四輪のショックアブソーバやパワーステアリング、二輪のフロントフォークなどをはじめ、建設機械用油圧製品、新幹線のセミアクティブサスペンションシステム、航空機の操舵装置、コンクリートミキサ車と、油圧技術をコア事業とする KYB。
そのKYBが東京モーターショー2017に出展し、プレスデーに元F1ドライバーの片山右京氏とモータージャーナリストの河口まなぶ氏によるトークセッションを展開。メディアや関係者で満席となったステージで、「モータースポーツと先端技術開発を通したイノベーション」といったテーマで語り合った。
ステージには、KYB オートモーティブコンポーネンツ事業本部 技術統轄部 製品企画開発部 桝本一憲部長も同席。冒頭、片山右京氏とKYBとの接点について話し始めた。
片山右京氏(以下敬称略):KYBとは90年代の終わり頃から繋がりがありますが、当時から、モータースポーツや車両開発の現場でモニターさせてもらったりしていました。
桝本一憲部長(以下敬称略):2006年あたりから右京さんのチームができて、右京さんたちがバイオディーゼルを導入する頃で、我々も「水ダンパー」や、砂漠などでオイルが漏れても良いように、環境にやさしい生分解性のオイルなどを開発していました。
◆片山右京、KYBに潜む「神の手」と出会う
KYBは、片山右京率いる「TeamUKYO」を支え、モータースポーツの現場で、極限状態でのプロダクト開発で実績を重ねてきた。TeamUKYOの「ランドクルーザー100改」によるダカールラリーや、アジアクロスカントリーラリーなどにKYBがプロダクト・技術の両面から参画した。
河口まなぶ氏(以下敬称略):モータースポーツの世界でも、環境に負荷をかけないものをつくっていこうという姿勢が当時からあったと。
片山:F1やルマン24時間耐久レースなど、レースで求められるものって、すべて違う。製品としてリライアビリティ(信頼性)を確かめるべく、とんでもない使い方をします。ラリーでも1mある段差を180km/hで入ったり、ランドクルーザーすべての水が抜けて戻ってきたり、激しい走り方を1日中やってたりする。
また、2006年のアジアクロスカントリーラリーから、チーム右京のラリー活動へスポンサーとしても展開。世界初となる100%バイオディーゼル燃料(てんぷら油)での参戦で完走し、総合14位という結果を残した。
片山:レースの世界とは別に、社会から求められるものもありますよね。生産から廃棄まで、環境に負荷をかけないものをとか、コンプライアンスに遵守したものとか。
河口:なるほど。
片山:桝本さんは当時から、神の手、ゴッドハンドって言われて、横に乗ってもらってテストコースを3周しただけで「左リアのリバウンド硬め」とか、そのショックアブソーバの収束を見極めてくれる。ぼくたちが何時間もかけてやることを、数周でやってのけてしまうんです。
桝本:モータースポーツの現場はその場でジャッジしなければいけないので、現場での積み重ねと知見で見ていくなかで、そういうケースがあったと記憶しています(笑)。
河口:そうした厳しいシーンでの積み重ねが製品の良さにつながっていくと。
片山:いま話したような厳しい領域で負荷をかけるっていうのは、モータースポーツという現場でしかない。その試練を乗り越えた製品が市販車に採用されて、また新しい革新的な製品につながっていきます。電動パワーステアリングが当たり前、ステアバイワイヤやアクセルバイワイヤなどへと広がっていくようにね。
◆レクサスLCに選ばれたKYBのテクノロジー
KYBの2016年度活動ハイライトのひとつに、レクサス『LC』への同社の比例ソレノイド減衰力調整バルブ式ショックアブソーバ導入がある。
片山:LCって、ノーマルの状態で乗ってみてもすごくいい。日本のものづくりのステージが一段上がっちゃったなと。これにさらに優れたショックアブソーバを追求するのは、ハードルが高いんです。コストもかかる。でも、車両安定制御システム(VSC)から車両運動制御技術(VDIM)など、KYBは車体の各制御要求に合せてショックアブソーバで出来る可能性を求めて製品開発してきたんだなと。
レクサスLCに搭載されているKYB製ショックアブソーバは、メインの減衰力調整機構部に比例ソレノイド弁を新規採用し、車両側ECUからの電気信号により、減衰力を変化させられるのが最大の特徴だ。
