【ホンダ フィットHV 3700km試乗 後編】“一般道の旅”で見えた、設計のまじめさと凡庸な味付け…井元康一郎

試乗記 国産車
養老の滝の入り口にある養老保育園にて。なかなか素晴らしいネーミングである。
養老の滝の入り口にある養老保育園にて。なかなか素晴らしいネーミングである。 全 43 枚 拡大写真

今年の初夏、ホンダのBセグメントサブコンパクトモデル『フィットハイブリッド』で東京~鹿児島の往復を含め3700kmほどツーリングする機会があったのでリポートする。前編ではハードウェアのインプレッションを主体にお届けした。後編では実際のツーリングシーンと、そこにおける使い心地などについてレポートしてみる。

◆「一般道の旅」で見えてくるもの

ルートは往路が東京・葛飾を出発、山陰経由で九州に入り、阿蘇経由で鹿児島へ。復路は鹿児島から宮崎、大分の九州山地奥部を抜け、山陽経由で東京へ帰着するというもの。うち高速・有料道路は首都高速、東名高速の桑名東までと北九州都市高速、第2神名道路、阪神高速などで、比率は20%程度。

一般道の旅は面白い。旅といえば事前にいろいろ下調べをして、入念にスケジュールを立てるというやり方が主流だ。高速を使い、目的地までは単なる移動時間の消化という旅であればそれもいいだろうが、一般道ツーリングは特別に目的地や経由地の情報をかっちりと決めなくても、走っていれば道すがら、面白そうなものが勝手に目に飛び込んでくる。また、江戸時代の国境を越えると気候や風景、習俗が明瞭に変化するのを実感できる。

ドライブの途中、適当に寄り道し、それらを見物していれば、自動的に楽しい旅が生成されていく。バイクの世界ではそういう楽しみをよく心得ているツーリングマニアが少なくなく、一般道を使った長距離旅を楽しんでいるのだが、クルマでもバイクと同様、何となく北へ、あるいは南へ向かうといったアバウトな旅に出かければ、独特の楽しさを味わえることだろう。

もちろん目的地まで1000km超の旅となると、日程にもそれなりにゆとりが必要。東京から鹿児島まで漫遊しながら走ると2泊3日の行程になる。が、実際に走ってみると、その長い時間が全然デッドなものにならず、その都度面白いことがいっぱいで退屈しない。日程に余裕がなかったり、目的地での滞在時間を稼ぎたいときは、馬鹿高い通行料金と時間を浪費して高速道路で帰るような真似をするより、飛行機とレンタカーを併用したほうがよほどいいというものだ。

さて、フィットハイブリッドでのロングドライブだが、前編でも言及したように、クルマの走り心地を楽しむようなテイストの作り込みは甘いものの、長距離ドライブには思いのほか向いていた。サスペンションストロークをはじめシャシー設計がBセグメントとしてはかなり余裕のあるものとなっていること、またAピラーの死角が大きめなきらいはあるが、前方から側方にかけての視界のひらけ方がなかなか良く、無駄な視線移動が少ないことなどが、疲労の蓄積を最小限に抑えているように感じられた。こういう良さはショートドライブではあまり意識されないが、走行距離が重なるにつれてストレスの小ささとして顕著に体感される。

往路で最初に立ち寄った場所は、東名阪高速の桑名東インターを下り、一般道を走行中に目に止まった養老の滝。渓谷はしっとりと霧がかり、濡れた新緑が大変美しかった。が、観光客は自分一人。観光地としてはあきらかに衰退しており、旅荘や茶店、土産物屋の廃業も目立った。長命、若返りの水と名高い菊水泉の水を飲んだ後、開いていた店で養老サイダーを飲みつつ話を聞いたところ、紅葉の時期だけ大混雑し、その他は閑散としているのだという。ハイキングコースもあるなど散策地として絶好なのにと、ちょっともったいなく思われた。

