【トヨタ ヴォクシー 3600km試乗】セレナ、ステップワゴンに対する決定的な差別化要素は[後編]

ヴォクシーハイブリッドZS。島根・温泉津の入り江にて。
ヴォクシーハイブリッドZS。島根・温泉津の入り江にて。全 30 枚

トヨタ自動車の2リットル級5ナンバーミニバン『ヴォクシーハイブリッド』で3600kmほどツーリングする機会があったので、インプレッションをお届けする。前編では走りや居住感について述べた。後編ではまず、パワートレインのパフォーマンスと燃費から。

“東洋のサンフランシスコ”もグイグイと

ヴォクシーハイブリッドZSのエンジンルーム。2.5リットル級になればもっとゆとりがあるのだろうが、自動車税のことを考えると非現実的か。ヴォクシーハイブリッドZSのエンジンルーム。2.5リットル級になればもっとゆとりがあるのだろうが、自動車税のことを考えると非現実的か。
ヴォクシーハイブリッドのパワートレインは同社の主力ハイブリッドカー『プリウス』第3世代モデルと共通性が高いもので、1.8リットルミラーサイクルエンジンと駆動用モーター、発電機の2つの電気モーターを組み合わせたストロングハイブリッド「THS II」だ。エンジンと電気モーターの合成出力の最大値は136psと、プリウスと同一。プリウスと異なるのは減速ギアで、重量級ボディを走らせるため、ローギアード化することで駆動力の強化を図っている。

そのハイブリッドパワートレインの動的なパフォーマンスだが、基本的に必要十分なだけの能力は持ち合わせていた。136psという数値は1.6トン台に対して過少に見えるが、減速ギアを下げた効果は顕著で、中低速域ではとくに大きな不満は感じなかった。必要十分というのは、動くのがやっとという意味ではない。筆者の実家は高台にあり、その周辺には筆者が勝手に“東洋のサンフランシスコ”と呼んでいる急勾配だらけの斜面が広がっている。ヴォクシーハイブリッドは多人数乗車でもそんな急勾配をぐいぐい登ることができた。

パワー不足の影響が出てくるのはそういう短時間の高負荷運転ではなく、山岳路の登り区間など負荷の高い状態が長い時間続くときや、高速道路での追い越しなど絶対パワーが必要な時。中低速での飛び出しの良さをイメージして登坂車線で大型車を抜きにかかったりすると、速度が伸びずに焦ることもあろう。

一方、パワートレインのフィールは他のTHS IIモデルと同様、滑らかそのもの。初代プリウスの発売からすでに20年以上が経ち、その途中でTHS IIに切り替わってからの歴史も長い。重量、走行抵抗の大きな車体を走らせるため、平均的なエンジン回転数はプリウスより顕著に高いが、遮音はしっかりしているため、騒々しいというほどの印象はなかった。

欲を言えば、もう少し大きなエンジンと組み合わせてほしいところ。ドライブフィールに俄然余裕が出ることだろう。車両重量的には『カムリ』の2.5リットルハイブリッドが載ってもいいくらいなのだが、そもそもエンジンベイに収まるかどうかという問題があるし、載せることができたとしても性能面で『アルファード/ヴェルファイア』との差別化ができなくなるので難しいのだろう。また、それで価格が高くなってしまっては顧客メリットが失われてしまうので、致し方ないか。

「ハイブリッドさまさま」な燃費性能

鳥取にて第1回目の給油。鳥取にて第1回目の給油。
燃費は2リットル級5ナンバーミニバンとしては十分に良い水準だった。東京で満タン給油の後、ワンタンク航続距離でどのくらい走れるかということを見ようと、東名高速および一般道バイパスを経由して名古屋、そこから琵琶湖沿いにある石田三成の居城であった佐和山城跡、京都の舞鶴、兵庫の豊岡から鳥取方面へと向かった。

