【インタビュー】江口洋介×本木雅弘 同時代を生きてきた2人が語る仕事、家族

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『天空の蜂』江口洋介、本木雅弘/photo:Naoki Kurozu
『天空の蜂』江口洋介、本木雅弘/photo:Naoki Kurozu 全 8 枚 拡大写真

本木雅弘が発した「予言の書」という言葉に背筋がゾクッとする。東野圭吾が1995年に発表した小説「天空の蜂」のことである。20年も前に書かれた、テロリストが巨大ヘリコプターを原発の上に静止させるという物語は、恐ろしいまでのリアリティをもって我々の心に突き刺さる。

一方、江口洋介はこの小説を原作に完成した映画について「基本的にはエンターテイメント映画」と語り、強いメッセージ性のみならず、クライシス・エンターテイメントとしての完成度の高さに自信をのぞかせる。

ハリウッド映画のようなスケールと激しいアクション、原発という時代性の強いテーマ、葛藤を背負いながら事件の解決に向けて奔走する男たち――日本映画に類を見ないこのプロジェクトの中心にいるのがヘリコプターの設計士・湯原役の江口洋介と原発の設計士・三島役の本木雅弘である。本作で初共演を果たした2人が映画版『天空の蜂』を語りつくす!

多くの国民がいまなお、4年前の震災とそれに伴う原発を巡る危機の恐怖を共有している。そしてつい先日、川内原発の再稼働が報じられた。そんなタイミングで、原発を標的にしたテロを描く本作が公開を迎える。

江口さんは「原作が発表された95年当時に映画化されるのと、今までとは凄い違いがある。巨大ヘリが原発の上に墜ちるかもしれない状況に、頭では(フィクションと)分かっていながらも観る人全てが全身全霊を持って行かれるようなヒリヒリする気持ちを味わえる」と今このタイミングで公開されることの大きさを口にする。その上でメッセージ性と娯楽性が融合した本作の魅力をこう語る。

「科学技術が生んだ怪物――それはヘリだけでなく原発もそう言えるかもしれない。8時間という(テロリストが指示した)タイムリミットの中で日本をピンチから救わなくてはならない。巨大ヘリを“蜂”と表現する東野さんの文学的センスも含めて、奥行きのあるセリフが目にも心にも刺さってくる! 撮影している時は正直、無我夢中でしたが、完成した映画を観たら、凄まじいほどのスリリングな作品に仕上がってました。脚本の素晴らしさとただのアクション映画にとどまらない社会性を含め、メッセージ性の強い作品になったと思いました」。

本木さんは、初めて読んだ東野さんの小説が「天空の蜂」だったことを明かし「ここで描かれている『意思の見えない、仮面をつけた沈黙する群衆』というのは自分そのものだった。日本で、世界で大きな事件が起きている時、私はその出来事を深くは把握しないままにやり過ごしてきたし、自分の立ち位置、つまり価値観というものをきちんとのぞいたことがなかった。それがいかに危ういかを思い知らされた」と語る。自戒を込めて、本作を通じて強く感じるのは多様な視点で物事を見ることの大切さ。

「ちょっとでも目線をずらして見るということ。世の中には自分の知らない世界があり、予想不可能なことが起きる。その時、どの立ち位置で何を守り、どう対処していくのかは、ひとりひとりの問題ですが、多くの視点を持って、異なる立場を理解していないと、どこかで窮屈になっていってしまう。少し視点をずらしてのぞいてみると『そういう考えもあったのか!』と知れるわけで、結果的に自分も柔軟になっていく。この映画でそれを学びました」。

「立場」という意味では、湯原と三島はそれぞれ巨大ヘリコプターと原発の設計者であり、運用のされ方、人間の悪意次第では恐るべき怪物となりうる技術をその手で生み出した側でもある。

江口さんは経済ドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」でナビゲーターを務めており、様々なジャンルの技術者たちの姿を見てきたこともあり、技術者の心情が理解しやすい部分もあっただろう。

「科学者や技術者というは、僕らの想像もつかないレベルで物事を捉えている部分はありますが、葛藤というのはあるでしょうね。この映画はそこを中心に描いているわけではなく、ある意味で清々しく事件に立ち向かっていきますが、湯原もまた巨大な怪物を自ら作り上げてしまった責任を抱えていると思います」。

三島の原発の設計者という立場での葛藤は、賛否が入り混じり分断した地元の現状などを含め、物語にも大きく関わってくる。本木さんはやはりここでも多様な視点で物事を見つめることを訴える。

