【畑村エンジン博士のディーゼル不正問題検証】その1…厳しさ増す燃費・排ガス規制と試験モードの関係性

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【畑村エンジン博士のディーゼル不正問題検証】その1…厳しさ増す燃費・排ガス規制と試験モードの関係性
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世界に激震が走った、独フォルクスワーゲン(VW)の不正問題。定められた特定の測定モードで計測される時のみ良い値を出すソフトウェアを組み込み、規制をクリアするだけでなく、カタログ値を良く見せ、マーケティングにも大いに活用する。しかし、ユーザーの手元に渡ったあとのリアルワールドでの排ガスは汚くても良いという「モード測定対策」の姿勢が法に触れ、悪質だということで、VWは窮地に立たされた。

一方、近年ますます乖離が大きくなっているカタログ燃費と実走行燃費はどうだろうか。燃費管理サービス『e燃費』の客観的なデータが示す通り、モード燃費と実用燃費の乖離は顕著である。

国内でJC08モードカタログ燃費が37.0km/リットルと最高値をマークするトヨタ『アクア』を例に見ても、e燃費上での実用燃費は23.23km/リットル(2015年12月22日現在)で、カタログ値との乖離は実に13.77km/リットル(約37.2%の乖離)にもなる。

この連載では今回の問題がVW特有のものではなく、測定モードとリアルとの乖離という部分が根本にあると見て、排ガス規制の走行モードと、不正発覚の発端となったディーゼル車の排ガスの現状について考究していきたい。

◆厳しさを増す燃費・排ガス規制と計測のための走行モード

世界的に排ガス規制と燃費規制が年々厳しさを増してきている。欧州ではEuro6(※1)の排ガス規制と2020年のCO2排出95g/kmの厳しい規制が予定されている。米国ではTier2規制(※2)が実施され、2017年には更に厳しいTier3規制(※3)に加えてCAFE(※4)の燃費規制の強化が実施される。

国によって走行モードやテスト条件が異なるために排ガス規制値の単純比較はできないが、今回問題となるディーゼルエンジンの乗用車の規制値を取り出すと画像1のようになる。

これを見ると、欧州は日本に比べてNOxの規制値が緩く、PM規制が厳しかったことがわかる。NOxはEuro6で日本と同等レベルになるが、今話題になっている米国のTier2 Bin5はそれ以上に厳しいことを示している。CO2規制についても規制値の単純比較はできないが、各国の予定されているCO2排出量規制値を表した図が画像2だ。

これを見ると当面は欧州の95g/kmに向けて自動車メーカが燃費向上の技術開発にしのぎを削ることになることは容易に想像できる。また2010年ころまで最も厳しかった日本だが、このままでは将来的には他の国に遅れをとることになるかもしれないということも分かり、日本のメーカー・サプライヤーはうかうかしていられない状況だと、この図を見ると分かる。

◆年々大きくなるカタログ燃費と実用燃費の乖離

そのもう一方で、カタログ燃費と実走行燃費の乖離が年々大きくなってきていることが問題になっている。画像3を見てほしい。これを見ると、NEDC(※5)と実走行燃費の乖離が年々大きくなっていることが一目瞭然だ。

こうした情勢を受けて、各地域の当局では燃費計測値を実走行燃費に近づける検討が行われており、シャシーダイナモと実走行の運転条件の差(車の走行抵抗、エアコンの使用、ドライブテクニックなど)を埋めていくことと、走行モードの変更が計画されている。

これこそが欧州で2017年、日本でも2018年から採用が予定されているWLTP(Worldwide harmonized Light-duty Test Procedure)で、日本では「乗用車等の国際調和排出ガス・燃費試験法」と呼ばれている。WLTPの中で使われる走行モードは、世界各国の走行速度と加速度の分布を調査して、すべての国で共通に使うことを目的に作られたWLTC(Worldwide harmonized Light-duty Test Cycle)と呼ばれる走行モードだ(画像4参照)。

