテレマは利用できるじゃないか、という意見もある。が、持ち込み端末に通信を頼ると、データの取得はナビをつかうときだけとか、サービスを使うときだけに限られてしまう。こうなるとデータ捕捉率は5~10%程度に過ぎない。これに対してしてリーフに搭載される車載通信モジュール搭載テレマティクス『EV-IT』は捕捉率90%にまで達している」(二見氏)。

リーフの経験から、常時接続でなければテレマティクスを提供する意味が半減してしまうというのだ。もうひとつの理由は、マーケティングからの要請だ。いつでもLinkでは、これまでのカーウイングスの機能に加え、FacebookやTwitterといったSNSとの連携機能、スマホアプリとの連携、そしてディーラーからナビへの車検/点検案内メールといった新しいサービスをPRポイントとしている。

「私たちとしては、テレマを活用することでCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)にきちんと取り組みたい、という狙いがあった。入庫支援策とのバランスを考え、10年分の通信費負担は営業費用として考えている」。この考え方はホンダのリンクアップフリーにも通じるものだ。

では、テレマティクスは、今後どういう競争環境になるのか。二見氏は、「もはやハードウェアではなくアプリケーションの開発競争になる」と断言する。「魅力的なクラウドコンテンツを迅速に取り込んで、サービスを実現する。HMIについても既存のディスプレイ/タッチパネルだけではなく、音声認識のAIエージェントが中心の位置を占めるだろう」(二見氏)。

《北島友和》

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