前編で触れたように、ヴォクシーハイブリッドは運転に不慣れなドライバーが遠出をしても、間違っても燃料切れになったりしないようにという配慮からか、燃料警告灯の点灯タイミング、残り航続距離ともものすごく堅めに見積もっているようで、豊岡~鳥取間、走行700km台で航続残0kmに。燃料を節約しながら鳥取までたどり着き、777.4km走行地点で初給油。レギュラーガソリンの給油量はタンク容量よりかなり少ない44.06リットルで、平均燃費計値19.1km/リットルに対する実燃費は17.64km/リットルだった。

次は島根の世界遺産・石見銀山を含む中国山地、山口県の秋吉台近辺など山岳路を経ながら九州入りし、熊本北部の山鹿に到達した633.7km区間。給油量は36.00リットルで、平均燃費計値18.9km/リットルに対し、実燃費は17.60km/リットル。
ダッシュボード上の液晶に平均燃費計を表示させてみた。ダッシュボード上の液晶に平均燃費計を表示させてみた。
その後も燃費は運転の仕方に大きく左右されず安定的で、郊外路・高速道路混合の区間がおおむね17km/リットル台、市街路が15km/リットル弱。最も燃費が良かったのは帰路、大半が夜間走行で交通障害がほとんどなかった鹿児島から広島の竹原までの593.4km区間で、実燃費18.75km/リットルであった。

ところでこのドライブでは途中、ちょっと面白い実験ができた。竹原で給油後、泊地に予定通りに到着することができず、車中泊をすることに。猛暑の中ゆえ、もちろんエアコンONである。ハイブリッドなので常にエンジンがかかっているわけではなく、インバーターエアコンが電力を消費してバッテリーの残電力が足りなくなるとエンジンが発電し、バッテリーに充電…を繰り返す。

フラット化した車内で寝ること5時間。ドライブをスタートさせ、竹原から78.1km地点、カブトガニで知られる笠岡で燃料を給油してみた。果たして給油量は6.76リットルであったのだが、かりに走行していた間の平均燃費を17.5km/リットルとすると、走行に消費した燃料の量は4.46リットル。エアコンフル稼働で5時間がっつり寝ても、その間の消費量はちょうど2.3リットルですむ計算になる。エンジン車だったら到底こうはいかない。こりゃハイブリッドさまさまだと感じられた次第であった。

運転支援システムは…

次に運転支援システム。これはライバルである日産『セレナe-Power』、ホンダ『ステップワゴンハイブリッド』に対し、最も大きなビハインドを負っている分野であった。装備されているのはトヨタの運転支援システムパッケージのなかで最もベーシックな「トヨタセーフティセンスC」。レーザーセンサーと単眼カメラを組み合わせたもので、衝突軽減ブレーキ、車線逸脱警報、先行車発進お知らせ、ハイ/ロー自動切換えヘッドランプなどを持つ。

もちろんないよりはずっといいのだが、乗り出しが400万円近いモデルであることを考えると、プリウスなどに実装されているレーダー方式の「トヨタセーフティセンスP」くらいは欲しいところ。とくに遠出の時には前車追従クルーズコントロールはあったほうがいい。

ブランドマネジメントが機能したデザイン

フロントエンド。結構ワルなデザインである。フロントエンド。結構ワルなデザインである。
デザイン考。ヴォクシーはノア3兄弟の中でも最多販売となっているが、それだけの人気モデルに成長した最大要因は、言うまでもなくデザインであろう。とくに現行モデルは“ワルさ”が強調されたデザインが好評なようである。今回、あちこちで外観を写真に撮ってみたが、昨年7月のマイナーチェンジで上級クラスの3ナンバーミニバン『ヴェルファイア』にぐっと寄ったテイストになったことが見て取れた。

ヴォクシーは人気モデルであるため、走っていても現行モデルをしょっちゅう見かける。が、とくにマイナーチェンジ後の個体は、対向車線の遠方に現れるとヴェルファイアのように見える。ヴェルファイアにしてはちょっと変かな…と思っているうちに接近し、そこで「ああ、ヴォクシーだったか」と思ったのも一再にとどまらなかった。

