ペット用の義足・装具という選択肢…飼い主の笑顔と動物の幸せのために[インタビュー]

肩の装具(ブレース)を着けた筆者の愛犬
肩の装具(ブレース)を着けた筆者の愛犬全 23 枚

獣医療や生活環境の充実により、ペットの寿命が延びている。長生きになったのは喜ばしいが、歳をとれば身体的なトラブルも増える。人間同様、足腰が弱ったり痛みが生じたりする場合もあるだろう。

若い犬でも、超小型犬ブームによって関節などに疾患を抱える傾向がある。筆者の愛犬も、肩の関節に痛みを生じる「肩関節不安定症」を子犬時代に発症した。その治療に役立ったのが肩に着ける装具(ブレース)だった。

ペット用の各種装具や義足の開発・製造を行う会社が東京都町田市にある。東洋装具医療器具製作所の代表、島田旭緒(あきお)義肢装具士*にペット用の装具について聞いた。

治療用と機能補助用に分けられる装具

----:こちらで作っている製品をご紹介ください。

島田旭緒氏(以下敬称略)義肢は、脚を切断した後に着ける義足です。長さを補ったり、歩くのを補助したりします。装具には大きく分けると2種類あります。治療のためのものと、機能的な補助をするものです。

----:義足はイメージが沸きますが、装具についてもう少し教えてください。

島田:治療用の装具としては、例えば犬が腰を痛めた時に固定するものがあります。(獣医療の)教科書的な治療方法は、キャリーケースに入れて腰を動かさないようにするものです。でも、嫌がって暴れることで悪化することがあります。飼い主さんも、愛犬が「クンクン」言うと出してしまうことが多いようです。歩きにくくはなりますが、ケージに入れず腰を固定して部屋の中で管理する方が治療には有効だと思います。

----:人間のコルセットと同じですか?

島田:同じです。人間もぎっくり腰やへルニアになったら、コルセットを着けて安静にします。犬も同じなんです。固定してしまうのはかわいそうですが、治療のために仕方ありません。2か月くらいは安静にしなければなりませんが、薬を飲んで一時的に痛みがなくなると動いてしまうので、固定する必要があります。

----:機能的な補助をするというのはどんな装具ですか?

島田:歳をとると筋力が低下し、前脚が体を支えられずに転倒するワンちゃんがいます。症状が重い場合は、両前脚が外側に開ききって立ち上がれないこともあります。

そんな場合は肩が開き過ぎないよう、外側への可動域を制限して立つことや歩くことを補助する装具「ショルダーブレース」を使います。

1つ1つの症例に応じて作りこむ難しさ

----:肩と腰以外に使用する装具もありますか?

島田:たくさんあります。多いのは、かかとや膝など脚に着ける装具です。下あごを骨折した時の補助や、ガンで頭の骨を取った場合の保護用装具もあります。形や目的は病気によって全然違いますが、ほぼ全身に対応します。

----:「何でも来い!」という感じですね。

島田:いえいえ、難しいんですよ。一見すると似たような製品をたくさん作ってきましたが、1つ1つ違うのですぐにはうまくいかないこともあります。ずれたり、思うような動きにならなかったり、角度に問題があったり…。調整して作りこんでいくので、簡単ではありません。

例えば、足先用の装具も同じように見えて違う物です。後ろ脚が麻痺している状態では、床や地面につま先や足の甲を擦ってしまうので、靴のように完全に足を覆うものを使います。

一方、手根(かかと部分の関節)に着ける装具は足先が出るようになっています。これは、関節が伸び過ぎてつま先を擦って歩いてしまう場合に使います。足首を正常な範囲に保持しながら歩行を補助します。ある程度の強度が必要ですし、地面の感触が足の裏に伝わるよう足先が出るようになっています。

----:個体ごとだけでなく、症状1つ1つに合わせて違うものを作らなければならないわけですね。

島田:病気が、いつから、どういう経緯をたどってきたかも重要です。メールや電話も含め、獣医さんとは細かくやり取りします。装具だけではダメな場合もあり、手術と合わせて動物病院と一緒に治療にあたります。

----:病気の経緯なども重要なのですか?

島田:(ペットの装具は)まだ教科書的にまとまっていません。「この時はこれ」といった明確なガイドラインがなく、獣医さんにも判断が難しいので色々な情報が必要です。例えば膝蓋骨脱臼**には装具が有効なケースもあります。でも1~4まですべてのグレードで適応なわけではなく、「3と4の間の "この状態" の時に使える」など、限定されています。

また、私の経験上「こういうのが良いだろう」と思って作ってもうまくいかないこともあります。病歴なども含め、できるだけ多くの情報を基に獣医さんと相談する場合もあります。

関節疾患が多いのはトイプードル

----:多い症例は?

