アマゾンとモータースポーツ:チームマネジメントに欠かせない最先端クラウド基盤

じつは多くの業界が依存するアマゾン

トップカテゴリレースではデータ解析コンサルタントを活用

見えない状況をデータで可視化しチームに気づきを与える

マシンの故障、レース中の事故、トラブルを予測する

アビームコンサルティング 竹井昭人氏:リアルレーシングでデータ分析他をマネジメント
アビームコンサルティング 竹井昭人氏:リアルレーシングでデータ分析他をマネジメント全 5 枚

F1は、ときに走る実験室などと呼ばれることがある。自動車産業の黎明期から中期までは、速さや耐久性を問うモータースポーツは、市販車両の技術開発の場でもあった。しかし、市販車の技術がある程度進歩すると、速さや勝ち負けを追求する競技の世界との乖離が広がる。

その結果、モータースポーツから市販車両への技術フィードバックが停滞した時期もあった。環境問題などが騒がれた1980年代前後のことだ。ほどなく、燃料噴射やエンジン制御にコンピュータ(ECU)が市販車や競技車両にも導入されたことで転機が訪れる。エコ目的で導入されたECUは、プログラムしだいで動力性能も向上させることができる。ECUによる制御技術は、市販車でも競技車でもお互いのフィードバックが可能になった。

レースレギュレーションとのせめぎ合いは続いているものの、エンジン、トランスミッション、ブレーキ、サスペンション、ハイブリッドシステム、そしてテレメトリシステムにデータロガー、背後に控えるビッグデータストレージやクラウドサービスと、IT技術なくして車両や競技は成立しないまでになった。

EV時代にフォーミュラEが生まれたように、現在、モータースポーツが車両開発に寄与することを疑うメーカーは少ない。

じつは多くの業界が依存するアマゾン

クルマとITというと、多くの人はテスラ、グーグル、NVIDIA(GPU)を連想するかもしれない。いまやIT技術はWordやExcelで業務処理をしたりインターネットでメールを送るといった社会の表層的な処理技術ではなく、インフラと化している。ITを、生活やビジネスのインフラとして考えた場合、忘れてはならないのはアマゾンである。

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の一角をなす企業だ。略語上「四天王」の中では末席だが、アマゾンは、リテールからロジスティックス、生活・ビジネスのクラウド基盤(Amazon AWSというストレージやサーバー、その上で稼働するOS、データベースなどミドルウェアまでをカバーするITサービス基盤)まで押さえている。アマゾンの動きひとつで運輸業界が右往左往し、世界的な小売チェーンが廃業に追い込まれるほどの存在だ。

たとえば、AWSがなければ、おそらくウーバーなどのベンチャーは、スタートアップ時にサービスを構築できなかっただろうし(AWSを利用すれば、自社でサーバーを購入したりデータセンターを契約する必要はない)、あまたのオンラインゲームはまともなサービスを維持できないだろう(時間や季節で変動するユーザーリクエストに対し、時間や日にち単位でサーバーを増減できる)。そんなアマゾン(AWS)は、当然モータースポーツの世界にも活用されている。

トップカテゴリレースではデータ解析コンサルタントを活用

北米インディカーシリーズで佐藤琢磨選手が所属しているRLLレーシング(Rahal Letterman Lanigan Racing)と、国内スーパーフォーミュラに参戦しているリアルレーシングは、車両開発からレースシーズン中のメンテナンス、セッティングを支援するデータベースやシステムなどバックエンド部分にAWSを活用している。

競技車両の設計や開発に3Dモデリング、シミュレーションなどコンピュータを活用するのは今や常識だが、そのデータの管理にAmazon S3のようなクラウドストレージがつかえる。膨大な設計データ、機密データでも、クラウドならば安全に保管できる。また保護されたネットワーク(VPNなど)を利用すれば、オフィス、サーキットなど場所を問わず必要なデータにアクセスできる。

もちろんレース中の細かい車両データの解析にコンピュータは不可欠という。RLLレーシングとリアルレーシングは、レースウィーク中、予選から決勝までの車両セッティング管理、シリーズを通じた戦略、車両開発を含む中長期のチームマネジメントにもITシステムを活用している。データの収集や解析には、AWSのミドルウェアの他、RPAという自動化技術を利用している。

リアルレーシングは2016年から、RLLレーシングは2017年からアビームコンサルティングと契約し、データ管理と分析を依頼している。レースの世界にビジネスコンサルティングが通用するのか、と考えがちだが、マネジメントという視点では共通点も多くむしろ必然性さえある。チームが重視するのは、ドライバーのコメントとデータ分析による情報を組み合わせた意思決定だ。

見えない状況をデータで可視化しチームに気づきを与える

分析チームの声は、ときとしてチームに気づきを与えてくれる。例えば、コーナーの区画ごとのタイムを細かく分析し、連続するコーナーで前後のコーナリングスピードの違いから、最適な速度、ラインを導きだす。ドライバーは感覚的に理解していることだが、実際にどのコーナーでトップスピードを目指すのかの判断に、データが役に立つという。限られた予選タイムの中での試行錯誤が最適化される。

タイヤは路面温度によって内圧が変わる。それによって車高がミリ単位で上下する。データにより想定した車高より1ミリ高い場合、どうやって車高を下げるか。サスペンションジオメトリか、空力か。この判断もタイヤの摩耗データがあれば、どちらがいいかわかる。昨年のあるレースでは、この状況で空力で対処したところ、ラップタイムが2秒ほど縮んだという。

マシンの故障、レース中の事故、トラブルを予測する

インディカーでも同様なマネジメントを行っているというが、オーバルコースや最高速度380km/hという特殊な事情への対応が求められる。空力のセッティングはさらにシビアになり、スリップストリームでのダウンフォース低下も的確に予測、制御しなければならない。ポイントはレース展開の予測だ。インディカーではセーフティーカーが勝負を左右することが多い。RLLレーシングでは、故障や事故の予測、それによるセーフティカーによる誘導時間などを予測しているという。

高度な予測には、クラウドサービスが不可欠ともいえる。車両のテレメトリデータをレース中にモニタリングし、PCなどで可視化、解析することは多くのチームが行っていると思う。しかし、確率的予測や機械学習による予測にはそれなりのCPUパワーが必要だ。ノートPCに予測エンジンや学習済みAIを搭載することは不可能ではないが、現地のPCは、データの収集(およびストレージへの転送)、簡単な解析や前処理、表示・グラフ化などフロントエンド処理(エッジコンピューティング)が求められる。解析や学習は継続的に行う必要があるので、予測エンジンはクラウド側にあったほうがいい。

以上のように、クラウドを活用することで、重いリソース(データやサーバ)はクラウドに保管し、サーキットではノートPCなど最小限のコンピュータでほとんどの解析処理、グラフ化がまかなえる。

《中尾真二》

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