卒業制作のレベルを超えた? 学生4人が作ったリアルな超小型モビリティ『EVE』

富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作で作ったEVコンセプトカー『EVE』
富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作で作ったEVコンセプトカー『EVE』全 16 枚

富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作でEVのコンセプトカーを作った。その名も『EVE』=前夜。未来のモビリティの前夜に向けて、若い感性は何を提案したのだろうか? 

本当に欲しいものをリアルに作る

富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作で作ったEVコンセプトカー『EVE』富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作で作ったEVコンセプトカー『EVE』

『EVE』はクレイモデルでもモックアップでもなく、走行可能なプロトタイプだ。ライトも点灯するし、バックモニターも作動する。大学の卒業制作で取り組むには、大きすぎるプロジェクトにも思えるが…。

「ゼミ所属の4人の学生が自動車メーカーに就職することになったので、彼らに『クルマを作ってみない?』と焚き付けた」と語るのは、指導教官の内田和美教授。「若い彼らが本当に欲しいクルマを考えたら、どんなものになるのか? そこに私自身、興味があったんです」

内田教授はフォルクスワーゲンやポルシェなどでデザイナーを務め、帰国してフリーランスのデザイナーとして活躍。2013年から富山大学でプロダクトデザイン/トランスポートデザインの研究と教育にあたっている。

『EVE』は3月初旬、富山県小矢部市の三井アウトレットパーク北陸小矢部で一般公開された『EVE』は3月初旬、富山県小矢部市の三井アウトレットパーク北陸小矢部で一般公開された

4人の学生はそれぞれの就職先で、林原穂高さんと山田香菜さんがモデラー、山上桃さんがUX/UIデザイナー、吉田陽菜さんがCMFデザイナーになることが決まっている(CMF=カラー・マテリアル&フィニッシュ)。専門分野が異なるので、分業が可能。山田さんがインテリアに手を挙げて、林原さんがエクステリア、山田さんがインテリア、山上さんがUX/UI、吉田さんがCMFという分担が決まった。

4人がチームワークを保ちながら作業を分担。「本当にできるのか? 気持ちを奮い立たせ、信じ続けるしかなかった」と林原さんは振り返る。『EVE』の完成度の高さは、まさに彼らの努力の結晶だ。

五感を刺激する新しい乗り物

昨年4月の写真。左から林原さん、山上さん、内田教授、吉田さん、山田さん。昨年4月の写真。左から林原さん、山上さん、内田教授、吉田さん、山田さん。

具体的な作業はベース車両の手配から始まった。選んだのは電動コミューターのルノー『トゥイジー』。なんとか中古車を探し出し、4人で共同購入した。そのサイドウインドウのないセミオープン感覚が彼らの若い感性を触発したようだ。

「バイクのような爽やかさと、クルマのような安定した乗り心地の両方の要素を持つ、新しいクルマを目指しました」と山田香菜さん。

「車内と車外の区切りが曖昧。外の空気を取り入れ、自然を肌で感じながら爽快に走り抜けていくことをイメージしました」と林原穂高さん。

『EVE』のコンセプトは、「五感を刺激する超小型モビリティ」。4人でアイデアを練り、スケッチを描き、議論を重ねながら開発を進めていった。

本物の美しさと浮遊する軽やかさ

外装や骨格をすべて取り外し、新たにデザインしたアルミのフレームや樹脂パーツを取り付けた外装や骨格をすべて取り外し、新たにデザインしたアルミのフレームや樹脂パーツを取り付けた

トゥイジーのボディパネルやそれを支える骨格をすべて取り外し、ランニングシャシーの状態にストリップダウン。そこに新たにデザインしたアルミのフレームを組み、シャシーやホイールを樹脂でカバーしたというのが『EVE』の基本構造だ。

「ボディパネルで構造を覆うのではなく、構造を見せたい。アルミで構造を作って、その本物の美しさを隠さず見せることで五感を刺激しようと考えました」と林原さん。

アルミフレームは林原さんがCADソフトを使ってデザイン・設計し、富山大学工学部の工房でNC切削。さらに専門業者にアルマイト処理してもらった。

「ボディパネルで構造を覆うのではなく、構造を見せたい」「ボディパネルで構造を覆うのではなく、構造を見せたい」

軽量高剛性のアルミ骨格を活かして、キャビン側面はほぼ丸ごと開口部。そこに大小一対の菱形のドアのようなものが取り付けられている。リヤ側の菱形が後ろヒンジで跳ね上がるドアで、フロント側は固定だ。どちらも切削のアルミフレームに、楽器の弦のように細い鋼線を張っている。