「原作では三島が湯原に『絶対に堕ちない飛行機ってあるか? ないよな。毎年、多くの死者が出ている。でも自分たちにできるのはその確率を下げることだけだ』という意味のことを言うんです。利用者たちはこの確率なら死なないだろうと飛行機に乗る。言ってみれば国民全体が原発という飛行機に乗っている、乗らされている。でも、その飛行機を飛ばさないことは不可能じゃない。しかし、乗客達の意思は見えない。みな無言で座ってる。だから飛行機は飛ぶしかないし、自分たちは墜落の確率を下げるための努力をしていくしかないと三島は言う。江口さんもおっしゃったように、常人では理解しえない技術者の世界があるけど、絶対的に完璧な技術というのは生まれない。映画でも『トライ&エラー』と言ってますが、その繰り返しで磨いていくしかないけど、その懸命な綱渡りの感覚は人々になかなか伝わらない。その歯がゆさを常に抱えているというのはあると思います。この映画のために、原発の開発センターに見学に行き、システムをのぞかせていただきました。それは自分が理解し得るようなものではなかったんですが、働いている方に話を聞くと、子供の頃に『鉄腕アトム』を見ていたら父親が『いつか日本にエネルギー危機が来るぞ』とつぶやいて、それが心に残ってこの仕事を志した人もいれば、地元に古くからあるその開発センターはその地域の就職先のひとつの選択肢であり、自然とそこに入った方もいる。見学にお邪魔した昨年のその時期は、日本の原発は全て止まっていて、そのセンターも稼働していない状態でした。それぞれの正義があり、良かれと思っている先に戸惑いを抱えていらっしゃるというのも切ない話です」。

そしてもうひとつ、彼らが持っているのが“父親”という立場。湯原も三島も仕事に没頭したがゆえの“代償”を支払っている。江口さんも本木さんも、プライベートでも父親である。

江口さんは「僕も実際、作品の撮影に入ると没頭しますので、どうしても(仕事と家庭に対する熱に)温度差はありますね」と語りつつ、こう続ける。

「でもこういう映画を撮って、子供たちはそれをどう見てくれるか? とも考えるし、傲慢だと思いながらも、父親が突っ走っている背中を見てくれるだろうとも思ってます。あとは『聞く』というのを心掛けてますね。今、こういうことが社会にあるけど、お前はどう思う? このニュースに何を感じた? 子供が成長し、そういった話題の会話もするようになってから、面白くてしょうがないですね」。

一方、本木さんは「僕は『自意識過剰でナルシシスティックなヤツだから』と思われているでしょうが…」と自虐的な自己分析から家族との関係をこう語る。

「そういう部分は裏返って、全てコンプレックスがなせる業であり、家族の前では唯一、そのコンプレックスが丸見えの状態なんです。回ってくる役はいかにも物を考えてそうだけど、現実はグズでトロくて、頼りにならず、それを子供の前でさらしています。そういう家庭はおのずと子供が親を反面教師にするもので(笑)、『こうはなりたくない』と思って育ってくれていると思います。僕自身、人間関係に深い愛情を表現しているタイプではなく、出会うべく人には出会って、惹きつけ合い、刺激し合い、傷つけ、学び合うものだと思ってます。そういう意味で、子供たちを早くに外へ送り出しているのは、社会に育ててほしいと思っているというのがありますね」。

映画の世界で30年近いキャリアを積み重ねてきた2人が、互いをよく知る同期という因縁を持ったこの役柄、重厚な物語で初めて共演を果たすというのが、刺激的でないわけがない。江口さんは言う。

「本木くんが考えてきた三島が発す0コンマ何秒の間を読み取りながら、湯原役としてこちらの言わんとする言葉を吐き出すのか? 飲みこむのか? そこのやりとりが面白かったですね。現場に行って肉声を聞くまで、こっちの芝居がどう出るかわかりませんし、それが気持ちよく演れる瞬間があるんです。同じ時代を生きてきた俳優仲間であり、父親でありという共通する部分が嫌でも出てしまっている部分があると思います」。

本木さんは「私の方が若干、年上なんですが(※2歳差)、こうして話しててもあっちの方が年上に見える」と苦笑を浮かべ、江口が作り上げた湯原という主人公像を称賛する。

「原作よりも映画の方が湯原という人間が豊かになっていると思います。私から見ると、三島よりも湯原の方が数段、難しい。三島が持つエキセントリックさは、癖を持たせたり、ポーカーフェイスであったりと、様々な形で演じられるけど湯原は真っ直ぐに時に劇画的なセリフやメッセージを伝えなくてはならない。そこは江口さんのパワーがないと成立しなかったと思います。正直、演じる上では三島の方が絶対に得だと思ってましたが、現場に入って思いのほか、江口さんの湯原にリアリティがあって、これはヤバい! と思いましたね(笑)。世代的な部分や業界でのキャリアという点で、親近感もあるし、内心で勝った、負けたという勝負のような気持ちでやっているところもあります。一方でやはり、無言で通ずるようなところもあって、現実的に家族を持つことの魅力もしんどさも互いに経験しているよね…という思いを役を通して感じながら演じていました。性質の違う化学反応であると同時に、2人でそれぞれ陰と陽を使い分けて、ひとつの大きな力になれているという実感もありましたね」。

四十半ばを過ぎて、強さも、責任も、哀愁さえも抱えながら前へと進む男たちの背中は、言葉以上に雄弁に何かを語っている。

《photo / text:Naoki Kurozu》

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