AI整備見積りシステムとは? TM新大阪が23店舗に導入

作業負荷軽減を目的にTM新大阪がAI整備見積りシステムを23店舗へ導入… TM新大阪の協力を得てTMP大阪支社とギックスが開発したAI整備見積りシステムとは?
作業負荷軽減を目的にTM新大阪がAI整備見積りシステムを23店舗へ導入… TM新大阪の協力を得てTMP大阪支社とギックスが開発したAI整備見積りシステムとは?全 5 枚

自動ブレーキをはじめとする先進安全運転支援システム(ADAS)の搭載など、クルマの進化にともなう法改正により、整備事業者は電子制御装置整備に加え、法令違反を起こさないためのコンプライアンス遵守が強く求められている。だが、実際の現場環境は課題が多い。社員のスキルアップや人材採用、最新設備の導入などに必要な費用の捻出は難しく、人材不足の深刻化で業務負荷が高まり続けている状況がある。

そのような背景の中、今年4月8日に気になるリリースが発表された。トヨタモビリティパーツ株式会社(名古屋市・榊󠄀原弘隆代表取締役社長)と、株式会社ギックス(東京都港区・網野知博代表取締役CEO)は「AI整備見積りシステム」を共同開発し、同システムを3月1日からトヨタモビリティ新大阪株式会社(大阪市淀川区・久保行央代表取締役)に提供開始した。

今年4月8日、トヨタモビリティパーツ株式会社と株式会社ギックスの連名で発表されたプレスリリース

「AI整備見積りシステム」とは?

リリースには、自動車ディーラーや整備工場向けに提供する、AIによる車の部品交換・整備予測支援システムとある。AIが整備内容を診断して整備の必要有無について推奨度を算出した「AI診断書」を作成し、入庫前の顧客に整備内容の提案と概算見積りの提示が可能、AI診断書をもとに実作業計画の改善を図ることで、入庫後の整備作業の負荷削減を実現できると記されていた。

従来の整備見積りシステムと比較したときに、「AI整備見積りシステム」の導入によるDXで得られるメリットは具体的にどういった点なのだろうか?

「AI整備見積りシステム」開発メンバーに取材

提供開始から約5ヶ月経過した8月上旬。同システムの開発背景や特徴、導入店舗スタッフの声、今後の展開について、開発メンバーへの取材が実現。トヨタモビリティパーツ株式会社大阪支社の松山智亮部長(新事業推進部)と水谷友昭担当課長(新事業推進部)、株式会社ギックスの大慶哲也Division Leader(データインフォームド事業本部)、トヨタモビリティ新大阪株式会社の新宮順二理事(サービス本部 部長)、同社の南高槻店 佐々木圭一副店長の5名から詳しい話を聞くことができた。

左から、株式会社ギックス 大慶哲也Division Leader(データインフォームド事業本部)、トヨタモビリティパーツ株式会社大阪支社 水谷友昭担当課長(新事業推進部)、松山智亮部長(新事業推進部)、トヨタモビリティ新大阪株式会社 新宮順二理事(サービス本部 部長)、南高槻店佐々木圭一副店長

新規事業の模索、AI解析による最適な部用品配送

AI整備見積りシステムの開発は、トヨタモビリティパーツ大阪支社(TMP大阪支社)の発案により、今から4年前の2020年からスタート。同社は大阪エリアで新車・中古車販売店、整備・鈑金塗装工場、カー用品店(トヨタモビリティパーツ運営のカー用品量販店「ジェームス」)、地域部品商といった幅広い自動車アフターマーケット事業者にトヨタ純正部品や各種自動車関連用品の販売供給を行っている。

システム開発のきっかけを尋ねたところ、TMP大阪支社の松山智亮部長と水谷友昭担当課長は、背景として自社の先行きについて言及した。車両保有台数は将来的に減少が予想され、ハイブリッド車をはじめEVなど新型車は交換部品が少ないため部用品販売に変わる新規事業を模索する中で、AI活用に着目。適切なタイミングでトヨタ系列販売店や整備事業者に部用品を届けられるAI解析システムの実現可能性を探るところから始まったという。

TMP大阪支社は、データ基盤・AI開発において株式会社ギックスをパートナーに選んだ。ギックスの大慶哲也氏は自社について、戦略コンサルタントとデータ解析によるツールの研究開発が得意な “データインフォームド思考”を推進する企業と説明。実証実験の成果が得られればTMP大阪支社が希望するシステム開発は可能だと判断し、タッグを組んだと話す。