島田:(トイ)プードルの肩の不安定症がすごく多いです。プレートを入れて関節を固定する手術が必要な場合もあります。(飼い主さんが)そこまでしたくない場合は装具を使います。ただ、どの段階でどういったものを使用するかが重要です。

----:トイプードルは膝蓋骨脱臼が有名ですが、肩のトラブルも多いのですか?

島田:多いです。プードルは脊椎疾患も多いようです。胴長のダックスやコーギーに次いで多いのがプードルだと聞いています。

やりがいは飼い主さんの笑顔

----:お仕事をする上で、大切にしていることは?

島田:「治療」ですから、(獣医さんから)連絡が来たら、まず迅速に対応します。うまくいかない場合は、時間をかけてでも最後までちゃんとやることが大切です。何度もやり直すと、飼い主さんから苦情が出ることもあります。治療はいつも上手くいくわけではありませんが、最後までキチンと対応するのが重要です。

私は(人間の)義肢装具士なので、「人でやっている治療を動物にもやれるか」というトコロを追求しています。お金がなければできませんが、お金のためにやってないというのが重要なのかなと思います(笑)

----:大変なお仕事だと思いますが、なぜ続けておられるのですか?

島田:動物を歩かせることで、飼い主さんに喜んでもらえるのが嬉しいからです。だから、「物を売る仕事」ではなく、病気と向き合って獣医さんや飼い主さんと一緒に治療に取り組む仕事だと考えています。効果的だと判断すれば、ゴムひもなどの市販品を使った対処法の提案だけで出張から帰ってくることもあります。

装具づくりにはつながりませんでしたが、飼い主さんから「お散歩できる距離が2~3倍になりました!」と喜んでいただけました。そんなこともあります。

----:やりがいは飼い主さんの笑顔ですね。

島田:「よく歩けるようになりました」と言っていただいたり、お手紙が届いたりした時は嬉しいですね。先日も、亡くなったワンちゃんの飼い主さんから「おかげで楽に生活できました」と連絡をいただきました。「ありがとう」と言ってもらえる仕事って、そんなにないと思います。

より多くの動物のQOL向上に

----:今後のビジョンは?

島田:これまでのデータや経験をもとに、「既製品」を始めました。開業当時は膝の装具は作れないと思っていましたが、今は既製品があります。ニーズも高いので、そうしたバリエーションを増やしていこうと思います。多くの動物に安く使ってもらえるようにして、生活の質向上の役に立ちたいと思います。

----:最後に、飼い主さんに一言お願いします。

島田:最終的には物として届きますが、装具の使用は治療行為の一環です。「物を買う」というより、「治療を受けている」と考えて欲しいと思います。あと、すぐ外しちゃう飼い主さんがいますが(笑)、慣れるまで1週間くらいはかかるので根気よく着けてください。お気持ちは分かりますが…。

----:それが結局、その子のためですよね。

島田:そうです。治療なので、我慢してください。


東洋装具医療機器製作所の思いは、「人でやっている治療を動物にもやれるかを追求」という島田氏のコメントに集約されるだろう。プロフェッショナルとしてのこだわりとともに、自分自身への挑戦のようなものが感じられた。その一方、装具の色が選べたり、動物用に小さくデザインした迷彩柄を用意したりするなど、機能一辺倒でないところにも配慮も垣間見える。「治療なんです」とは言うが、飼い主へのこうした心遣いも忘れないところに、この会社のペットと飼い主を尊重する姿勢が現れていると言えるだろう。

なお、子犬時代に肩関節不安定症で前脚に痛みを生じていた筆者の愛犬は、6か月の装具生活を経て寛解。現在までの4年間、毎日元気に走り回っている。

ショルダーブレースを含め同社の装具は、基本的に1頭1頭の状態に応じてオーダーメイドされる。体の正確な計測も必要なため、獣医師の診断が必要。

島田旭緒(あきお):
義肢装具士として人間用の義足や義手、各種装具の制作や身体への適合の仕事に携わった経験を、動物の治療にも活かしたいと考え独立。2007年に東洋装具医療器具製作所を設立。お宅にはトイプードルと2頭のダックスフント、猫1匹がいる。


* 義肢装具士:義肢装具士法によって、「医師の指示の下に、義肢及び装具の装着部位の採型並びに義肢及び装具の製作及び身体への適合を行うことを業とする者」と定められている国家資格
** 膝蓋骨脱臼:膝の「お皿」がずれてしまう症状で、重症度によってグレード1~4までに分類されることが多い。重症の場合、手術が必要となる。一般にパテラと呼ばれ、トイプードルやチワワなど(超)小型犬種に多発している。

飼い主の笑顔と動物の幸せのために…ペット用の義足・装具という選択肢[インタビュー]

《石川徹》

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