【トヨタ パッソ 450km試乗】ベーシックカーとしての使命を考えさせられる…井元康一郎

試乗記 国産車
トヨタ パッソ X Gパッケージ
トヨタ パッソ X Gパッケージ 全 14 枚 拡大写真

トヨタ自動車のベーシックカー『パッソ』を450kmほど走らせる機会があったのでリポートする。

パッソは100%子会社となったダイハツ工業からOEM供給される、トヨタの登録車(普通車)のボトムエンドモデル。全長3650×全幅1665×全高1525mmというディメンジョンは、欧州Aセグメントのミニカークラスに相当するもの。旧型にあった1.3リットルエンジンが落とされて1リットルのみとなった一方、内外装デザインについては標準車型の「X」と可愛くしつらえた「MODA」の2系統にするなど、商品特性は従来よりエモーション側に振られた。

試乗車はXのトップグレード「Gパッケージ」にカーナビを追加装備したもの。試乗ルートは東京・葛飾と伊豆高原を一般道主体で往復、および都心と横浜の都市内ドライブでトータルの走行距離は450km、うち燃費計測区間は415.4km。コンディションはドライおよびセミウェット、1名乗車、エアコンAUTO。

まず総論から。パッソの最大の特徴は抜群の燃費の良さで、車両重量とエンジン排気量の相関はベーシックカーとしてベストバランスに近いと感じられた。車体が軽量であるため、敏捷性も悪くない。運転席に着座したときにボンネットがよく見えるため、取り回し性も優れていた。一方で乗り心地、静粛性、ステアフィールといった官能性については、ダイハツ製のものを含む現行のあらゆる軽乗用車に負けているのではないかというほどに悪かった。

◆トップランナーの燃費性能

では、項目ごとに特徴を述べる。パワートレインは排気量1リットルの3気筒DOHC+CVT(無段変速機)で、エンジンスペックは最高出力69ps/6000rpm、最大トルク92Nm(9.4kgm)。数値的には見るべきところのない性能だが、車重が910kgと軽いため十分活発に走る。スロットル操作に対する応答性のチューニングはわりと適当だが、軽量級であるためそれはあまりネガにならず、加減速や登り坂での柔軟性も許容範囲内にあった。

素晴らしかったのは燃費性能である。今回のドライブは混雑した市街地走行が約7割を占めていたため燃費的には結構厳しい条件だったが、すり切り満タン法で測った実燃費は22.6km/リットル。試乗車の平均燃費計は2年前に乗ったスズキ『ハスラー』と並んで結構辛かったため、給油するまでは燃費値はそれほど高くないと思っていたのだが、実燃費が燃費計値を大きく上回った。

ステージ別に見ると、葛飾を出発して伊豆高原で折り返し、茅ヶ崎までエコランをまったく意識せずにかなり活発に走った233.8km区間が20.3km/リットル。その後、出発地の葛飾までエコドライブを心がけた108.5km区間が27.1km/リットル。翌日、葛飾~横浜~品川の渋滞を含む一般道73.1km区間が22.5km/リットルだった。

パッソのエンジンは理想的な運転状態における熱効率が37%ときわめて優れていた旧型パッソ用のミラーサイクルエンジンをさらに改良したもので、熱効率はさらに向上しているのだという。実際のドライブで簡単に良好な燃費値を得られたことから、単に熱効率のピーク値が高いだけでなく、効率の良い運転範囲がかなり広いのではないかと思われた。

ちなみにエコドライブをしたときの27.1km/リットルという燃費値は、軽自動車を含めてもトップランナーと言えるレベルで、少し重めの軽を蹴散らすほどのものだった。これはエンジンや変速機の高効率ぶりもさることながら、900kg台の車重に1リットルエンジンという取り合わせがベーシックカーとしてウェルバランスであることも大きく寄与したのであろう。軽自動車もオンロード燃費を考慮するなら、そろそろ排気量0.8リットル程度に引き上げるべきだとあらためて思った次第。いっそ、Aセグメントは軽自動車と見なすという税制改正があってもいいくらいだ。

居住感、ユーティリティも良い。全幅が軽自動車より19センチも広いため横方向のゆとりが大きいのは当然だが、ボディ形状がスクエアであることから頭上空間の圧迫感も少ない。前左右席にセンターコンソールがなく、助手席側ドアからウォークスルーで出られるのも便利そうだった。

後席も十分に広く、4名乗車は余裕だ。先進国市場向けモデルではAセグメントは完全に前席優先で設計されることが多いが、パッソは軽自動車と同様、前席をできるだけ前方向に寄せて配置するレイアウトとなっており、そのぶん後席のゆとりは大きい。経済面では先進国だが、小さなクルマを大きく使うという途上国的な志向の強い日本市場の特殊性にはぴったりハマっていると言える。シートの作りは簡素なものだが、ドライビングポジションを調整するためのシートリフターがちゃんと装備され、調整幅も大きめに取られているのは良心的だ。

