KYBテクノロジーが生きるチェアスキー…開発者インタビュー

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KYBモーターサイクルサスペンション 技術部の石原亘氏
KYBモーターサイクルサスペンション 技術部の石原亘氏 全 13 枚 拡大写真

障がい者ウィンタースポーツのなかで、飛び抜けて速いスピードで争われるのがチェアスキーである。特にダウンヒル競技において時速は100km/hをはるかに超え、選手の体感スピードは視線が低いためその倍に感じられるほどだ。

この競技で勝敗を分けるのは、スキーヤーの秀でたテクニックだけではない。速い滑りを実現するためには、機材であるチェアスキーにも最高の性能が求められる。

チェアスキーを構成する部品の中でも、雪面から伝わる衝撃や振動を速やかに吸収し、軽減するのがショックアブソーバの役割だ。その動きとメカニズムは人間の膝とよく似ている。優れたショックアブソーバがなければ、チェアスキーで上位に食い込むことは難しい。スキー板に伝わる力や滑るリズムは、ショックアブソーバの減衰力とスプリングで大きく変わってしまうのである。それほど重要な役割を果たしているパーツなのだ。

◆苦難の時期乗り越え、開発に注力

この難問に挑んでいるのが、自動車やモーターサイクル用サスペンションの分野で高い技術力を誇るKYBである。KYBがチェアスキー用ショックアブソーバの開発に乗り出したのは1990年代初頭だった。チームと連携した形で開発を行ったのが最初のステージだ。KYBの製品開発は順調に進み、日本障害者スキー連盟やチェアスキーのトップアスリートとの絆もできた。

現在は日本障害者スキー連盟アルペンチームのオフィシャルスポンサー、オフィシャルサプライヤーとなり、アルペンスキーチームや選手を支援、応援している。また、KYBモーターサイクルサスペンションの技術チームが、チェアスキー用ショックアブソーバの技術開発、技術サポートも行っている。

だが、すべてが順風満帆だったわけではない。KYB製のショックアブソーバを使ってもらえなかった苦難の時期もあったのである。そのときの苦悩を、当時の開発メンバーのひとりで、今はKYB 経営企画本部 モータースポーツ部長の小倉秀昭氏に聞いた。

「1998年以降あらゆる国際大会でKYB製のショックアブソーバを使っていたただいたのですが、2014年、日本チームのアスリートたちが選んだのは他社の製品でした。ビックリしました。実際に比較してみると、KYB製のショックアブソーバのほうが少し重く、性能的にも差をつけられていました。具体的には雪面への追従性、そして乗り心地の面でも負けていました。

そこでソチの後、KYBモーターサイクルサスペンションの技術部の技術者に営業担当などを加え開発チームを結成、また国際大会で使用していただけるように再挑戦を開始しました。また、2015年夏には前年のソチで開催された国際大会の回転競技で金メダル、滑降ダウンヒルで銅メダルを獲得した鈴木猛史さんをKYBに迎えました。彼には広報活動の一角を担ってもらい、チェアスキーの認知度アップにも力を注いでもらっています。また、ショックアブソーバ開発のためのテストやアドバイスにも関わってもらっています」。

と、2014年から新体制で挑み、日本障害者スキー連盟アルペンチームのオフィシャルスポンサー、オフィシャルサプライヤーとなった経緯を語ってくれた。

◆モーターサイクル用ショックを活用

チェアスキーに使われるのは、複数のオリフィス(小穴)を備え、スプリングの伸び縮みによる抵抗力(減衰力)を雪面によって段階的に切り替えられる減衰力可変式ショックアブソーバだ。構造はモーターサイクル用のショックアブソーバに似ている。チェアスキー用のショックアブソーバを開発しているKYBモーターサイクルサスペンション 技術部の石原亘氏は、

「ショックアブソーバの基本構造は、モーターサイクル用のものと同じです。しかし、実際に作業を進めていくと、ショックアブソーバの取り付けられるスペースは非常に限定されていました。チェアスキーのフレームは、滑降中フレームのリンク機構が激しくスイングするので、干渉しないように収めるのに苦労しました。また、減衰力を調整する調整ダイヤルの向きを決めるのも実際に現場で確認しながら進めました。

2014年に製作した最初の製品は、日本人初の金メダリストとなった大日方邦子さんに乗ってもらい、従来品からの大きく改善の手応えを感じたところで鈴木猛史さんと森井大輝さんに乗っていただきました。そこで、いきなりお二人からはこれを世界選手権で使いたい、と言われました。ただその試作品はまだ未完成でチェアスキーに取り付けて実際に滑るとフレームと干渉することがわかりました。仕方なく、関係者の了承を得てフレームの干渉する部分を削ってショックアブソーバを装着し、世界選手権で使用してもらいました。フレームを削ったので世界選手権本番で不具合が出ないかドキドキでした」