長旅を終えて車両を返却するとき、モータープールにちょうど黒いヴェルファイアがあったので、並べて写真を撮ってみた。すると、もちろん3ナンバーフルサイズと5ナンバーベースの3ナンバーというサイズがもたらす迫力の違いこそあれ、同じメーカーだけあってデザインテイストは実は似ているんだなーなどと思ったりした。ライバルのセレナ、ステップワゴンがほとんどスタンドアロンモデルになっているのに対し、ヴォクシーは上級車種のヴェルファイアの下というヒエラルキーの中にいる。

ヴォクシーにはファミリーミニバンとしての指名買いだけでなく、ヴェルファイアが欲しいが価格的に手が出ない、あるいは大きなクルマを運転する自信がない、狭い道を走ることが多いといったカスタマーに次善策として選ばれるケースも多いと聞く。ブランドマネジメントがちゃんと機能していることの証左で、トヨタがビジネス巧者と言われるゆえんであろう。
3ナンバーミニバン『ヴェルファイア』と並べて撮ってみた。同一メーカーだけあって、造形のテイストは意外に共通していることがわかる。3ナンバーミニバン『ヴェルファイア』と並べて撮ってみた。同一メーカーだけあって、造形のテイストは意外に共通していることがわかる。

実用車としての仕上がりはさすが

ヴォクシーハイブリッドはライバルに対して何か決定的な差別化要因を持つモデルではなく、デビュー時期の古さともあいまってスペック、仕立ての面でも傑出した部分があるというわけでもなかった。が、軽快な運転感覚、ハイブリッドからシートアレンジ機構に至るまですべて枯れた技術でまとめ上げたことによる信頼性の高さ、そしてミニバンを使う人の実生活を見た使い勝手の磨き込みなど、実用車としての仕上がりは非常に良く、さすがにトップセールスモデルだと感じられた。

3600kmと言えば、自工会が調査した平均的なユーザーの月間走行距離に照らし合わせると、ゆうに半年ぶん以上に相当する距離。それだけ乗って、人を乗せたり荷物を運んだりしてみた結果、日常の足として使い、時折近隣県あたりに家族で出かけるといったライフスタイルのカスタマーには、これで十分満足できるであろうというのが正直な感想だった。

最大のライバルと思われるのは日産セレナ。ハイブリッドの場合、e-Powerの長期的な耐久性はまだ未知数だが、大げさな使い方をしない層をターゲットに手堅いつくりをしているという点はヴォクシーと同じだ。ただ、同じ生活密着型でも雰囲気は若干違っており、セレナのほうはどちらかというと都会型マンション、ヴォクシーのほうは郊外の一戸建て的であるように思えた。

もうひとつのライバルであるホンダ・ステップワゴンは、同じカテゴリーだが性格は反対。ハイブリッドモデルの場合、燃費とパワーの両方でヴォクシーハイブリッドを上回った半面、車両重量が200kgほど重いこともあってか、ハンドリングの軽快さではヴォクシーハイブリッドに後れを取った。バックドアに横開きドアを仕込んだ「わくわくゲート」や床下収納シートなど新機軸を盛り込んでおり、新しモノが好きなユーザーや自転車、大型のレジャー用品のトランスポーターが欲しいという層はそちらに行くだろう。

いずれにせよ、スライドドア装備の箱型ミニバンはトヨタ、日産、ホンダの3社が激烈な争いを繰り広げたおかげで、どれを買ってもいいというくらい完成度が高まっている。そのなかでヴォクシーはデビュー時期こそ古いものの、ミニバンを必要とし、デザインが気に入っているというカスタマーが乗り倒すのに好都合なモデルであることに何ら変わりはないので、今買っても一向に損はないだろう。
島根・多伎の海岸にて。島根・多伎の海岸にて。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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