◆クルマの味付けに難あり

素晴らしいエコ性能、良好なユーティリティに対して、いただけないのは乗り心地の悪さをはじめ、クルマの味付け全般だった。果たしてパッソの快適性は現代のクルマとしては異例とも言える悪さで、商用ライトバンにも劣るレベルにとどまっていた。路盤が老朽化している西湘バイパス下り線のクルーズでは、高架道路の床板の継ぎ目を踏むたびに“ドタン!!バタン!!”という騒音が室内に響き、きつい突き上げを食らうという有様。また、市街路のアンジュレーション(路面のうねり)や舗装の補修跡を通過するときもサスペンションで入力をうまくいなすことができず、始終ブルつく乗り心地だった。路面の荒れがきつい場所ではピッチング(前後方向の揺れ)もかなり大きなものになった。

ハンドリングもベーシックカーであることを勘案しても良くない。タイヤは165/65R14とプアだが、クルマが軽いため、崖上の街道から漁村に向かって下りていく曲がりくねった路のようなところでの敏捷性そのものは結構良い。が、このクルマは今、能力のどのくらいを使って走っているのか、路面はどんな状況なのかといったインフォメーションがまるで伝わってこない。

ベーシックカーの走る能力はもともと限定的なものなのだが、それでもそれを有効に使って走らせることができればクルマを転がすという行為自体を楽しめるものだ。パッソはそういうプリミティブな楽しさも薄かった。同じダイハツ製でも『タント』や『ムーヴ』など、軽自動車のほうがはるかに楽しいものに仕上がっている。普通車で言えば、昭和末期から平成初期にかけて販売されていた3代目『シャレード』のほうが、広さと燃費を除けばよほど素敵なフィールだ。

元来、筆者は大げさなクルマよりは安いクルマを気軽に転がしていくのが好きなほうで、軽自動車でも楽しくロングドライブをする。このパッソでも伊豆南端の石廊崎、西伊豆をぐるっと巡ってから取材場所に行こうと考えて朝の早い時間には伊豆高原に着いていたのだが、これ以上運転しても印象は変わりそうに思えず、ガソリン代がもったいないだけだと思って漫画喫茶に入り、たまっていた原稿を書き始める始末だった。

◆ベーシックカーの使命とは

まとめに入る。パッソは軽自動車と同等ないしそれ以上に高い経済性を有しながら5名乗車のキャパシティを持っているという点はきわめてポジティブに評価できるクルマだった。が、クルマでドライブすることの楽しさをエントリーユーザーに感じさせ、クルマの将来需要を活性化させるというベーシックカーの使命を満たせているかどうかという点では最低の出来だった。

社長の豊田章男氏は09年に就任して以降、一貫して“もっといいクルマをつくろうよ”というスローガンを掲げ続けている。もちろん何をもっていいクルマとするかは人それぞれだ。価格が安く、燃費が良くてそこそこのユーティリティがあれば、後は何も求めないという顧客にとっては、このパッソだっていいクルマだろう。

が、章男氏の言ういいクルマの意味合いは、それとは明らかに異なる。クルマに乗る人に「クルマでどこかへ行くのって楽しいな」と思わせるような味を、クラスを問わず、すべてのモデルに持たせることを目指しているのだ。パッソに試乗する直前、たまたま同じトヨタのミニバン『シエンタ』で北関東方面を周遊していたのだが、そのシエンタはアンダーパワーではあるものの、田舎道や山岳路を走った時に「お、これはちょっといいな」と感心させられるような味付けがしっかりとなされていた。同じトヨタブランドでこのギャップはいただけない。ましてやカーライフの世界のゲートウェイたるベーシックカーで顧客に「クルマなんてこんなものだ」と思わせてしまうのは罪深いとすらいえる。

パッソがこういうクルマになったのは、あながち開発を担当したダイハツのせいとばかりも言い切れない。ダイハツはこれより楽しいクルマを過去、いくらでも作ってきたのだ。おそらくトヨタはダイハツに対し、ベース価格110万円強からという低価格でもそれなりに利益が出るよう、低コストの限界を極めろと指示したのだろう。いいクルマを作りたくても、ない袖は振れないという領域に足を突っ込んでしまっては、開発陣はお手上げだ。また、トヨタ側もこの味でOKを出したのは厳然たる事実だ。

そんなパッソのセールスは好調で、登場翌月の5月以降、同じトヨタのBセグメントコンパクト『ヴィッツ』を組み敷いて、販売上位の常連となっている。ビジネスは売れたもの勝ちなのだが、これは潜在的なクルマ嫌いを増やすようなもの。章男氏の言う“もっといいクルマ”が単なるマーケットインの言い換えでないことを立証するためにも、トヨタとダイハツは少なくとも普通車は軽より走り味がいいのだなと顧客に感じてもらえる水準をクリアするよう、パッソの足回りの仕様を出来るだけ早く、全面的に見直すべきだ。

低価格で新車を買う選択肢としてパッソを考えている場合、ベーシックカーらしく安いグレードを選ぶのが良いだろう。試乗車に付いていたLEDヘッドランプやアルミホイール、オートエアコンなどはもとより不要。ベースグレードはシートリフターが省かれているのが痛いが、街中を短距離・短時間動き回るだけならドライビングポジションが合わなくても我慢できるだろう。座高が合わないなら衝突時のサブマリン現象の懸念はあるが、座布団を敷けばいい。衝突回避支援システムつきの「X Sパッケージ」で121万5000円。これがベストバイであろう。コロッとした可愛いスタイリングが売りの「MODA」も、149万5000円のSパッケージで十分だ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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