今回の取材は、ホテル業界初導入となるフライトシミュレーター「SKY Experience」と全長約13mのキャビンモックアップを導入したシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル(千葉県浦安市)の取り組みだ。
スカイアートジャパン社が運営するこれらの施設と合わせて特別な宿泊プランを提供する。オープン初日のプレス向け体験会に参加してきた。

「SKY Experience」とは
東京ディズニーリゾートオフィシャルホテルであるシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルは、「海外への旅行がまだまだ難しい中、非日常感あふれるリゾートでの滞在を今まで以上に楽しんでいただきたい」という想いから、フライトシミュレーターの導入に至った。フライトシミュレーターとキャビンモックアップの両方をホテル内に導入されるのは世界初(シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル調べ)だ。また、オープンを記念して、滞在中に「SKY Experience」を利用できる宿泊プラン「Fly with Sheratonフライトシミュレーター体験宿泊プラン」を販売する。
フライトシミュレーターとキャビンモックアップを提供するのは、2016年から民間でフライトシミュレーターの導入実績のあるスカイアートジャパンだ。今回の「SKY Experience」では、ボーイング737型機のコックピットで操縦体験ができるフライトシミュレーターと、マクドネル・ダグラスMD-90型のキャビンを再現したモックアップが楽しめる。
本格フライトシミュレーター体験
シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルへは、東京から舞浜まで電車で行き、そこからモノレールで移動する。夏休みがはじまったばかりで観光客も多く、とても陽射しが強かった。ホテルは、モノレールの駅から徒歩でも移動ができるが、暑すぎたのでシャトルバスを使った。

ホテルに着くと、全長13mもあるキャビンモックアップが設置されている会場に案内され、ユニフォーム姿の担当者がお出迎えしてくれる。ブリーフィングと称して設備の説明を受け、すぐにボーイング737型機を再現したコックピットに入った。

操縦体験ができるフライトシミュレーターでは、本物のスイッチ類や操縦桿が実物大として搭載されている。視界を覆うくらいあるスイッチの多さにまず驚く。さらに、モニターに映し出される画面(ソフトウェアや音など)もボーイング社と同じものを使用している、とインストラクターは説明する。今回の体験では、実際に操縦士技能証明の資格をもったインストラクターがコックピットに一緒に乗り、操縦桿を握る。コパイロット(副操縦士)さながらの臨場感に高揚する。

そのコックピットで、世界約4万5000の空港から好きな飛行ルートと飛行時間を選べるため、今回はホノルル空港を指定した。音も臨場感あるサウンドで、飛行中のノイズやエンジン音、管制塔からのアナウンスなども流れており、かなりリアリティがある。操縦桿を傾けると、本当に機体が傾いたように再現された背景と合わせて動く。ハプティックや重力こそないが、「FLAP」を上げたり、スイッチを入れて操縦する様は本格的なフライトを疑似体験しているようで面白い。飛行中に、特別に自動操縦モードにしていただき、機体を水平に保つ難しさも感じることができた。背景がリアルなCGで再現されているため、通常では飛行できない高度での飛行も楽しめる。ハワイにしたのでダイヤモンドヘッド近くまで飛行できた。

着陸には、ラダーペダルで調節するなどこちらもリアルな動作が体験できる。滑走路の中心に止めることが難しいことも実感。取材は日中に訪れたが、夜間だとコックプットの窓から見える背景も夜景に変えることが可能で、キャビンの照明なども暗くして夜間飛行を体験することもできるそうだ。

全長約13mのキャビンモックアップ
コックピットとあわせ、マクドネル・ダグラスMD-90型の客室空間を再現したキャビンには、旧政府専用機(ボーイング747型機)と同じタイプの座席やカーペットなどが設置されている。国内線に多く乗ることが多い筆者からすると、こうした海外仕様の現物を見られるだけでも楽しめる。ブルーを基調にしたカラーリングや少し四角いエッジの座席クッション、座席にあるリモートコントローラーなども本物と同じなので、座るだけでも臨場感を楽しむことができる。コックピット付近には、ロッカーやトイレなども再現されているこだわりようだ。

