決まってからでは遅い、AUTOSARにみるオープン標準戦略…筑波大学 教授 立本博文氏[インタビュー]

決まってからでは遅い、AUTOSARにみるオープン標準戦略…筑波大学 教授 立本博文氏[インタビュー]
決まってからでは遅い、AUTOSARにみるオープン標準戦略…筑波大学 教授 立本博文氏[インタビュー]全 1 枚

ソフトウェアやエレクトロニクス分野は、80~90年代からオープン標準が市場のキープレーヤーを決定する重要な要素となっている。ISO/ICEといった国際標準、業界コンソーシアム、デファクトスタンダードは、技術革新だけでなくビジネスモデルをも左右する産業のキーファクターだ。

しかし、自動車業界のオープン化や標準に対する考え方は、ソフトウェアを含む電気・電子産業、通信事業のようなIT業界との温度差がまだ存在する。100年に一度といわれる変革の真っただ中にあり、自動車の機能や価値もソフトウェアが決めるようになると言われている。ITでプラットフォーマーと呼ばれる企業が、オープン標準をどのように活用し、自社のビジネスに生かしているのか。

アップルなどテックジャイアントが自動運転やビークルOSに参入しようかという現在、自動車業界としてもオープン標準戦略について知っておく必要はあるだろう。

筑波大学の立本博文教授は、AUTOSARの歴史や活動にからめてオープン標準戦略について解説するセミナー 3月25日開催「オープン標準化と⾞載エレクトロニクスビジネス~AUTOSAR標準を題材に」に登壇する。立本教授は、ビジネスサイエンス、特ににプラットフォーム企業のグローバル戦略や多国籍企業、国際ビジネスを専門とし、オープン戦略やAUTSARについても研究している専門家だ。セミナーに先立ち話を聞いた。

――さっそくですが、自動車業界のオープン標準の考え方が違うというのはどういうことでしょうか。

立本氏(以下同):自動車業界というか日本の産業界の傾向かもしれませんが、国内で「標準化」というとISO/IECのような標準規格がイメージされるかと思います。しかし、90年代くらいから、たとえばパソコンとCPUの「ウィンテル(Windows OSとIntelプロセッサの組み合わせ)」のように、業界標準、デファクトスタンダードが市場で大きな力を発揮しています。

IT系ではいまや一般的な動きで、ビジネスモデルや戦略の基本といってもいい存在ですが、自動車業界の人と話をすると、どうも認識がかみあわないと感じることがありました。

――たとえばどんな点でしょうか。

パソコンや携帯電話でいえば、NECや東芝、IBM、半導体でいえばルネサスなどが市場を撤退したり苦戦しているのを、単にサムスンやファーウェイに負けたから、技術はあるけど競争力で負けた、といった分析で終わってしまっています。

そういった要素もあると思いますが、IT業界の業界再編や主役交代にはコンソーシアムやデファクトスタンダードの動きは無視できません。業界標準やデファクトスタンダードのようなゆるい標準、オープン標準をどう作るのか、どう読むのかが企業戦略に欠かせません。

オープン標準はいったんできあがってしまうと、たとえ大企業でも一社ががんばってどうこうできるものではなくなってしまいます。

――IT企業は、オープン標準をどのようにビジネスに取り込んでいるのでしょうか。

標準には3つの階層があると考えられます。まずは国際規格のように政府や国際機関が定める標準です。次に業界コンセンサスをめざすコンソーシアム型の標準です。業界ごとの紳士協定だったり、特許等のライセンスのルールを決めたりします。この上がデファクトスタンダードです。デファクトスタンダードになれば、一社または数社が独自に標準を決めることができ、自社利益を最大化することが容易になります。

90年代以降、増えているのはコンセンサス標準です。たとえば、DVDの記録方式、携帯電話のGSM、半導体製造のSEMATECH/SEMI、自動車であればAUTOSARなどがあります。

コンソーシアムやオープン標準では、直接的な利益にかかわる部分に特許等のライセンスビジネスがあります。自社の特許やライセンスを標準に組み込んでシェアを広げる、特許収入を得るといったモデルです。

――一般に標準化というとコストダウン、開発生産の効率化、品質・信頼性の向上が目的となりますが、コンソーシアムやデファクトスタンダードではビジネス戦略としての意味も強いわけですね。

現在、自動車業界は5Gを活用するため通信事業者や移動体通信関連の特許権利者と接点が増えています。権利者側は、最終製品へのライセンスを考えています。いわば包括契約として、最終製品、つまり完成車(OEM)メーカーにライセンスすることを望みます。

しかし、OEMとしては通信モジュールやコネクテッド端末などに対する特許なのでサプライヤーや部品メーカーの個別ライセンスで処理してほしいと思っています。OEMの収益モデルや調達コストを考えれば当然ですが、IT系や通信事業者にとってみれば受け入れがたい条件となります。

これも自動車業界とIT系のビジネスに対する考え方の違いのひとつと言えますが、欧米の自動車業界は、これを受け入れてライセンス料の交渉で折り合いをつける戦略をとっています。実は欧米の自動車業界は、このようなコンソーシアムモデルを導入しており、IT系の戦略やビジネスモデルにも適応しています。

――先ほど説明していたAUTOSARですか?

はい。AUTOSARの設立は2002年ですが、その前年にアウディ、BMW、ポルシェ、ダイムラー・クライスラー(当時)、フォルクスワーゲンのOEM5社がHISというコンソーシアムを立ち上げています。しかし、メガサプライヤーの賛同を得られず、活動が続きませんでした。AUTOSARはダイムラー・クライスラー、ボッシュ、コンチネンタルによって設立され、2003年にはBMWやフォルクスワーゲンらも加わります。

現在、世界のOEM、サプライヤーの他、CADやシミュレーションなど開発ツールベンダー、半導体ベンダー、車載OSベンダー、車載ネットワークやハードウェアベンダーなど自動車産業全体が参加しています。

AUTOSARでは、BSW(リアルタイムOSや制御ソフトウェア)、ECUやプロセッサのHAL(ハードウェアアブストラクションレイヤ:上位のBSW(=OS)から見たハードウェアの機能要件定義)、車載ネットワーク、開発ツールやミドルウェアとの共通インターフェイスが標準化領域となります。

この標準化領域が、半導体メーカー、ツールベンダー、車載OSベンダーのビジネスドメインと重なるのは偶然ではありません。コアメンバーのOEMとメガサプライヤーとしては、ECUに実装する制御アプリケーションやそれより上のレイヤは自社の競争領域ですが、下のレイヤ、プロセッサや開発ツールなどは共通化していたほうが都合がよいわけです。

――同じ構図が、CASE車両やソフトウェアサービスビジネス関連のオープン標準でも起きる可能性があるとお考えですか。

はい。あり得ると思っています。過去の例では、オープン標準が広がるとM&Aや業界再編が進んでいます。オープン標準やコンソーシアムについて「使えそうな標準が決まったら利用する」といった受け身の戦略や、IT業界の動きを他人事と考えるのは得策ではないと思います。再編の波に飲まれる可能性があるからです。

独自技術があるから大丈夫、という考え方もありますが、ソフトウェア依存、サービスモデルの導入が進む自動車業界でも、オープン化戦略の動向を押さえることは重要だと思っています。

立本教授が登壇する3月25日開催のオンラインセミナー オープン標準化と⾞載エレクトロニクスビジネス~AUTOSAR標準を題材にはこちら。

《中尾真二》

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