養老の滝から15分ほど走ると、そこは古戦場・関ヶ原だ。鹿児島出身者としてはぜひ、鬼島津こと島津義弘の陣を拝まねばとの思いがある。その様子は10年以上前に訪れたときとは大違いで、JR関ヶ原駅をはじめ町の至る所に石田三成の大一大万大吉の紋と徳川家康の葵の紋をはじめ、大名の旗印がこれでもかとばかりに掲げられている。戦国マニアならそれだけでご飯が3杯いけてしまうことだろう。

その関ヶ原、石田三成の故郷近くとあって、地元は完全に西軍推しのムードだった。観光案内所には戦国大名のイラストポスターがあったが、三成、島左近、島津義弘など西軍の将の描かれ方が断然かっこいい。土産物屋に売られていた大名の旗印入りラスクも一番人気は三成の抹茶味。二番人気は島津義弘の黒糖味。徳川家康ラスクは人気圏外だったが、これは八丁味噌味という、食べれば美味しいかもしれないが先入観的にはかなりビミョーな味だからかもしれない。

陣巡りも、昔は場所を探しまわるのすら大変だったが、今は田んぼの畦道のようなところにも誰々の陣500mなどと、案内標識が実によく整備されていて、散策にうってつけの場所と化していた。最後の決戦の場に立つ碑、島津義弘の陣、隣接する小西行長の陣、島左近と三成の陣などを見物。三成の陣からは関ヶ原の様子が一望できる。こんな狭い盆地で天下分け目の大いくさが行われたのだな~と、感慨深いものがあった。

このように寄り道をしていると、旅がなかなか先に進まないのが一般道ツーリングである。断然距離を伸ばせるのは、道路がすいて平均車速が稼ぎやすく、観光施設も閉まる日没から深夜にかけての時間帯だ。筆者はロングツーリングするさい、その時間帯を利用してトイレ休憩も挟まず長時間連続運転し、疲労蓄積の度合いを試すようにしている。

今回、福井県の小浜から島根県東部の松江まで5時間半ほど連続運転してみたが、疲労感はベーシックカーとしては大変小さいものだった。フィットハイブリッドは走行フィールが安っぽかったため、それなりに疲れがたまると予想したのだが、その予想は大幅に良い方に裏切られた。一般道主体のロングツーリングにおける連続運転耐性は結構重要。追い越し禁止の片側1車線道路でたまたま登坂車線を利用して遅い貨物車を抜いても、その先で休憩しているうちに再び追い抜かれては元も子もない。距離を稼ぎたいときに休みなしでガッツリ稼げるのはとてもありがたく感じられる。

◆設計の真面目さと、凡庸な味付け

日が変わって、さらに国道9号線旧道や無料区間を含む高速道路からなる山陰道を進む。鳥取、島根の空や海の色合いは、瀬戸内や太平洋のそれとは異なり、陽光降り注ぐ晴天でも印象派の絵のように淡い。さながら坂口安吾がふるさとに寄する讃歌で描いた日本海の雰囲気だ。瀬戸内から中国山地を隔て、ほんの150kmほどなのに、こうも光が違うというのは興味深い。

出雲を過ぎると、しばらく山陰本線と国道9号線が並走する。海岸の断崖の上を架線のない非電化の単線が走る風景はとても感傷的だ。その先の五十猛という漁村に立ち寄ってみた。海が綺麗で、何と天然ブリが港の中まで回遊してきていた。車道もあるが、集落の裏道は人や自転車しか通れないほどの道幅で、昔ながらのひっそりとした空気感が残っていた。

益田で国道9号線に別れを告げ、海沿いに山口県に入って10分ほど走ると、須佐という町に着く。日本の古代神話において、ヤマタノオロチを退治したとされる神、スサノオノミコトゆかりの地だ。そこにそびえる高山という山は、弘法大師空海が唐への留学から帰国してすぐに修行をした山らしい。山の奥深くに宝泉寺という曹洞宗の寺があったが、そこも空海ゆかりの地とのことで、波切不動尊の古仏が立っていた。