さらに、パイロット気分を味わえる「パイロット制服レンタル」も用意されているので、シャツや肩章、ネクタイを借りて記念撮影をすることができる。キャビンを出ると、さまざまなグッズなども販売しており、キャビン内で使用されるカートや、座席シートなども購入することができるそうだ。ちなみに、施設出入口付近にあるエンジン部分を改造した受付台も購入可能だという。

エンターテインメントを総合的に楽しんでもらう
シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルは、海外旅行がまだまだ現実的ではないなか、ホテルに滞在したお客さんに海外旅行気分を味わってもらえるエンターテインメント体験を増やしていきたい考えだ。
ホテル近くには、キッズランドやキッズ向けゴルフなどのエンタメ施設も隣接している。そのため家族連れが多いこともあるが、「今は夏休みということもあり、子どもの自由研究のテーマにしていただくことや、将来のパイロットを目指す学生にも疑似体験していただきたい」とマーケティングコミュニケーション・スーパーバイザーの森啓示氏は話す。
フライトシミュレーターだけであれば、都内の別の場所でも体験することはできるが、今回のような大型のキャビンと合わせた施設は国内ではまだ例はない。また、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルではこれまで航空ファン向けの取り組みは特別にはしてこなかった背景もあり、今回も航空ファンだけを狙った取り組みではないと森氏は言う。
アフターコロナも見据えて、今後海外旅行が増えていくことも予想できるが、国内にいながらにして、海外旅行や非日常体験ができる場を提供するシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルは、コアな航空ファンだけに限らず、家族連れにももっと楽しんでもらいたい、という総合的なエンターテインメントを志向している。

非日常体験をさらに楽しむには
取材当初、航空ファン向けのマニアックな施設と見ることもできたが、取材を通してみると、家族連れや友達同士での非日常体験のひとつを提供しているのだとわかる。
昨今、観光事業においては目的施設を開発するような取り組みが多く見られるが、単にホテルに来ればいいということではなく、ホテルの中に目的や体験を追加していく取り組みは、ホテルならではのアプローチだといえる。これまで接点がなかったお客さんにも「そこに行ってみたい」と思える機会を提供し、非日常体験をより豊かにすることで新たな行動喚起を促している。
印象的だったのは、一大テーマパーク敷地内にあるだけに、ホテルに向かう途中にもエンターテインメントが溢れていることだ。今回の施設だけが非日常ということではなく、ホテルを含めたそのエリア一帯が非日常でもあり、「行ってみたい」と思ってからホテルに到着するまでにすでに非日常体験に浸っている。
一方、お土産などでの「ついで買い」のようにホテル来訪時にフラッと立ち寄ることは難しいと感じる。滞在者に知ってもらうことはもちろんだが、東京駅からホテルに着くまでにも、気軽に家族や友達どうしが立ち寄れるようなイベントと合わせて訴求するなどが考えられる。ハワイフェアなど他国とのコラボレーション企画もあると聞いたので、そのときにはホノルル空港行きのフライトシミュレーターを誰でも参加できるようにするクーポンを配るなど、連動した取り組みにしていくこともできそうだ。
非日常体験をさらに楽しむ取り組みを提供する、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルの取り組みに今後も注目していきたい。
3つ星評価
エリアの大きさ★☆☆
サービスの浸透★☆☆
利用者の評価★★☆
事業者の関わり★★☆
将来性★★☆
坂本貴史(さかもと・たかし)
株式会社ドッツ/スマートモビリティ事業推進室室長
グラフィックデザイナー出身。
2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。UXデザインの分野でも講師や執筆などがあり、2017年から日産自動車株式会社に参画。先行開発の電気自動車(EV)におけるデジタルコックピットのHMIデザインおよび車載アプリのPOCやUXリサーチに従事。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaaS事業を推進。