小さな港町に数万人…大成功した「大洗ガルパンプロジェクト」

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Oaraiクリエイティブマネジメントの常盤良彦氏
Oaraiクリエイティブマネジメントの常盤良彦氏 全 4 枚 拡大写真

 太平洋沿岸の“港オアシス”を自称する茨城県大洗町。人口はおよそ1万8000人。海に近い立地を活かして、夏には多くの観光客でにぎわう。

 そんな町を代表する観光資源として、ここ数年で一気に注目を集めたコンテンツがある。仕掛け人となったのは、Oaraiクリエイティブマネジメント。”地域を盛り上げる行政や各団体の受け皿会社”を自称するこの会社で代表を務める常盤良彦氏の元に2011年秋、バンダイビジュアルとランティスから2人の男が訪ねたことで、やがて町全体を動かすことになるプロジェクトはスタートした。

■行政の地域活性プロジェクトを民間で支える
 Oaraiクリエイティブマネジメントが設立されたのは2009年。元々は青年会議所の理事長や同会議所県ブロックの役員を務めてきた常盤氏を中心に、町の商工会青年部での役員経験を持つ初期メンバー3人が立ち上げた会社だった。その目的は地域参加型で継続的に関われるような仕事をすること。それぞれがかつて青年会議所や商工会青年部で地域活性を事業としてきた中で、長に携われるわずか1年や2年といった任期では達成できなかったビジョンを実現するのだと燃えていた。

 やがて常盤氏達は県や町と情報交換をしながら、地域を活性化するようなイベントの運営を手掛けるようになる。その中から生まれたプロジェクトの一つが、「大洗まいわい市場」だった。大洗リゾートアウトレットの一角に位置するこの直売所は、町の近郊に住む生産者と観光客をつなげる場として、オープン数年で県内でも有数の人気のスポットに成長。2011年には東日本大震災による津波で店が全壊したが、やがて店を復興させると、同年開催の全国直売所甲子園で審査委員特別賞を受賞している。

「この頃、町の商工会の田山会長から1本の電話がありました。そこで、今バンダイビジュアルでアニメのプロデューサーをしている杉山潔氏や、大洗出身の音楽プロデューサーの関根陽一氏が隣にいるので、会ってくれないかと言われたんです」

 当日、関根氏と共に姿を現した杉山氏は、1本の企画書を手に話を始めた。「このアニメの中で、大洗町を舞台にしたい。その制作に協力して頂けないか」、と。

 当時、ほとんどアニメに詳しくなかった常盤氏にとって杉山氏の話は正直、理解の及ばないものだった。アニメの中で戦車に女の子が乗ってチームで闘います。けれど、戦車は強固に守られているので、人が怪我をするような話ではないんです……。アニメで町興しという話も後に別方面から聞いたが、それは自分達のやっている地域復興とは全く別のジャンルに見えた。

「ただ、その時の杉山さんからは、このアニメを本気で作っていきたい、絶対に楽しい作品にしたいという熱意が感じられたんです。うちの会社は何か新しい事業を立ち上げたい、それを本気でやり遂げたい!という人が好きなんですよ。だから、何が出来るかわかりませんがお手伝いしますと、その場で協力を約束しました」

■製作期間は3日間、予算ゼロでラッピングしたバスと列車を走らせろ!
 こうして、後に大洗町はもとより、茨城県内外で大きなムーブメントを起こしたTVアニメ『ガールズ&パンツァー(以下ガルパン)』の制作に関わることになった常盤氏。最初に手掛けたのは、作中に大洗町の施設を登場させるための承認を取ることだった。

 ガルパンには大洗町を舞台に、様々な建物や交通機関が登場する。大洗マリンタワー、大洗サンビーチ海水浴場、鹿島臨海鉄道、茨城交通バス。それらすべてにアポイントを取り、対応してくれた担当者にアニメの概要を説明する日々が続いた。

 この時、常盤の頭の中には一冊の脚本があった。それは、杉山氏から送られてきたもので、普通のアニメ制作現場であれば、まず絶対に外部には出さないようなものだという。

「でも、この脚本を読んでみたら、ストーリーがとても面白いんですよ。アニメ初心者の自分が見てもイメージが湧いてくる。それが通じたのか、いつしか常盤の言っている事は何だか楽しそうだ、と少しずつ理解いただけたみたいです。おかげで各担当者の方々にも、ガルパンに関心を持っていただけました」

