【ルノー カングー 650km試乗】一言で表現するなら「げにも素晴らしき前時代の遺物」

ルノー カングー ZEN 1.2 EDC
ルノー カングー ZEN 1.2 EDC全 30 枚

ルノーのCセグメントトールワゴン『カングー』で650kmほどツーリングする機会があったので、インプレッションをリポートする。

カングーは1997年に第1世代が登場した前輪駆動の貨客両用モデル。前年に登場したシトロエン『ベルランゴ』/プジョー『パートナー』と並び、欧州市場においてレジャー用乗用車のカテゴリーを形成した。現行の第2世代は2007年デビューで現在はすでに14年目と、初代を大きく超えるロングライフモデルとなった。

現在日本で販売されているカングーは「ZEN(ゼン)」の1グレード。変速機は6速デュアルクラッチトランスミッションのEDCと6速マニュアルトランスミッションがあるが、テストドライブしたのはEDC版。ドライブルートは東京を起点とした北関東周遊で、最遠到達地は茨城・福島県境、常陸太田市の旧里美村。通行した道路の比率は市街地2、郊外路5、高速2、山岳路1。路面は全行程ドライ、1~2名乗車、エアコンAUTO。

では、カングーEDCの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1. 旧世代の欧州車らしい、ヌルリと柔らかく路面をつかむドライブフィール。
2. ちょっとしたクロスオーバーSUV並みに余裕がある最低地上高。
3. 2015年にレポートした時に比べてボディの共振が小さくなり、静粛性が上がった。
4. 今どきのハイテク満載車に比べると価格が安い。
5. 全長4.3m級としてはこれ以上望めないくらいの積載力。強固なルーフレールも標準。

■短所
1. 運転支援システム的なものはほとんど何一つついていない。
2. 同様に、アミューズメントシステムや電子アクセスシステムも弱い。
3. EDCはよく機能しているが、ドライバビリティや燃費はMTに軍配。
4. 日本車に比べるとシートアレンジは貧弱。
5. 内外装のクオリティは商用車基準。

げにも素晴らしき前時代の遺物

ルノー カングー ZEN 1.2 EDCルノー カングー ZEN 1.2 EDC
デビュー後14年目に突入しているカングー。筆者は2015年に1.2リットルターボMTモデルでの800km試乗記を本サイトでお届けしているが、今回の6速デュアルクラッチATの印象は基本的にはそれとほとんど変わるところがなかった。キャラクターを一言で表現すると「げにも素晴らしき前時代の遺物」である。

装備はまったくアップトゥデートではなく、先進運転支援システム、コネクトサービスなどは持たない。スライドドアにも電動開閉などという気の利いた機構は実装されていない。操縦性や乗り心地も前時代的だ。機能・性能面では6月に本国デビュー予定の第3世代カングーのほうがはるかに上を行くことであろう。

にもかかわらずこの第2世代カングーはとてもラブリーに感じられる。ノスタルジーとはちょっと違う。古さが懐かしいのではなく、クルマづくりの進化にともなって取捨選択の対象になったものの中に、本来なら捨てるには惜しい味というものがあったんだーと再発見させられるという感じである。

2003年デビューのモノスペースMPV『セニック II』がベース。この頃のクルマ作りはコンピュータのシミュレーション技術が長足の進歩を遂げ、ハンドリングや乗り心地に性能リソースを簡単に割り振れるようになった現代と異なり、まず直進性を磨き、それを基準に曲がりの性能をテストを重ねて作り込んでいくというやり方であった。クルマを安定させるための動きも、大きくロールさせてサスペンションのジオメトリ変化を積極活用するという感じだった。カングーのシャシーチューンはそういう“いにしえ”の特色をモロに感じさせるものだった。

クルマが勝手に真っすぐ走ってくれる感

高速直進性は大変良好。特徴的なのは大型車の通行で路面に掘られたワダチ、アンジュレーション(路面のうねり)が深いところを通過し、サスペンションがストロークしても、それで鼻先が左右に振られにくいこと。車体が前後左右に大きく振られても、それが収まったときに元の針路が維持されているという感じである。また、ショックアブゾーバーの油圧感が豊かで、大きく振られた後の揺り戻しが小さい。この“クルマが勝手に真っすぐ走ってくれる感”は、ロングツーリングには実に具合がよろしかった。

真っすぐが素晴らしいぶんワインディングではつまらなかったり持て余したりするかというと、まったくそうではない。基本的には大きくロールさせることで曲げてやるという味付けで、現代のよくできたクルマが見せるライントレースの正確性やキレキレの動きはない。が、直進からステアリングを切り込んでいくときに発生するアンダーステアが的確に伝わってくるので、クルマの能力のどのくらいを使って走っているかが手に取るようにわかる。

タイヤは195/65R15サイズのミシュラン「エナジーセイバー」。緩やかな滑り出しと粘りのあるグリップを見せる、良いタイヤだった。タイヤは195/65R15サイズのミシュラン「エナジーセイバー」。緩やかな滑り出しと粘りのあるグリップを見せる、良いタイヤだった。
195/65R15サイズのミシュランのエコモデル「エナジーセイバー」が滑り出しの穏やかなタイヤであることも手伝って、湧水で路面が濡れていようがアンジュレーションを踏もうが、安心なドライビングを継続することができた。6年前に感じた「練り消しゴムを机になすり付けるような」というフォルクスワーゲン『ゴルフII』的フィールは健在だった。