次なるステップとして、TMP大阪支社はトヨタモビリティ新大阪(TM新大阪)に実証実験の協力を打診。同社はトヨタ・レクサス車の販売及び点検・整備・車検・鈑金塗装など多岐に渡るアフターサービスも提供。41の新車販売拠点(法人・レクサス・ダイハツ含む)と鈑金塗装工場(リペアセンター1ヶ所)のほか、17の中古車販売拠点なども展開する老舗の大規模ディーラーであり、他に先駆けて画期的な新規事業に取り組む先進的な事業者でもある。

必要なのは、現場の作業負荷削減

TMP大阪支社からの打診について、TM新大阪の新宮順二理事は、整備士時代の経験も踏まえた“現場目線”の考えを提案。AI解析予測によるタイムリーな部品供給よりも、人材不足で作業負荷が高まっている車検見積りに活かせるシステムであれば有用との率直な意見を述べた。

このアイデアにより、システム開発の目的が明確になった。全国のトヨタ系列販売店がもつ膨大な整備履歴をAI解析し、人材不足で課題を抱えるトヨタ系列販売店や整備事業者の整備士と、サービスアドバイザー(フロント業務スタッフ)の負荷削減につながるソリューションを作り出すべく開発チームが発足されることに。

TMP大阪支社、ギックス、実証実験協力のTM新大阪に加え、トヨタ販売店システムに精通する有限会社ネクステイジ(愛知県日進市・山中富雄代表取締役)と、エコドライブメッセージサービスを展開する株式会社アスア(名古屋市中村区・間地寛代表取締役)も参画し、2020年7月から本格的に開発がスタートした。

苦戦した「AI解析予測」の精度向上

まず着手されたのは、TM新大阪の箕面店及び津雲台千里店で5ヶ月間(2020年10月から2021年2月)にわたる実証実験だった。TM新大阪が保有するトヨタ車以外の車両も含めた過去20年間の整備履歴(約26万人・約46万台・900万回の入庫情報と、約135万の点検における車種・年式・型式・走行距離などの車両情報含む)をトヨタ系列販売店向け業務システムからデータ抽出し、初期段階では簡易的なAIシステムでの解析が行われた。

そう簡単に良い成果は出ず苦戦。車検や点検・整備に関わる部品交換予測を抽出したいのに、マイナーチェンジや経年劣化による内装色の変化に着目したエレメント交換やワイパー交換を提案するといった、想定外の解析結果が出たという。過去の統計データに基づく解析結果のため一定の根拠はあれど、実際に車両を整備するエンジニアやお客様と接するアドバイザーの知見・感覚からかけ離れたシステムは使えない。何度も修正を繰り返して実証実験を続け、精度を高める必要があった。

その後、入庫が多いトヨタのメジャーな6車種限定で6店舗にてトライアル(2021年9月~12月)を経て、トヨタ全車種を2店舗でトライアル(2022年下期)。その後、全国のトヨタ系列販売店でも導入できる本格モデルの開発に取り組み2023年に「AI 整備見積りシステム」が完成した。

4年間かけて完成した同システムは、車両情報(車種・年式・型式・走行距離など)を入力するだけで、AIが約80項目の整備内容を診断し、整備の必要有無について三段階の推奨度を算出する顧客向けの「AI診断書」を作成できる。

サンプルとして作成頂いた、顧客向けの「AI診断書」。左側に推奨整備項目があり、右側には交換推奨内容について、イラスト付きでわかりやすい説明が記されている

実証実験やトライアル時は、車検見積り作成に特化した開発が行われた。だが実際の現場では、車検はスピーディかつ低価格におさえ、法定点検(6ヶ月・12ヶ月・18ヶ月・24ヶ月)メニューで重点的に整備点検提案を行っているトヨタ系列販売店も少なくない。定期的な点検は顧客の費用負担や現場スタッフの負荷分散にもつながるため、現在は車検と法定点検の見積り作成を行えるシステムへと改良されている。

導入のメリット

TM新大阪では今年3月1日から実店舗で使用を開始し、8月上旬時点で23店舗導入済み。9月からは2店舗増の計25店舗で導入を予定している。TM新大阪 南高槻店の佐々木圭一副店長は、導入による大きなメリットを感じていると話す。