と、開発がスタートした当時のエピソードを明かした。

KYBは20年以上もチェアスキーのサスペンション開発に携わっていたが、2018年の国際大会に向けたショックアブソーバの開発が始まったのは2014年からになる。石原氏は、モータースポーツが好きだということで、チェアスキーの開発プロジェクトチームの主要メンバーに選ばれた。スノーモービル、4輪バギーのサスペンション設計を行い、寒冷地での経験が豊富だったことも、石原氏を押す人が多かった理由のひとつだ。どちらのショックアブソーバも極寒の地でスムースに動くことを求められる。

◆力作の第3世代モデルでいざ平昌へ

チェアスキーの構造や特性を知るところからスタートし、最新のモデルは第3世代だ。これは鈴木猛史選手を始めとする日本のトップアスリートと一緒になって開発と熟成を進めてきた力作である。部品ひとつひとつの無駄を省き、徹底的に軽量化した。また、減衰力の調整幅が広いことも自慢のひとつだ。天候や滑走時間によって微妙に変化するコースコンディションに対応しつつ、選手が求める速い走りを実現している。

「スノーモービル用のショックアブソーバは、マイナス30度でも安定した性能を発揮できるように設計し、作動油も特殊なものを使用しています。この技術とノウハウを、チェアスキーのショックアブソーバ開発に活かしました。

チェアスキーに取り付けるショックアブソーバは、モーターサイクル用のものと似ています。ただし、スペースの関係でサイズが違うんです。モトクロス用やスノーモービル用のショックアブソーバは大きすぎて入りません。そこで当初は小型のものを設計しました。2代目ではさらにコンパクト化、軽量化を行っています。最終的に実戦投入する第3世代では、シリンダーサイズ(内径)を上げました。従来品では軽さを重視していましたが、選手と一緒になって開発を進める中で、より安定性を求めるコメントがあり、重量面では多少不利でも雪面の凸凹に対する応答性を向上させて安定性を重視したものを試したところ、選手から高評価を得ることが出来たので実戦投入を決めました」

と、石原氏はショックアブソーバの特徴を述べた。

◆乗り心地が良ければいいというわけではない

小倉氏は、今は選手の滑りの理想を聞いてショックアブソーバをチューニングしているので、それによって選手の滑り方のスタイルまで変わってきたように見えると語っている。

「以前は、KYBのショックアブソーバは動きがが『渋い』と言われていたのです。2014年以降は、しなやか系になりました。今は減衰力を高めて安定性を重視する方向でセッティングしています。選手からは、ショックアブソーバを硬くすることで、板を雪面に押し付けてコーナリングしたい、と言われるんです。ただ減衰力を高くして硬いと感じるものでは選手の求めるものにはならないので、“硬く=しっかりした感じ”を持たせつつ、細かい凸凹にはしっかり応答する方向でチューニングしています」。

面白いのは、乗り心地がいいショックアブソーバは、タイム向上につながらないことがあるというデータである。あまり乗り心地を重視すると無駄な動きが発生しスキーが前に進まない、そこで無駄な動きを排除するように硬めのセッティングを施したほうがタイム短縮につながる。その筆頭が鈴木猛史選手だ。フィジカルの強い鈴木選手は、無駄な動きを排除したアブソーバを選んで体の負荷が増えても耐えることで速い滑りを実現している。

チェアスキー専用のショックアブソーバは、減衰力を4つの速度域を独立させ、それぞれ40段階以上調整できる調整ダイヤルを備えたガス加圧式ショックアブソーバだ。特徴的なアジャスターは、モトクロス競技用のものをベースとしている。

「チェアスキーのショックアブソーバは、モトクロス競技用と通じるものがたくさんあります。バルブは2輪車用で、減衰力を調整する調整ダイヤルはモトクロス競技用のものです。セッティングの考え方も非常に似ています。

あるとき、鈴木さんから『KYBらしさを出してください』と言われました。KYBらしさといえばモトクロス競技かな、と思い、モトクロス競技用ショックアブソーバのチューニング手法でセッティングしてみたら、タイムがぐんぐん上がってきたんです。選手の滑り方も変わり、『行ける』という確信に変わりましたね。

チェアスキー用ショックアブソーバに使われている技術とノウハウは、他の分野にも応用できると考えています。チェアスキー用ショクアブソーバとしてかなりレベルは上がってきましたが、世界のトップアスリートの求めるものに上限はありません。さらに高みを目指し、世界からNo.1と認められるショックアブソーバになるように頑張ります」。

石原氏はそう抱負を述べた。今後もチェアスキー競技でセンターポールに日の丸を揚げ、メイド・イン・ジャパンの底力を世界に見せてほしい。

KYBのホームページはこちら

《片岡英明》

片岡英明

片岡英明│モータージャーナリスト 自動車専門誌の編集者を経てフリーのモータージャーナリストに。新車からクラシックカーまで、年代、ジャンルを問わず幅広く執筆を手掛け、EVや燃料電池自動車など、次世代の乗り物に関する造詣も深い。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。

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