このモードをJC08、NEDCと比較すると、全体的に車速が高くなるとともにアイドル時間が減少している。高速道路が100km/hに制限されている日本では、Ex-Highモードは使わず、それまでの3つのモードで排ガスと燃費(CO2)が評価される。1500kgクラスの車が各国の排ガス計測モードを走行した場合の平均車速と平均出力の算出結果を、画像5にまとめた。これを見ると、日本で使われてきた10・15モードとJC08は、欧州のNEDCに比べて車速と運転負荷が低いことが分かる。特に欧州のWLTCの負荷の増加が大きく、走行モードがWLTCに変わると、車両開発・燃費対策にも大きな影響が出ることが予想される。

◆日本のモード燃費がJC08モードからWLTPに変わるとどうなるか

JC08からWLTCに変わった時の燃費値を様々な車で計測した結果を見ると、WLTCで燃費値は全体的に悪化傾向になるが、20km/リットル以下の乗用車ではほとんど影響が見られない。特に画像6を見ると、軽自動車(CVT)とハイブリッドなどのJC08燃費が高い車の悪化が大きくなる傾向があることが分かる。

これらの車の平均車速と燃費の関係を示したものが画像7であり、この軽自動車とハイブリッドは平均車速が上がれば上がるほど、燃費比率が低下していく傾向があるのがよくわかる。車速が増加すると車の駆動パワーが大きくなることと、エンジンが高負荷運転になって熱効率が高くなる事がその理由だ。低速になってもEV走行によって低負荷運転を避けられるハイブリッドは、駆動パワーが小さくなる影響で低速ほど燃費が向上する。電気自動車のデータはないが、車速によってモーターの効率変化が少ないので、ハイブリッド以上に低速が向上し、高速は悪化する傾向になるはずだ。

画像8は、WLTC採用による高負荷運転の使用頻度が高まる様子を、乗用車とSUVの2.0リットル過給ガソリンエンジンの場合について示したものだ。これを見ると運転領域が高回転高負荷領域に大きく広がることがわかる。運転領域の変化による影響は、燃費だけでなく、排ガス規制にも大きな影響がある。特に高負荷運転でNOxが増加する傾向のあるディーゼルエンジンにとっては、非常に厳しいものになるはずだ。

WLTCの使用に加えて欧州では実際の道路を走行する排ガス試験RDE(Real Driving Emission)の導入が計画されている。RDEになると更に運転負荷が高まるとともに、走行条件や走行パターンが決まっていないので、排ガス対策はより厳しいものになる。多くの機種のRDEを計測したICCTの試算によれば、EURO3からEURO6までにNOxの規制値が1/6以下になったにもかかわらず、実走行のNOx排出量は40%しか減少していない(画像9参照)。これが排ガス規制の実情であり、2017年から欧州でRDE規制が導入される理由だ。なお、RDEについては次回詳しく紹介する予定だ。

畑村耕一 | 株式会社畑村エンジン研究事務所 代表
東京工業大学修士課程修了後、東洋工業(現マツダ)に入社し、ユーノス800に搭載されたミラーサイクルエンジンの開発に携わる。2002年に畑村エンジン研究事務所を設立。著書に『博士のエンジン手帖』など。

《文:畑村 耕一》
《まとめ・編集:石原 正義》

<専門用語解説>
※1:Euro6規制:自動車による大気汚染物質の排出規制値を定めた、ヨーロッパ連合(EU)の規定のことを指す。
※2:Tier2規制:1996年に米国で定められたTier1排ガス規制を経て、その2次規制として2011年に定められた排ガス規制のこと。NOx排出率20%削減という、Tier1規制よりも厳しい規制となっている。
※3:Tier3期制:Tier1・Tier2排ガス規制を経て、その3次規制として2016年に定められた排ガス規制のこと。NOx排出率80%削減という、Tier2規制よりも更に厳しい規制となっている。
※4:CAFE規制:CAFEはCorporate Average Fuel Economyの略記。直訳すると「企業平均燃費」となる。具体的にはその企業が販売した自動車全体の平均燃費を算出し、基準を達成できなければ罰金が科されるという、米国の燃費規制のことを指す。
※5:NEDC:New European Driving Cycleの略記。欧米において採用されている、市内走行と高速走行の両方を代表する試験モードのことを指す。

《畑村 耕一》

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