AI整備見積りシステムの導入により、ある程度入庫車両の整備内容が事前に予測できるようになった。過去の整備歴に基づく概算見積りの目途付けなどの業務負荷低減につながり、整備士は、従来以上に自分の目でお客様の車両を点検することに注力できるようになった。当然ながら、遵守すべき道路運送車両法で定められた点検・整備の手順を確実に行う点は従来と変わらない。

またこれまでは整備士独自の主観やスキルによって見積りにバラツキや見落としがあったが、同システムの導入により、ある程度均一な見積りを作成できるところもメリットとして大きいと、佐々木圭一副店長は高く評価する。顧客に提示する「AI診断書」には、わかりやすい説明文で整備提案内容が記載される点も画期的で、スタッフのスキルに関係なく顧客にわかりやすく説明できる。サービスアドバイザー(フロント業務スタッフ)用のAI診断書には、顧客用には記載がない前回車検整備や車検総額、重量税、契約メンテナンスパック情報などが記載され、ひと目でわかる点も好評。調べる手間がなく時間短縮を実現しているようだ。

サンプルとして作成頂いた、サービスアドバイザー向け(フロント業務スタッフ)の「AI診断書」は、過去の整備履歴や費用も記載される

概算見積りを顧客に提示後は、実車を確認・分解して明確になった整備内容を、顧客の予算に合わせてAI診断書の推奨項目から差し引くだけで見積りを作成できる点も効率的で、顧客の待ち時間短縮に貢献。実車確認前に、推奨整備内容や交換推奨度とわかりやすい説明文が記載されたAI診断書を顧客に渡すことで、待ち時間の間に整備予測内容を伝えることができる点も効率的といえるだろう。

TM新大阪の新宮順二理事は、導入メリットについて、半年後の車検概算見積りを希望する顧客に対し、実車確認や分解を行わず、高い予測精度(8~9割)でAI診断書を提示できるところが、現場の作業負荷削減につながっていると高く評価する。新宮順二理事は、かつては顧客情報や整備履歴などを手書きで記録していた時代もあったと振り返り、顧客管理情報、整備履歴、整備見積り作成システムがそれぞれ個別だと手間が多く負荷が高いことを指摘。現状のAI整備見積りシステムは、トヨタ系列販売店向け業務システムから必要な情報を抽出して、AI整備見積りシステムに取り込む必要があるため、システム連携の実現を希望していた。

進化し続ける「AI整備見積りシステム」

来年2025年1月から全国のトヨタ系列販売店への提供を目指し、まずは神奈川県や大阪府のトヨタ系列販売店でのトライアルを予定。システム導入には利用料と過去の整備履歴データが必要となるが、それ以外の条件は特にないという。なお、現時点でトヨタ系列以外の新車ディーラーへの提供は想定されていない。

TMP大阪支社の松山智亮部長は、管理コストの面でも「AI整備見積りシステム」は導入しやすい設計だと話す。部品交換予測システムは他メーカーからもリリースされているが、予測精度が高ければ高いほど管理コストが高額になり長期利用が困難になる場合もあるらしい。そういった点について同システムは、AI自らが学習を重ねる仕組みのため管理コストは不要。導入店舗はシステム利用料のみのため、長期利用に適していると話していた。このほか、10月開始のOBD検査への対応も準備中で、顧客車両が対象車だった場合は「OBD検査対象車」と記載される予定とのこと。顧客が専用サイトやアプリ上で自ら車両情報を入力したらAI診断書を発行される仕組みを実現したい考えもあるようだ。導入店舗のコスト負担をおさえて常に進化し続けるシステムといえるだろう。

まずは、全国のトヨタ系列販売店への提供が予定されているが、将来的にはトヨタ車の車検・整備を行う独立系整備工場への提供もありえることが今回の取材で確認できた。AI活用のDXにより、スタッフの経験値を問わず実車確認や分解も行わずに、顧客の車両情報と整備履歴に基づいた車検・法定点検の概算見積りを作成できれば、従来の見積り作成フローと比較して大幅な業務負荷削減が期待できそうだ。AI整備見積りシステム導入店舗とTMP大阪支社との結びつきが強くなることは想像に難しくない。同システム導入店舗が全国で拡がる可能性を踏まえて、地域部品商は戦略を考える必要があるのではないだろうか。同システムの導入店舗拡大によってどのような変化がもたらされるのか、今後の動きに目が離せない。

作業負荷軽減を目的にTM新大阪がAI整備見積りシステムを23店舗へ導入… TM新大阪の協力を得てTMP大阪支社とギックスが開発したAI整備見積りシステムとは?

《カーケアプラス編集部@金武あずみ》

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