水平対向エンジンが空を飛ぶ、無人ヘリでの「森のデジタル化」がめざすもの

森林計測サービス「RINTO」で活用されるヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプター
森林計測サービス「RINTO」で活用されるヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプター全 33 枚

ヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプターを活用した「森林計測サービス」が、にわかに注目されている。自動航行、そして高精度な計測能力を活かし「山林を見える化」することで、林業の活性化や山林の保全、防災・減災に貢献することをめざす。

実際にヤマハの森林計測を活用する静岡県小山町の山林で1月31日、産業用無人ヘリコプター(以下、無人ヘリ)によるデモンストレーションがおこなわれた。

◆水平対向エンジン搭載の無人ヘリで森林を計測する

ヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプターによる森林計測サービス「RINTO」ヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプターによる森林計測サービス「RINTO」

ヤマハ発動機は無人ヘリについては30年以上の歴史をもつ。農薬散布を主用途としておよそ2800機が現在も稼働しており、農業従事者の減少、農作物の低コスト化という課題に向け今後もさらなる期待が寄せられている。ヤマハの無人ヘリ『FAZER R』は、390ccの4ストローク水平対向エンジンを搭載し、約100分の飛行が可能。作業能力としては1日あたり20ha以上だという。ドローンとの違いは大きなローターとエンジンだ。大きなローターは一定の高度での安定した航行を可能とし、ガソリンを燃料とするエンジンを搭載することで十分な航続を得る。そして自動航行、衛星通信を利用した遠隔操作が可能な点が最大の特徴だ。

農薬散布以外にも、離島や被災地への物資運搬にも活用されている。1月に起こった能登半島地震でも、自動車が入れない地域への支援物資運搬に導入され活躍しているという。

この無人ヘリを活用し、ヤマハが長期ビジョンとして掲げる「人はもっと幸せになれる」の元、「ヤマハらしい社会貢献」を形にしたのが森林計測サービス。2019年にサービスを開始し、多くの自治体や民間企業で活用されている。現在はサービス名を「RINTO(リント)」と名付け「日本の森をより良くする」ために活動をおこなっている。RINTOには「森林の価値を高め未来につなげる」という思いから、「林と」「輪と」「凛と」といった意味が込められた。

ヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプターによる森林計測サービス「RINTO」ヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプターによる森林計測サービス「RINTO」

RINTOは無人ヘリを販売するのではなく、計測業務と分析~レポートまでを一括しておこなうのが特徴だ。従来は計測結果をレポートにまとめデータを納品するという形だったが、民間企業や自治体では十分にその精緻なデータを活用しきれないことが多かった。これを「見える化」だけでなく直感的に、かつ標準的なPC環境でも計測データを利活用・共有できるようなアプリケーションとして提供する。「マウス操作だけで、木々一本一本の種類や樹高、幹の直径、運搬経路まで簡単に見ることができる」とヤマハは説明する。

サービス開始の背景には、日本の林業と、山林の現状がある。日本の木材の価値は現在、海外からの輸入木材に押されて最盛期の3分の1ほどまで下がっているという(2022年調べ)。人材不足や伐採~製材にかかるコストを十分に回収できる状況になく、また個人で相続した山林の所有範囲がわからず放置されてしまうことも多いとか。人の手が入らない山林は土壌が弱り、昨今問題になっている山崩れや地滑りなどの災害にもつながる。だからこそ山林や樹木の現状を正確に知ることで、森を守り環境保全にも貢献できる。

森林計測用にカスタムされた無人ヘリは高解像度LiDARを搭載し樹頂点(木々の一番高いところ)から30~50mの上空より1秒間に75万回のレーザーを照射。精緻な3次元デジタルデータ化が可能となる。森林計測では小型飛行機やドローンなどが活用されることもあるが、ヤマハの無人ヘリの最大メリットは「長時間、ゆっくり、低く跳べること」だという。ドローンなどと比べると機体やプロペラが大きいため横風に強く、ゆっくり安定して飛行できるほか、小型飛行機のように真上からではなく低い位置から“斜め”にレーザーを照射できることで超高密度に木々や地形を計測できる。これにより直接「幹」を見ることができるというわけだ。

産業用無人ヘリコプターに取り付けられた高解像度LiDAR産業用無人ヘリコプターに取り付けられた高解像度LiDAR

◆「森のデジタル化は産声をあげたばかり」

昨年度、RINTOによる計測をおこなった静岡県小山町は、富士山のふもとにあり総面積の約67%を森林が占める。森林面積9000ha(ヘクタール)のうち3000haが国有で、残りは民有だという。この民有の中で町への委託管理希望を募り、本格的な管理、計測に乗り出している。森林計測は従来、人力で山に入りおこなっていたが、数人がかりで1日1haの計測が限度だった。「この調子で全ての森林を計測すると、1000人単位を投入しても数年かかる」という。そこでRINTOを導入し、まずは約1週間で50haの計測をおこなった。「時間と手間を大きく省くことができる」として、次年度も導入を計画している。費用はおよそ500万円。

計測には1機の無人ヘリに対し、最低2人のパイロットが同行する。離発着地点から手動で操縦し、計測エリアまで誘導するパイロットと、計測地域を俯瞰し自動操縦が正常におこなわれているかを監視するパイロットだ。離発着地点と計測エリアが離れてしまうような山深い場所では、人員を増やし対応するが、それでも少人数で実施できるメリットは大きい。

デモンストレーションでは、エンジンを掛け離陸する様子、自動航行のためのキャリブレーションを空中でおこなう様子、空中で一定の高度と位置を保ちながらホバリングする様子、自動航行によりあらかじめ決められたコースである森林上空を行き来する様子などが見られた。ちなみに無人ヘリの操作は、一般的なラジコンヘリよりも「はるかに簡単」だという。これは大型のプロペラにより機体が常に安定していることや、機体が大きいためどちらを向いているか、どのあたりを飛んでいるかを把握しやすいためだ。操作には市販のゲーム機のコントローラーが使用されていた点も興味深い。

ヤマハ発動機で森林計測ビジネスをとりまとめる加藤薫さんヤマハ発動機で森林計測ビジネスをとりまとめる加藤薫さん

ヤマハ発動機で森林計測ビジネスをとりまとめる加藤薫さんは、「森のデジタル化はまだまだ産声をあげたばかり」としながらも今後の可能性について語る。

「小山町さんをはじめ、市や町の林政、森林の事業体が活用しはじめた段階。普及期だと思っている。今朝も三重県からの見学を受け入れていたが、こうした技術を見ていただいて、皆さんにとって有用であることをまずは広げていく。次にカーボンクレジット。自治体や森林を所有されている方々に向けて、森林由来のカーボンクレジットの算定にも我々のデータを使うことができる。あとは防災、減災。山の状態を知ることによって、土砂災害が起きやすいか否か、ということを知るひとつの指標としてデータを提供できる。また、具体的にどうやって活用するかというところまでは見えていないが、生物多様性の話とかにも今後、こうした詳しい森の情報というものが活きてくると思っている」

《宮崎壮人》

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