 また、常盤氏と杉山氏の間でも、この取り組みを通じて信頼関係が構築されていった。そのこともあって2012年夏、二人はある計画を目論む。それは、茨城交通バスと鹿島臨海鉄道の車両をラッピングすること。これを11月に町で行われる「大洗あんこう祭」でお披露目できたら、面白いことになるのではないかと考えたのだ。

 こうした町のイベントは、常盤氏が得意とするところだが、アニメとのコラボは全くの未経験。ただ、実は常盤氏自身もアニメキャラの等身大パネルを町に設置できないかと、頭の中で妄想を巡らせていた時期でもあった。

 とはいえ、まだヒットするかどうかもわからないアニメ。面白そうな目論見とはいえ、突如持ち上がった企画をすぐ実行に移せるだけの予算はなかった。

 しかし、茨城交通や鹿島臨海鉄道に話を持ちかけてみると、どちらも車両を広告料なしで提供してくれるという。また、杉山氏もコネクションをフル活動させ、タイアップとしてラッピング用のロール紙を無償で提供してくれる会社や、デザインや印刷を無料や実費で提供してくれるパートナーを見つけてきた。

「じゃあ、これを自分達で車両に貼ってみよう!となったんです。経験? そんなの誰にもありませんよ。さらに言うなら、ラッピングの作業に割ける時間は3日間しかなくて、本当に無い無い尽くしでの挑戦でした」

 中でも、一番足りないのが人手だった。そこで、常盤氏は当時自らが経営していたとんかつ屋で気心の知れた常連3人組を思い出す。彼らに話を持ちかけて協力を取り付けると、さらに茨城大学の漫画研究会を訪れ、ここでも数名のボランティアメンバーを集めることに成功した。とはいえ、集まったのは素人ばかり。杉山氏やデザイン担当者の誰もが、バスや列車といった巨大な物にラッピングを施すのは初めてだった。そのため、作業は遅々として進まなかったという。

「そうしたら、現場にロールフィルムを印刷してくれた会社の人が、忙しい中をわざわざ様子を見に来てくれて。『やっぱり無理だよね、手伝いますよ』って、作業に加わってくれたんです。おかげでイベント当日までにはラッピングされたバスと電車、さらには商工会青年部の手作りでレンタルサイクルのサンプル車両を用意できました」

 常盤氏は後に、この頃が一番大変だったと振り返っている。だが、その中でも本当に奇跡のように素晴らしい人たちに巡り合えたと。当時集めたボランティアの人員は“勝手にガルパン応援団(KGO)”として、後のプロジェクトを支えていく主要メンバーとなっていった。

■6.5万人の観光客を集めた10人規模のプロジェクト
 大洗あんこう祭当日の朝を、常盤氏は1本の電話で迎えた。相手は鹿島臨海鉄道の職員。それが、慌てた様子で説明してくる。列車のお披露目式として予定していたイベントに、早朝からおよそ500人もの客が集まってしまったと。

「実はその前日の打合せで職員の方に、『初めてのイベントだし、100名も来てくれたら嬉しいよね』なんて話をしたばかりでした。そこから、いきなりこの電話ですから、これはとんでもない事になっているのではと、その時に初めて気が付いたんです」

 やがて、祭りの開場時間になると、町はアニメのファンで埋め尽くされていった。会場では声優達によるステージイベントなど手作りの催しが行われ、それが多くの歓声に迎えられていく。

 こうして、大洗あんこう祭りにおけるガルパンのイベントは大成功のうちに幕を閉じた。当日の来場者数は町発表で6.5万人。例年なら多くて3万人規模だった祭りに、2倍以上の人たちが集まったことになる。

 しかし、このイベントの裏には、実はもう一つのシナリオがあったのだと、常盤氏は話している。
  …>小さな港町に数万人を集める「大洗ガルパンプロジェクト」(2)に続く…>

【地元から日本を盛り上げるキーパーソン】小さな港町に数万人を集める「大洗ガルパンプロジェクト」(1)

《丸田鉄平/H14》

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