【トップデザイナーが語る】新型『コンパス』が外装ではなく「インテリアを一新」した真意とは

ジープのインテリアデザインを統括するクリス・ベンジャミン氏
ジープのインテリアデザインを統括するクリス・ベンジャミン氏全 14 枚

今年6月にマイナーチェンジされたジープの新型『コンパス』。外観の変更を小幅にとどめた一方、インテリアは全面刷新だ。その狙いを、ジープのインテリアデザインを統括するクリス・ベンジャミン氏に聞いた。

ベンジャミン氏はデトロイトのCCSというデザインスクールを卒業し、ダイムラーやボルボを経て2013年に米国FCAに入社。主にインテリアデザインでキャリアを重ね、FCAがステランティスになった現在はジープをはじめ、ステランティスの北米ブランド全体のインテリアを統括している。

本題に入る前に、新型コンパスがエクステリアをあまり変えなかった理由を紹介していこう。

ジープ コンパス 新型のエクステリアジープ コンパス 新型のエクステリア
「従来のコンパスのエクステリアとインテリアを見たとき、エクステリアはジープのDNAの最も良いところを表現しているし、お客様の期待にも応えられている。それを大きく変える必要はないと考えたのです」

コンパスは2016年秋にフルチェンジして2代目となった。そのエクステリアは2013年の現行=5代目『チェロキー』のイメージを受け継ぐだけでなく、今にして思えば、チェロキーの19年のマイナーチェンジを先取りしたようにも見える。となれば小変更で当然。お馴染みの“7スロットグリル”の下に、横一文字のエアインテークを加えてワイド感を強調する程度にとどめたというわけだ。

新世代ジープのDNAを反映させる

新型コンパスの開発初期のアイデアスケッチ新型コンパスの開発初期のアイデアスケッチ
その一方、ベンジャミン氏は「インテリアにはもっと提供できるものがあると感じていた」という。「お客様は技術の進化に自分を合わせようとしている。しかし、クルマの技術が進化するにつれ、それがシンプルで使いやすいものになり得るのだということを、お客様に伝えたいと考えたのです」

「保守的ではないインテリアにしたい。素材の質感を高めたい。お客様から指摘されていた収納の小ささを解消したい。センターディスプレイは技術を進化させると共に、サイズに拡大したい」。新型のデザインを始めるにあたって重視した点をこう説明し、さらに次のように続けた。

「新世代ジープ・ファミリーのデザインDNAを見れば、インテリアにエキサイトメントを持ち込んでもよいはずだし、もっと広さ感を表現できるはずだと考えました。また、プロダクトデザインや建築のモダンなフォルムからも多くのインスピレーションを得て、スケッチを描いています」

彼のいう「新世代」とは、これから日本に導入される新型『グランドチェロキー』や新型『ワゴニア』を指すと考えてよいだろう。

ジープ グランドチェロキー 新型のインテリアジープ グランドチェロキー 新型のインテリア

いちばんの特徴はボルスター

新型コンパスの最終スケッチ新型コンパスの最終スケッチ
そして最終案のスケッチを示しながら、ベンジャミン氏は「新型のインテリアの美点と言えるのが、このスケッチで茶色に描いているインパネの“ミッドボルスター”です」

ボルスターとは“支えるもの”。シートのサイドサポートをそう呼ぶのは一般的だが、インパネにこの単語を使うのは珍しい。左右に伸びやかな形状であるだけでなく、前後方向に厚みを持たせた立体的で力強い断面。これがインパネ全体を支えるイメージとも言えそうだ。

「ミッドボルスターがインパネのワイド感を強調し、空間をよりオープンに感じさせている。そしてボルスターを下から取り囲むように、“ミドルウイング”と呼ぶ加飾があり、それがさらにエアベントを横切るクロームラインにつながっていきます。ファッショナブルで上質なボリュームをハイテク感のある要素で取り囲む。このコントラストによって、快適でモダンな空間を創出できると考えました」

従来型コンパスのインテリア従来型コンパスのインテリア
新旧比較すると、インテリアデザインの進化は一目瞭然だ。ベンジャミン氏がこう語る。

「従来のコンパスのインテリアは丸みを帯びた筋肉質的なフォルムであり、機能要素ごとに島状に括っていました。それに対して新型はシームレスな水平基調。すべての要素を非常にクリーンにひとまとめにしています」

「すべての要素がひとまとめになっていることが、このビューでよくわかると思う」とベンジャミン氏。「すべての要素がひとまとめになっていることが、このビューでよくわかると思う」とベンジャミン氏。
とはいえ、水平基調のインパネにワイドなベントグリルを埋め込み、センターに薄型ディスプレイを置くというのは、今や世界中のデザイナーがやっていること。新型コンパスも例外ではないが、その上でこのメガトレンドにどう対処し、個性を発揮しようと考えたのだろうか?

