ジュネーブモーターショー16でピニンファリーナが発表した『H2スピード』は、サーキット専用の燃料電池スーパーカーだ。210kWの燃料電池や2基で計503psを発するモーターなどの電気駆動システムは、スイスのベンチャー企業のグリーンGTテクノロジーズが開発したもの。すでに2年前から走行実験を行って性能を確認しているシステムだという。
そこで次なるステップとして、ピニンファリーナとグリーンGTが共同開発したのが今回のH2スピードである。最高速度は300km/h、0→100km/h加速は3.4秒。そしてもちろん走行中はゼロエミッションだ。
H2スピードはグリーンGTの技術力を披露するショーケースであると同時に、ピニンファリーナにとっては1969年のシグマ・グランプリで「安全なF1のデザインの在り方」を提言したように、「サステイナブルなサーキット専用車」という新コンセプトで彼らの創造性をアピールする機会になる。
しかし、H2スピードはたんなるショーカーではない。ピニンファリーナのデザインディレクター、ファビオ・フィリピーニによれば、「現時点でH2スピードを使ったレースの計画はないが、10人がこれを買ったらレースができる」とのこと。つまり少量生産を意図したクルマなのだ。
インドのマヒンドラ・グループの出資を受けることになったピニンファリーナだが、CEOのシルヴィオ・ピエトロ・アンゴーリはプレスカンファレンスのスピーチで、「今後もピニンファリーナの独立性と自律性は保たれる」と強調。東南汽車が昨年発表したSUVの『DX7』をデザインするなど中国でのデザインビジネスが好調であることを述べた上で、「もうひとつの事業の柱は少量生産車、我々の言葉で言えば『フオリセリエ』だ」と語った。
フオリセリエは「非量産」を意味するイタリア語。富豪の求めに応じてスペシャルなボディを一品製作したカロッツェリアの伝統を再興し、数台~10台程度の少量生産車を企画・デザイン・製作する。これがアンゴーリCEOの言うフオリセリエだ。
例えば13年のジュネーブショーでコンセプトカーとして発表したフェラーリ・セルジオはその後、6台限定で生産し、すでに幸福なオーナーの元に渡っている。「セルジオに続いて、別のフオリセリエを10台作り、それもすべて納車を終えた。どんなクルマかは秘密だけどね」とデザインディレクターのファビオ。次に期待しているのが、今回のH2レーサーというわけである。
自動車メーカーに対するデザインビジネスでは、中国だけでなく、「フェラーリも依然として重要なクライアントだ」とファビオは告げる。例えば14年の『カリフォルニアT』のエクステリアは、ピニンファリーナが手掛けた。
カリフォルニアTについてファビオは当時、「インテリアはフェラーリのデザイン部門が行うので、我々が関与するのはエクステリアだ」と語っていた。しかし今回あらためて聞いてみたところ、「いまやっているプロジェクトは、エクステリアとインテリアの両方に関わっている」との答え。「だからこのH2スピードでは、フェラーリに似ないように気を遣った」とファビオは微笑む。
倒産寸前の状態から5年間の再建計画を経て、マヒンドラ傘下で新たな時代を向けたピニンファリーナ。その未来の鍵を握るのがフオリセリエだ。まずはH2スピードが何人の顧客を獲得できるかが、ひとつの焦点になるだろう。