【藤井真治のフォーカス・オン】「国民車構想」は再現されるのか? 92歳マハティール首相の夢

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写真はプロトン「サガ」の初期モデル
写真はプロトン「サガ」の初期モデル 全 3 枚 拡大写真

◆マハティール首相のかつての夢は実現したか?

92歳で大統領再選を果たしたマレーシアのマハティール首相。前回は1981年から2003年まで22年間大統領を続けた。その間「ルック・イースト」をスローガンとする欧米依存型でない独自の価値観に基づく政策を強力なリーダーシップを持って推進しマレーシアの国力を大いに強化させた。

そのマハティールの産業政策の一つが自動車の独自開発生産を目指した「国民車」だった。その政策に基づいて作られた自動車会社がプロトン。三菱の技術援助を得て開発生産され1985年に発売された国民車は、政府の優遇政策もあり国民の手に届く低価格を実現。現地で組み立てされていた外国ブランドのモデルを凌駕しながらマレーシア自動車市場のトップブランドを長年にわたって維持してきた。

しかし、三菱との提携解消後は外国企業との部分的技術支援の限界や生産マネージメント不足から起こる商品力不足や品質問題を自力解決できず、国民車優遇政策の緩和やダイハツの全面支援を受けた第2国民車「プロドゥア」の出現より凋落の一途をたどっている。

マハティール退任前の2000年初頭、新車シェア約50%のトップブランドだったプロトンは昨年2017年にはシェア僅か12%。プロドゥアやホンダに抜かれ第3位メーカーになっている。マハティール退任後のプロトンの急激な販売減は何か政治的なものも感じられる。

プロトンはシェア低下とともに経営問題も起こし政府からの融資受けるお荷物会社に転落。最大の株主であるマレーシア企業はついに保有株式の約半分を中国の自動車会社である吉利(ジーリー)に売却してしまった。CEOに元東風汽車出身の中国人を招き入れ、現在マレーシアの国民車は中国資本が事実上の経営を握っているのである。

マハティール新首相としては正直悔しい思いでいるに違いない。

◆プロトンの果たした役割

自動車産業政策としてのプロトン事業は先回のマハティール退任とともに失墜し、残念ながら国民車の夢は破れたといえよう。マレーシア全体の現在の自動車生産実績を僅かに60万台。内需と輸出で200万台規模の生産台数を誇るタイや150万台のインドネシアと比べ見劣りするだけでなく、部品メーカーなどの裾野産業も両国ほど育っていない。アセアン域内の関税自由化のなかで、非関税障壁を設けて国際競争力のない自国自動車産業を守るのに精一杯の状態だ。

しかしながら、マハティールの夢であったプロトンが全く役に立たないプロジェクトだったわけではない。

80年代から90年代にかけてプロトンはドアツードアの便利な移動手段であるクルマを国民の手に届く低価格で提供し、国民2人に一台という自動車の普及を成し遂げたと言えよう。もちろん隣国と比べた人口の少なさや国民所得の向上、道路インフラの整備の効果は大きいが、プロトンはマレーシアのモータリゼーションをリードしたことには変わりない。

◆新たな自動車政策が打ち出されるか?
92歳で大統領再選を果たしたマレーシアのマハティール首相
そのマハティール新首相、就任後最初の外国訪問先となった日本で新たな国産車構想について表明し各界の波紋を呼んでいる。日本の協力のもと新たな国産車の生産会社を起こすという構想はまさに1980年代の再現と言えよう。

ただし、30年以上を経て従来型のエンジン付き車両の領域は正直すでに勝負がついている。マレーシア製自動車の競争相手はもはや先進国で作られたクルマではない。タイやインドネシア製の日本ブランド車なのだ。トヨタ、ホンダ、ダイハツ、三菱といった海外ブランドの傘下で地道に技術やノウハウを蓄積し部品メーカー共々国際競争力をつけたタイやインドネシア製のクルマには正直もう敵わないのが現実であろう。

そこで新国民車政策が本当に出てくるとすれば、今流行りのEVなど環境車が政治スローガンとしては最適なのだが、中途半端な産業ナショナリズムをマハティールが捨てきれるかが成功のキーとなる。

マレーシアでシェアNo1の第2国民車プロドゥアはダイハツのデザインを、ダイハツの生産支援でマレーシアのワーカーが作った車。バッチだけが国民車プロドゥアなのである。この方法がマレーシアの自動車産業としては最もコストがかからず、低価格、高品質の車が作れるビジネスモデルというのが現実なのである。自国の独自開発の独自ブランドというのは少なくとも経済やビジネスベースでは無理がある。

世界中で盛り上がっているEVは政府の規制や補助金がないと当面ビジネス上成り立たないクルマと言えよう。中国では膨大な国策資金の投入、欧州では規制という鞭と補助金ビジネスである。テスラは価格を1000万円以上でセットしようやくビジネスが成り立っている。EVがビジネスではなく政府主導の政策と割きって考えれば、経済原則ではなくマハティールの様な強力なリーダーシップを持ったトップが力ずくで実行するべき国家プロジェクトなのかもしれない。

自動車産業は政治と経済のせめぎ合いの産物である。

<藤井真治 プロフィール>
(株)APスターコンサルティング代表。アジア戦略コンサルタント&アセアンビジネス・プロデューサー。自動車メーカーの広報部門、海外部門、ITSなど新規事業部門経験30年。内インドネシアや香港の現地法人トップとして海外の企業マネージメント経験12年。その経験と人脈を生かしインドネシアをはじめとするアセアン&アジアへの進出企業や事業拡大企業をご支援中。自動車の製造、販売、アフター、中古車関係から IT業界まで幅広いお客様のご相談に応える。『現地現物現実』を重視しクライアント様と一緒に汗をかくことがポリシー。

《藤井真治》

藤井真治

株式会社APスターコンサルティング CEO。35年間自動車メーカーでアジア地域の事業企画やマーケティング業務に従事。インドネシアや香港の現地法人トップの経験も活かし、2013年よりアジア進出企業や事業拡大を目指す日系企業の戦略コンサルティング活動を展開。守備範囲は自動車産業とモビリティの川上から川下まで全ての領域。著書に『アセアンにおける日系企業のダイナミズム』(共著)。現在インドネシアジャカルタ在住で、趣味はスキューバダイビングと山登り。仕事のスタイルは自動車メーカーのカルチャーである「現地現物現実」主義がベース。プライベートライフは 「シン・やんちゃジジイ」を標榜。

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