【畑村エンジン博士のディーゼル不正問題検証】その3…排ガス規制逃れ、その背景を振り返る

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【畑村エンジン博士のディーゼル不正問題検証】その3…排ガス規制逃れ、その背景を振り返る
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世界に激震が走った、独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル不正問題から、排ガス規制の走行モードとディーゼルの排ガスの現状について検証する第3弾。排ガス規制の走行モードとディーゼルの排ガスの現状について考究していきたい。

◆VWの規制逃れの背景

米国におけるVWのディーゼルエンジンの歴史は古く、1974年に渦流室式1.5リットルNAディーゼルエンジンが導入されたのが始まりだ。その後、ターボ過給、直噴化DPFの採用が続いて性能向上が進み、2007年にコモンレール採用の今日のディーゼルエンジンとなった。翌年には現在問題となっているTier2 Bin5の排ガス規制に適合した、世界初のLP-EGR(※1)を搭載した2.0リットルディーゼル(EA189)エンジンが導入された(画像1参照)。

こうしてVWディーゼルの米国での販売台数は順調に増加してきたが、画像2にもあるように、2007年、2008年では大きく減少している。この原因は恐らく、2007年からTier2という厳しい規制が本格的に適用されたことと関連があるのだろう。ちょうどこの時期には、今回の不正を開始したことと販売台数の落ち込みに、何らかの関係がありそうだ。

その後、2.0リットルディーゼル(EA189)エンジンは第2世代目になり、『パサート』用にSCR(選択触媒還元)の採用や燃費向上が実施され、2009年以降は大幅に販売台数を増加させるのだが、なんと2009年には米国のディーゼル乗用車の90%ものシェアを獲得している。画像3にもあるように、2011年には米国工場が生産開始と、順風満帆の拡大が続いた。その後、2014年にはプラットフォームとエンジンがMQB(※2)に一新され、『ゴルフ』(7代目)用として新開発の2.0リットルディーゼルエンジン(EA288)に切り替わって不正ソフトは廃止されている(画像4参照)。

◆ICCTの調査とVWの不正について

画像5は、ウェストバージニア大学がPEMSを使ってVWとBMWのディーゼルエンジン車の実走行排ガスを2013年に計測している様子で、この調査はICCT(The International Council on Clean Transportation)という国際機関の委託を受けて行われた。そしてまさにこれが、今回のVWの不正事件が明るみに出る発端となった。

計測した研究者も、最初は計測の間違いかと思っていろいろと悩んだそうだが、最終的には「車両がおかしい」という結論になり、2014年の5月に報告書が提出されている。そこからEPA(※3)とVWの駆け引きが始まり、今年の9月にやっとVWが不正を認めたといういきさつだ。EPAが2016年型車の認証を認めないとしたことから、VWはやっと不正を認めたと言われている。ちなみに2016年型のゴルフのカタログには、現時点でもディーゼルエンジンは載っていない。

その後、ウェストバージニア大学はEURO6対応12台とTIER2 Bin5対応の3台のディーゼルエンジン車をPEMSで実走行試験を実施した。その結果は惨憺たるもので、NOx排出量の平均値はEURO6の規制値を7倍も超え、EURO6のNOx規制値を満足したのはたったの1台だけで、残りの12台はEURO5の規制値さえ満足していなかった(画像6参照)。

この実験結果をふまえると、ほとんどのディーゼルが不正を働いているかのように見えるが、実はそうではない。

都市の空気をきれいにするために、比較的負荷の低い低速走行時のNOxを低減するのがこれまでの排ガス規制だった。そして自動車用のエンジンは基本的に、運転負荷が高まるとNOx排出量が増加する性質を持っている。そのため、厳しい排ガス規制に対応するために、自動車メ-カーは大きなコストをエンジン改良と後処理装置の追加にかけてきた。つまり、モード走行時の排ガスを低減してきたのだが、モード走行時以外は特別なことをしない成り行きであれば、NOxが多くても問題にされなかったのだ。

規制には関係のない領域まで排ガスをきれいにして、そのコスト増加分をユーザーに負担してもらうことは、販売台数を伸ばしたい自動車メーカーにとって不可能だ。そう考えると、上記のNOx排出量の計測結果は、当然の成り行きだと言えるだろう。そしてこのように排ガスの増加が成り行きの場合は、(法規制の上では)不正とはならない。

しかしVWのケースは異なる。ディフィートディバイス(試験以外の運転で故意に排ガス低減装置の機能を低下させる制御を行う)として、禁止された方法を使ってしまったことが、違法だったということなのだ。

◆本当の意味での排ガス対応・燃費対応を

実用燃費悪化を許容すれば、この違法ソフトを削除できたはずだが、各部の腐食摩耗の懸念があるLP-EGRを使った耐久試験を十分におこなう時間がなかったのではないかと考えられる。前述のように、RDEのNOx排出量が規制値を超えることは業界では暗黙の常識であり、実走行でNOxが増加することに対する不正の感覚が、技術者の間に薄れてしまったことが、今回のVWの法律違反に当たる不正の背景に強く影響したのだろう。

前回の記事でも書いたが、現在の排ガス・燃費試験は、定められた環境下で、定められた走行モードで、その性能が測られる。

例えて言うと、「どのような問題が出題されるか予め分かっている」筆記試験を受けるようなものだ。この試験モードを攻略することは、高い技術をもった自動車メーカーにとっては得意科目であり、どういう質問が飛んで来るか分からない面接試験と比べると、その難易度も易しい。

しかし今回のVW不正問題でも明らかになったが、試験モードとリアルワールドの乖離は、ユーザーに不信感を与え、決して見逃せるような小さな問題ではない。

日本でも2018年からWLTPの採用が予定されているが、その攻略法に奮闘するのではなく、よりリアルワールドに近い試験モードのRDEを見据えて、本当の意味での排ガス対応・燃費対応を推進してくれることを期待する。

畑村耕一 | 株式会社畑村エンジン研究事務所 代表
東京工業大学修士課程修了後、東洋工業(現マツダ)に入社し、ユーノス800に搭載されたミラーサイクルエンジンの開発に携わる。2002年に畑村エンジン研究事務所を設立。著書に『博士のエンジン手帖』など。

《文:畑村 耕一》
《まとめ・編集:石原 正義》

<専門用語解説>
※1:LP-EGR:EGRはExhaust Gas Recirculationの略記で、排気ガスをきれいにし、燃費も向上させる「排気再循環」技術のことを指す。その中でも高圧EGR系統は「HP-EGR (High Pressure-EGR)」、低圧EGR系統は「LP-EGR (Low Pressure-EGR)」に分類することができる。
※2:MQB:Modulare Quer Baukasten (英:Modulare Transverse Matrix)の略記。直訳すると「モジュールキット」を意味する。自動車を構成する部品の集まりを「モジュール」と定義し、これをブロック単位で組み合わせて自動車を設計する手法のことを指す。
※3:EPA:Environmental Protection Agencyの略記。米国環境保護庁のことを指す。

《畑村 耕一》

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