この高山は、山としては小さいのだが、急勾配が連続するワインディングロードが続き、道幅は狭く、場所によってはフラットグラベルではあるが未舗装路も。そういう道ではフィットの設計の真面目さが際立った。最近のクルマはカタログ上の最低地上高は確保されていても、床下の気流を整えるためのパーツなど車検に関係ない部品が備えられているため、うねりのきつい山道の走破性は低下傾向にある。

もちろんそれらの部品はレジンのように柔軟性を持っており、少々擦っても大丈夫なのだが、フィットはフロントオーバーハングが短く作られているうえ、整流板も極端に下げられていないなど、使い勝手の良さに相当配慮した設計がなされており、そもそも走ること自体どうかというような悪路でもないかぎり、それらの部品への気遣いもほとんど不要。道を選ばないというのは、クルマへの信頼感が増すポイントだ。

九州内では往路は阿蘇、八代を経由。帰路はえびの高原から九州山地東側を縦貫する国道265号線を通って高千穂、九重に抜けるルートを取った。「じょじょんよかとこ来っみやん」という鹿児島弁に似た西諸県弁をフランス人に喋らせて幻惑させる面白いCMを作ったことで有名になった宮崎県小林市から平家落人伝説の残る椎葉村までのとくに険しい区間をはじめ、気の抜けないワインディングロードが200kmほども続く。西南戦争末期、敗北が決定的となった薩摩軍の西郷隆盛が敗残兵とともに政府軍の包囲を破り、故郷鹿児島で死ぬためだけに踏破した道も含まれている。

国と宮崎県が膨大な工事費をかけ、水利ダムとして建設しながら一度も取水されないまま事実上放棄された田代八重ダムや、いかにもヤマメが釣れそうなエメラルドグリーンの清流、大森林などを眺めながら、その狭く、路面の荒れたワインディングロードを走るドライブは、緊張と楽しさが併存する。湧水によるウェット部分が多く、さらに路面のあちこちが落ち葉で覆われているというコンディションはクルマにとっては基本性能の高さが求められるという点で非常に厳しいのだが、フィットのシャシーはそこでもとても良い仕事をし、良いペースで通過することができた。

また、その険路を含む鹿児島~下関において実測燃費が20km/リットルを大きく超えたのも特筆に値する。峠を登り切った地点で最も燃費計値が落ちた時も17km/リットルを少し下回る程度。中高負荷でも燃費がそれほど悪化しないのは、パラレルハイブリッドシステム「i-DCD」の美点と言える。

このように、ハードウェア設計についてはいろいろな良さを持っているのだが、ロール角の変化を体感しながらクルマをコントロールできるような味付けという点では凡庸もいいところだったため、クルマを操る爽快感はなかった。シャシーチューニングが決まっているクルマだと、別に意識しなくてもワインディングをどう走ればいいかというライン取りが自然と見えてくる。ブラインドコーナーでは制限速度内であっても無理しないといった節度をわきまえた範囲であれば、考えなくても安全に速く走れるのだ。

同じサブコンパクトクラスのライバルを見渡すと、この味付けは欧州勢が断然得意としており、今年限りで日本市場から撤退することが決まっているフォード『フィエスタ』はその頂点。日本車で素晴らしい味を持っているのはスズキ『スイフト』だ。フィットハイブリッドもシャシーのポテンシャルの高さを考えれば、そのくらいの味付けになっても不思議ではないのだが、現実はそれとはほど遠い。ちなみに同じプラットフォームを使うコンパクトセダン『グレイス』の上位グレードは、見た目は新興国モデル特有の鈍臭いフォルムだが、走り味については素晴らしいものを持っていた。フィットだって本気になればコストを上げずともそのくらいのものにはできるはず。同じ道を走るなら気持よく、楽しいほうがいいに決まっている。ホンダがブランドロイヤリティを上げたいのであれば、設計で満足していないで、味付けにもっとこだわるべきだ。