カングーの特徴として今回気づいたのは、最低地上高に余裕があること。今回少しだけ未舗装路を走る機会があったのだが、凸凹でチンを擦ったりしないか気になって車外に出て見てみたところ、思いのほか余裕たっぷり。スペック表を見たら最低地上高は170mmで、クロスオーバーSUVと大して変わらない。また、最近の欧州製FWD(前輪駆動)クロスオーバーSUVについているグリップコントロールも装備されていた。ズルズルのシャーベット路やディープマッドなどでなければAWD(4輪駆動)ほどではなくとも普通のFWDよりは走破性を期待できそうだった。

カングーのパワートレイン、燃費性能は

1.2リットル直噴ターボエンジンは日産の技術入り。1.4トン台のボディを普通に走らせるのには何の不足もない。1.2リットル直噴ターボエンジンは日産の技術入り。1.4トン台のボディを普通に走らせるのには何の不足もない。
次にパワートレイン。エンジンは日産の技術が入った1.2リットル直噴ターボで、性能は最高出力84kW(115ps)、最大トルク190Nm(19.4kgm)。変速機はEDCと名付けられた6速デュアルクラッチ。パワーウェイトレシオは12.6kg/psと、パワフルにはほど遠い数字だが、GPSを利用した0-100km/h加速の実測値は11秒台と、それほど鈍足という感じではなかった。EDCの発進加速制御がわりと上手かったことが好タイムの要因のひとつとして考えられる。

最大トルクの発生回転数がやや低いこと以外、スペックは6速MTとほぼ同じ。EDCの制御は同じシステムを積む旧型ルノー『ルーテシア(欧州名クリオ)』や旧型『キャプチャー』のようにクラッチの結合がタイトに維持されるという感じではなく、都市走行におけるスムーズさでは勝っているという印象だった。

カングーのEDCは乾式クラッチのため、理論的にはMTとの伝達効率の差はそれほど大きくないはずなのだが、燃費は全般的にMTを下回った。やや混雑した都市部での燃費はストップスタート(アイドリングストップ)が装備されていないこともあって推定10km/リットル台。高速、郊外路、山岳路からなる563.1kmのロングドライブでは給油量39.10リットル、実測燃費は14.4km/リットル。

MTが上高地や富士山麓などの山岳路を含むルートで17.8km/リットルだったのに比べ、19%ほど低い値であった。もっとも、どちらのモデルもJC08モード燃費値(EDC=12.9km/リットル、MT=13.5km/リットル)を大幅に上回る好リザルトであったという点は共通。平均燃費計は7.0リットル/100km(14.3km/リットル)と、これまたMTと同様にほぼ正確な数値を示した。

乗り心地は商用車ベースとしては異例なくらいに良い

荷室は通常時で660リットルと巨大。この程度の荷物では埋まりもしない。荷室は通常時で660リットルと巨大。この程度の荷物では埋まりもしない。
客室、荷室のユーティリティについてはMTと変わらず良好。今回は大荷物を運ぶ機会はなかったが、とりわけカーゴとしてのユーティリティの高さについては今さら説明不要であろう。

ドアのヒンジなどがいっさいかからないようにデザインされた開口部と、貨物をびっちり搭載するためにタイヤハウスやサスペンションの出っ張りをすべて排した荷室形状。全長4.3mと、カーゴとしては全長が短いカングーだが、その室内容積はライフスタイルに合わせた荷室のカスタマイズをいくらでも許容するであろうという感があった。

乗り心地は商用車ベースとしてはちょっと異例なくらいに良い。フラット感では現代のクルマに劣るが、サスペンションストロークを積極的に使うセッティングによってボディが大きく揺すられた時に頭にかかる加速度が小さく、ゆるゆるとした動きに感じられる。

2015年当時から進歩したと思われるのは、舗装の目が粗いところを通過するときのボディシェルの共振が格段に小さくなったこと。以前はゴーゴーという共鳴音が大きめに出て、このへんな商用車っぽいなと思ったりしたものだが、今回乗ったモデルはそのようなことはなく、乗用ワゴンとして十分以上に快適と言える水準だった。

ルノー カングー ZEN 1.2 EDCのコクピット。シートは簡素だが機能は抜群。ルノー カングー ZEN 1.2 EDCのコクピット。シートは簡素だが機能は抜群。

まとめ

運転支援、先進安全システムの類はまったく搭載されておらず、ヘッドランプのハイ/ロー自動切換え機能すら持たないカングー。付いているのは横滑り防止装置、制動力配分アンチロックブレーキ、全周エアバッグくらいのものだ。カングーに乗っていると、今どきのクルマがいかにいろいろ面倒をみてくれているかを実感する。

クルマが積極的に安全を担保してくれることが当たり前となった現代において、万人におススメすることは到底できない。日本にもいずれ導入されるであろう第3世代カングーを待つか、世代の新しいライバル、シトロエン『ベルランゴ』/プジョー『リフター』を選ぶのが常道だ。

だが、クルマからのアシストなしに全部自力で運転することをいとわないという人にとっては、前時代の遺物ならではのこってりとした欧州車テイストは、今もって味わうだけの価値があると思う。コストに厳しい商用車として部品点数を減らすために前ドアのガラスを1枚としつつ、視界をできるだけ広げようとAピラーを前に出したことが生んだ愛嬌のあるスタイリングも、その魅力を失ってはいない。

ハイテク装備を一切持たない見返りとして、MTが254万6000円、EDCが264万7000円と、車両価格が安いというメリットもある。ちなみに筆者個人としては、ホールド機能を持つブレーキのおかげでほとんどATと変わらないくらい運転が楽なMTのほうがより好ましく感じられたことを付け加えておく。

ワインディングでのねっとりとしたロードホールディングは昔のヨーロッパ車らしさ満点だった。ワインディングでのねっとりとしたロードホールディングは昔のヨーロッパ車らしさ満点だった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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