片山:クルマはこれから、AIを積んでライドシェア型や完全無人化を達成するかもしれないけど、最後には人間の感性の部分が残ります。「AIが恋愛するの?」というのと同じで、ドライビングプレジャーやデザイン、達成感というような領域に、言葉にできないような部分がまだまだある。
また、レクサスLC搭載のKYB製ショックアブソーバは、従来の減衰力調整式ショックアブソーバと比較し、減衰力を変化させる応答性を大幅に向上。ソフトモードからハードモードまで連続的にかつ滑らかに減衰力特性を制御できるようにした。この点について片山氏は、「幅」をキーワードにこう言及した。
片山:たとえば、従来のモトクロス用のサスペンションは、機械で5段階、スイッチでも数段階しか変えられない。でも、このLCにつくショックアブソーバは、振り幅が0から200とかまであって、細かく1%ずつ変えられるんです。KYBは、表には出てこないけど、BtoBで培ってきた技術、日本のクルマのほぼすべてを経験してきた実績で、その“幅”を広げてきたんですね。
片山氏は、業界最大の減衰力可変幅を達成した、このKYB製比例ソレノイド減衰力調整バルブ式ショックアブソーバを体感し、ショックアブソーバの近未来像についてこう語っていた。
片山:いまのクルマのショックアブソーバは、自分の好みに味付けできる。でもこれからは、年齢とか身体の状態とか、病気のこどもを乗せてる、高齢の親を乗せてる…いろいろな条件でこのショックアブソーバの“幅”が必要なんだと。優しさとか不快さという感性の部分は、機械だけでは立ち入れない部分もある。
河口:なるほど。
片山:路面にも不確定要素が想像以上にありますよね。枯れ葉があったり、オイルが飛散してたり、コーナーのアングルやハンドルの舵角、さまざまなことが影響するなかで、たった3段階では対応できない。「幅が要るんだ」と。そのときKYBのサスペンションストロークは、まるで8cmほど増えたと感じるぐらいの“幅”がある。そう思いました。
◆クルマづくり目線でシステムエンジニアを育成
片山右京氏とともにモータースポーツや製品開発をすすめてきたKYB。2011年には、自動車・二輪車用機器の専用テストコース「開発実験センター」を岐阜県に開設。サスペンション&ステアリング評価に特化した試験路をつくり、開発技術向上を加速させる。
河口:このテストコースは、世界でも珍しい特徴を持っているんですよね。
桝本:500mほどの直線路に世界各国・各メーカーが設定する路面を、20種類以上、整備しています。ここはわれわれがこだわった技術で、再現テストがスピーディーにできる、シミュレーションも幅広くできるという点で有利です。
河口:このテストコースを試したとき感じたのは、KYBには若い技術者が多いなと。クルマ好きな技術者が多い会社だなと思いました。
片山:リクルーティングという観点じゃなくて、「伝えていく」という作業とか、発想とか未来を想像することって大事。いまはモータースポーツ分野の極限状態での開発などもすすめているけど、これが完全自動化へ向けた技術向上に直面したときに、若い技術者たちにはその責任がありますよね。
桝本:今年、KYBではモータースポーツ部が設置されました。極限の世界での、母機(自動車本体)目線の学びや、クルマづくりという観点でも取り組めるような、システムエンジニア人財を育成していきたいと。
片山:モータースポーツは今後より一層、未来のため、環境はもちろん、モビリティとして人間を守る部分や、目に見えないストレスを低減していくことなど、そういった役割も担うと思います。いま事故などで問題になってる事例も含めて。
桝本:われわれは、ショックアブソーバなどの油圧技術と、ECUをはじめとする制御技術を追求していくことで、いままで以上に人間に近い応答性を達成できると信じています。
河口:システムを統合制御してセットで提案できるブランドになっていくと。では、KYBのパワーステアリングやサスペンションの協調制御ができて、右京さんが言うようにいろいろな“幅”でクルマを動かせるようになると、僕がサーキットで右京さんに勝てるときもやってくる?
桝本:動きは真似することができると思います(笑)。
片山:地球上で行きている限り、物理的な現象として「何かが起こること」は常にあるわけで。そんな突発的な想定外の動きのときにも、協調制御などで何事もなく走れるようにする。そこはKYBの責任だとも思う。クルマ社会の未来を作っていくためにも、もっともっと、がんばってもらいたいですね。