◆移動の自由を味わうための道具として楽しむ

3000km超の長距離ドライブをしていると、もしこれが自分のクルマだったらどうかという生活イメージがおぼろげにわいてくる。その感覚に照らせば、フィットハイブリッドはクルマに変な幻想は求めていないが、それを使ったアクティブなドライブライフ、レジャーライフは求めているというタイプのユーザーにはぴったりだと感じられた。休暇に気の向くままにドライブするのには最適だし、居住性、積載性も良い。前述のように、味付けがグレイスくらいのレベルになれば文句なしだ。10年間、散々使い倒し、最後は傷だらけになって引き取られていくとしても、道具としての愛着はわくだろうし、カーライフから得られる満足も相当大きいものになるだろう。

半面、90年代に経営危機でプロジェクト中止になった欧州戦略コンパクトカーのデザインを再利用して作られた初代フィットのような可愛いスタイリングは失われてしまったことから、ベーシックカーなりのファッション性を求める顧客を惹きつけるようなパワーはなさそうだった。時々洗車をしてピカピカにして乗りたい層は、たとえ安物であっても、センスが光るワンポイントを内外装に求めたりするものだ。現行フィットハイブリッドは内外装ともデザイン上の工夫が山のように盛り込まれているのだが、センスの裏付けが乏しいためにそれらが輝きではなく暑苦しさになってしまっている。全体はもっとシンプルでいいのだ。

こう考えると、ホンダは新興国から先進国までを1モデルでカバーするフィットに加え、先進国をメインターゲットにしたサブコンパクトをもう1モデル作ってみるのも悪くないのではないかと思う。ネタはある。軽自動車『N ONE』が登場した時、筆者はエクステリア、インテリアのデザイン原画を目にする機会があったが、艶めかしく丸みを帯びたフェンダー、踏ん張り感抜群のワイドアンドローフォルム、シンプルイズザベストの基本造形と色使いだけで勝負するインテリアなど、素晴らしいコンセプトだった。あれを軽自動車枠に押し込めたから良さがスポイルされてしまっただけであって、本来は先進国向けの高付加価値コンパクトにピッタリのデザインだった。

ホンダは世界販売の調子は悪くないし、いいクルマを作ろうと思えば作れる実力もある。が、高付加価値モデルについては失敗を重ねてきたことから苦手意識が強く、その方面についてはイソップ物語の酸っぱいブドウのごとく目をそむけている。しかし、ベースコストの高い先進国のメーカーが安物ビジネスに偏ってしまっていては、後発メーカーの技術力が上がるにつれて必ず苦しくなる。そうならないためのチャレンジを今から始めなければ手遅れになる。

そんなホンダの事情とは別に、ロングドライブをしていると、クルマで旅をするという娯楽が衰退の一途を辿っていることも如実に感じさせられた。交通量はごく少なく、このドライブは実はゴールデンウィークに行ったのだが、少なくとも筆者が訪れた場所は人っ子一人いないか、いても数人という有り様。定番観光地やネットで話題になった場所には人が殺到するが、それ以外はガラガラなのだ。

クルマを生活の道具としてだけでなく、移動の自由を味わうための道具として楽しむという機運が失われていけば、おそらく日本市場は今以上に縮小する。「あの頃は年間500万台も売れていたんだね」と遠い目で語られる日も遠からず来るかもしれない。自動車メーカー関係者はクルマの楽しさというとすぐにスポーツカーだの何だのという話を雄弁に語るが、当の彼らもほとんどはそんなクルマを買っていないのだ。自動車業界はユーザーがクルマを買ってくれないとすぐに不平を言うが、自分たちもロクに買わないものにユーザーが積極的に興味を示すわけがない。本気で需要喚起を考えているのであれば、クルマで自由きままに移動することの解放感を若年層に体験してもらうにはどうしたらいいか、懸命に知恵を絞るべきであろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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