日産、「ダットサン」ブランド廃止も…工場リストラの対象に

記者会見する西川廣人社長
記者会見する西川廣人社長全 2 枚

日産自動車は、事業改革の一環として海外での生産ライン停止や人員削減の方針を公表しているが、これに伴い新興国市場向けに2014年に復活させた「ダットサン」ブランドの存続が微妙になってきた。

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西川廣人社長はライン停止の対象車種のひとつにダットサンを挙げており、今後の扱いが注目される。日産は7月の2019年度・第1四半期決算発表時に、業績再建に向けた改革の柱として、海外を中心にする生産体制の縮小策を発表した。

工場の一部ライン停止などによって能力の削減を行うもので、すでに18年度から着手し19年度までに8拠点で実施する。さらに、20年度から22年度には6拠点を追加する計画だ。これらの能力縮小により、合計で1万2500人の人員削減策も打ち出している。

対象となる工場の詳細は示していないものの、西川社長は「中期計画『日産パワー88』の期間中(2011~16年度)に投資した部分がかなり大きい。車種のポートフォリオとしては『ダットサン』や小型車を生産する工場」と説明している。

日産パワー88では、世界販売シェアと連結売上高営業利益率を8%とする目標を掲げたものの、いずれも未達に終わった。同計画の達成に向け、カルロス・ゴーン前社長のキモ入りで新興国向けブランドとして復活させたのがダットサンであった。12年3月のダットサン展開に関する記者会見で、ゴーン氏は新興国向けエントリー車について「リスクではなくチャンス。投入しない方がリスクだ」と強調していた。

ダットサンブランド車は、14年3月のインドを皮切りに同年中にはインドネシアなど4か国で販売を開始、現在ではアフリカを含む9か国で展開している。モデルは多目的車の『GO+』など6車種があり、インド、インドネシア、ロシアの3か国で生産している。日産は販売実績について公表していないものの年間数万台規模と見られ、今回の工場リストラの対象にも含まれることになった。西川社長はゴーン時代の「負の遺産」と対峙しており、ダットサンもそのひとつとなる。

日産は戦後に海外進出する際、ダットサンブランドで事業展開した。このため、企業名であり国内向けのブランドでもあった「日産」との2重構造が生まれ、1981年から海外市場でのダットサンの廃止と日産への一本化に着手した経緯がある。当時の石原俊社長の決断によるものだが、80年代を通じ、膨大な費用と労力を要したプロジェクトでもあった。

《池原照雄》

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