ベンジャミン氏は「もちろん私たちはデザイントレンドを注視していますし、何が起きているかを把握しています。ワイドなインパネや大きなフローティング・スクリーンだけで充分だとは思っていません」と告げ、こう続けた。

「私たちが重視しているのは、乗る人それぞれがインテリアにどうフィットするかということです。そのためにはインテリアのすべての要素が相乗効果を発揮しなくてはいけない。そして、乗る人が視線を動かしていくときに、安心感や落ち着きを感じられるということを大事にしました」

水平方向に視線を誘うデザインがドアまで続き、心地よいフィット感を生む。水平方向に視線を誘うデザインがドアまで続き、心地よいフィット感を生む。
今にして思えば従来型は、機能を括った”島”から”島”へと視線が飛び飛びになるようなデザインだった。新型は水平に広がるボルスターを軸にインパネ全体が構成されているので、視線移動がスムーズ。それが心地よいフィット感につながっているのだろう。

完成度を高める3つのポイント

ダイヤルスイッチのローレットとインパネ上面のパターンに共通性を持たせたのは、潜在意識に働きかけるハーモニーの表現。ダイヤルスイッチのローレットとインパネ上面のパターンに共通性を持たせたのは、潜在意識に働きかけるハーモニーの表現。
続いてベンジャミン氏は、デザインを熟成していく過程で重視したポイントを3つ挙げた。【精緻なクラフトマンシップ】、【機能性と快適さ】、そして【プレミアム・テクノロジー】だ。

「精緻なクラフトマンシップ」については、「すべての小さなパーツも、ひとつサーフェスも、上質感をもたらすように作り上げた。テクスチャーにも気を遣って、車内にいる人の潜在意識に働きかけるようなテクスチャーのハーモニーを作り上げています」とベンジャミン氏。

素材感の点で最も目を引くのは、やはりミッドボルスターだ。ファブリックまたはレザー(合皮)を張り込み、ステッチもしっかり施している。

写真のボルスターはレザー張り。見た目にもソフトなボルスターとベントグリルのクロームが、印象的なコントラストを演出する。写真のボルスターはレザー張り。見た目にもソフトなボルスターとベントグリルのクロームが、印象的なコントラストを演出する。
「他社では普通、ファブリックはシートにだけ使うものですが、私たちはファブリックシートのベースグレードでもインテリア全体に統一感を表現しようと考えました。シート表皮がファブリックなら、インパネにもファブリックを張る。シートがレザーなら、同じものをインパネにも使う。これは新型コンパスの個性であり、一歩進んだお洒落でもあると思っています」とベンジャミン氏。

センターコンソールの新旧比較(上が従来型)。収納の容量が新型は2倍以上になっている。センターコンソールの新旧比較(上が従来型)。収納の容量が新型は2倍以上になっている。

【機能性と快適さ】の例にベンジャミン氏が挙げたのはセンターコンソール。全体に高さを上げると共に、インパネに向けて斜めにせり上がったかたちになっている。

「これには2つの理由があります。ひとつは収納の容積を増やすこと。シフトレバーの前の小物入れとアームレスト下の収納を合計した容積は、従来型の2倍以上になっています」とベンジャミン氏。具体的に合計容積は2.8リットルから6.65リットルに増えた。

新型コンパスのコンソール。高さを上げてインパネとの一体感も表現した。新型コンパスのコンソール。高さを上げてインパネとの一体感も表現した。
「もうひとつは、ラグジュアリー感のためです。低いコンソールはチープに見えるでしょう? コンソールを高くすると包まれ感が出るし、前後方向の流れも見えて、高級な感覚になると考えました」

上級グレードのメーターは10.25インチのフルカラーTFT液晶。上級グレードのメーターは10.25インチのフルカラーTFT液晶。
そして【プレミアム・テクノロジー】を具現化するのが、大型の液晶ディスプレーだ。メーターには10.25インチ、センターディスプレーには10.1インチを採用している。「10.25インチのメーターには24種類もの画面があり、ステアリングの左側のスイッチでそれを簡単に選ぶことができます」とベンジャミン氏。「10.1インチのタッチスクリーンはクリーンでモダンな見栄えであると同時に、処理速度を従来の5倍に高めて瞬時にフィードバックを得られるようにしました」

テーマの明快さがモダンさと上質さをもたらす

フルカラー液晶のメーターは、新型コンパスのインテリアのモダンさを際立たせる要素。しかし、このデザインがモダンで上質で見えるもっと大きな要因は、テーマが明快に表現されていることだろう。それを象徴的に示すのが、ボルスターだ。

注目したいのは、ミッドボルスターが運転席側の端末まで延びてきていること。インパネの中段にファブリックやレザーを張り込むこと自体は、今や珍しくはない。しかし、たいがい助手席側からセンターまでだ。そこから運転席側に延ばしたくても、コラム周りの操作スペースを確保するために大きくえぐられてしまったり、メーターのスペースに邪魔されて同じ高さで延ばせなかったり…。

レイアウト要件をしっかり理解した上でデザインしないと、インパネの端から端までミッドボルスターが貫通するという明快なテーマは実現しない。なんと巧みなデザインだろう! インパネの運転席側は、オーナーがドアを開けるたびに目にするところ。そこにステッチを施したファブリックもしくはレザー張りのボルスターがあり、ベントグリルのクロームがきらりと輝く。これは嬉しいことだと思う。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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