あえて面を作らず、線を張ることで生まれる軽やかなデザイン。それはシートも同じだ。ステンレスパイプをNC曲げ加工したシートフレームに、こちらは釣り糸を張った。「インテリアのテーマは“浮遊”」と山田香菜さん。「時間や場面によるドライブ体験の変化をよりリアルに感じられるように、周囲の環境に溶け込むようなインテリアを目指しました」

生活に寄り添う生き物のようなクルマ

左がハープ。イルミネーションの光源はシート下とフロントカウル内に仕込まれ、共に蛍のように明滅する。左がハープ。イルミネーションの光源はシート下とフロントカウル内に仕込まれ、共に蛍のように明滅する。

フロント側の固定の菱形は小型ハープでもある。そこに張られている鋼線は、実は弦なのだ。「それを弾いて音楽を奏でることで、クルマとの一体感を感じてほしい」とUX/UI担当の山上桃さん。この弦で車内イルミネーションをコントロールすることもできるし、弦の近くに設置した近接センサーが人を感知するとイルミネーションが蛍のように明滅する。

イルミネーションのプログラムを書き、それを動かす回路を作り、内田教授から“ハンダ女子”と言われるまでになった山上さん。「クルマが生きているような感覚を生み出しました。いつも考えているのは、クルマに魂を込めたい。ただの乗り物ではなく、生涯のパートナーとして寄り添ってくれるような存在になってほしい」。そんな想いを具現化したのがハープの実装であり、蛍のようなイルミネーションというわけだ。

朝日をイメージしたブルーのグラデーション朝日をイメージしたブルーのグラデーション

ルーフは取り外し可能なファブリック張り。ドアにも鋼線の上からファブリックを張ることができる。

「朝日をイメージして、インクジェットプリンターでブルーのグラデーションに染色しました。もうひとつこだわったのが変化できることです」とCMF担当の吉田陽菜さん。「ユーザーがその日の気分やその日にする行動に合わせてファブリックを取り替える。それによってクルマが変化していきます」

長く付き合えるパートナー

山上さんの「生涯のパートナー」という言葉にあるように、ロングライフは学生たちの共通の想いだ。吉田さんは、「ディーラーでクルマを買うというだけでなく、自分でカスタマイズできたり、壊れても自分で修理できたり…というのが自動車の未来になっていくと思っています」

シャシーやホイールを包む樹脂パーツは、3Dプリンターで出力したもの。卒業制作という一点物だから3Dプリンターを使ったわけではない。林原さんがこう語る。

「今後は3Dプリンターが普及していくはず。ユーザーが自宅の3Dプリンターで、あるいは近所の出力センターで、自分でデザインしたパーツを3Dプリントして、それを自分のクルマに組み付ける。そんな提案も込めて、3Dプリンターを多用しました」

樹脂パーツは、3Dプリンターで出力した。樹脂パーツは、3Dプリンターで出力した。

ドアとルーフに張るファブリックは撥水加工、ハープ部分をカバーするファブリックには抗菌加工を施した。「CMFの“F”にはファンクションの意味も込めた」と吉田さん。

抗菌加工には信州セラミックスという企業が持つ“アースプラス”という技術を採用。「その加工によって、ファブリックが空気を浄化する。行く先々で安心安全にアクティビティを楽しめるようにした」と吉田陽菜さん。安心安全があってこそのロングライフなのだ。

大いなる未来へ

富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作で作ったEVコンセプトカー『EVE』富山大学芸術文化学部の4人の学生が、卒業制作で作ったEVコンセプトカー『EVE』

『EVE』は3月初旬、富山県小矢部市の三井アウトレットパーク北陸小矢部で一般公開された。

そこに掲示されていたパネルのひとつに、こんなメッセージが書かれていた。「時代の流れと共に柔軟に、だけど自分という強い軸を持って、バーチャルな世界に閉じこもらず、ダイレクトな刺激を受けながら、力強く生きていく」

これは「五感を刺激する」という『EVE』のコンセプトに込めた想いであると同時に、今年4月からデザイン現場のプロになる彼らの大いなる抱負でもあると受け止めたい。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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