壮大な失敗作『ホンダe』でしか見ることのできない世界は確かにあった…1万7000kmテスト、ラストレポート[後編]

Honda e。桜島をバックに。
Honda e。桜島をバックに。全 40 枚

今年1月に生産終了を迎えた後、ディーラーが保有していた車両が“上玉”の中古として放出され続けているホンダのバッテリー式電気自動車(BEV)の『Honda e(ホンダe)』。前編「300万円で買える今ならアリ!? 中古車市場を賑わす『ホンダe』1万7000kmテスト、ラストレポート」では走り、快適性、先進安全システム(ADAS)などについて述べた。後編では電動パワートレインから触れていこう。

◆2リットルNAエンジン搭載スポーツハッチ相当の威力

ホンダ「Honda e」のフロントビューホンダ「Honda e」のフロントビュー

ホンダeの主原動機は「MCF5」型電気モーターで、スペックは最高出力113kW(154ps)/3497-1000rpm、最大トルク315Nm(32.1kgm)/0-2000rpm。この数値はモデルライフの最後まで販売された「アドバンス」のもので、途中でラインナップから落とされた標準型は最高100kW(136ps)だった。

GPSロガーを使用した0-100km/h加速の実測値は8.1秒。電気モーター駆動車はアクセルペダルを踏んでからパワーが出るまでのタイムラグがきわめて小さいので、体感的には7秒ちょっとくらいの威力がある。エンジン車で言えば概ね1.8~2リットルの高出力型自然吸気エンジンを搭載するスポーツハッチに相当する。

ホンダeのバッテリー容量は100Ah(×355.2V=35.5kWh)と小さいが、主機のピーク出力113kWから逆算すると、変換ロスを含めて推定350A前後の電流を放出する能力を持っていることになる。放出電流がAh容量の値の3.5倍というのはBEVとしては結構攻めた数値で、この小型・高出力ぶりがホンダeの大きな特徴となっている。実際にドライブしていても急勾配区間での大型車の追い越し、高速道路の流入、山岳路でのリズミカルな走り等々、いろいろなシーンで伸びやかでレスポンシブな加速力の恩恵を実感した。

動力性能とは直接関係ないが、アクセルペダルを全閉にすることで減速、さらに完全停止までをカバーするワンペダルドライブが実装されているのも特徴。最近は減速だけで停止はブレーキペダルを踏む必要があるセミワンペダルが主流だが、停止までカバーするフルタイプは感覚的に別物。その快適さからドライブの大半をワンペダルで過ごした。

◆1万7000km走って約150回の充電、その実態は

Honda e。航続距離は短く、遠出は急速充電頼み。Honda e。航続距離は短く、遠出は急速充電頼み。

動的なパフォーマンスの良好さとは裏腹に、電力量消費率(電費)、航続距離、急速充電受け入れ性などの電気的特性は本当に悪かった。1ドライブの距離がせいぜい数十kmのシティコミューターユースでは問題にならないが、走りの楽しさ、移動の自由感に関して非凡な資質を持ち、どこまでも走って行きたくなるような車体側のキャラクターに合うものでは到底なかった。価格的には断然買いやすくなった新品同然の中古車を狙う場合、この部分をどうみるかが最大の迷いどころということで、この項目は少し詳しく述べる。

総走行1万7000km超の間に行った充電は急速、普通を合わせて150回以上。ホンダeは平均電力量消費率(電費)、電池残量判定など各種情報についてのECUの信頼性が低く、状況によって数字が大きく変わるのだが、アベレージを取ると充電器に表示される投入電力量の0→100%換算値27kWh強。充電時の損失を8%とみた場合、バッテリーの使用可能容量は約25kWhとなる。この数値は春夏秋の場合で、冬季は投入電力量の0→100%換算値が25kWh、使用可能容量が23kWhと若干落ちた。

実使用可能容量がわかれば走行レンジの計算も立つ。バッテリー残量20%くらいの余裕をみたいというのが一般的なユーザー心理ということを考慮すると、自宅を100%充電状態で出発した際に使える電力量はユーザブル容量の8割、春夏秋の場合で20kWhといったところだろう。使える電力量が決まっている場合、走行レンジを延ばせるかどうかのカギを握るのが平均電費である。

200A高速充電器を使用可能という触れ込みだったが、実際は劣速だった。200A高速充電器を使用可能という触れ込みだったが、実際は劣速だった。

その電費が小型BEVとしてはよろしくないというのもホンダeの弱点。常に電費を気にしてチンタラ走れば8km/kWh台に乗せられるが、流れの速い田舎の地方道を気持ち良く走る程度でも8km/kWh台を簡単に下回り、高速道路では速度レンジによっては5km/kWh台に落ちる。2018年にホンダが発売したプラグインハイブリッドセダン『クラリティPHEV』の冬季の電費にも下手をすると負けかねない数値である。開発末期に方針が二転三転し、熟成を図る間がなかったのではないかと推測される。

気温10度を下回ると、電費はさらに大きく悪化する。暖房をかけてぬくぬくと走っていると新直轄道路によくみられる片側1車線の自動車専用道をクルーズするようなパターンでも6km/kWhを切ることがしばしば。春夏秋よりバッテリーに蓄えられる電力量が少ないこととあいまって、足が極端に短くなる。

◆「30分で200kmぶん」という当初の宣伝文句はどこへ

Honda e。古風な駅舎が特徴的な松尾寺駅にて。Honda e。古風な駅舎が特徴的な松尾寺駅にて。

ワーストケースは兵庫北部の豊岡で30分充電し充電率67%で出発後、65.7km先の同じ兵庫の柏原までしか届かなかった時。気温3度の中、北近畿豊岡自動車道を良いペースで走っていたところ平均電費4km/kWhくらいしか出ず、あっという間にバッテリー充電率が低下。途中で航続の大型車を先に行かせてペースを落とし、暖房を切り、充電残7%で辿り着いた。そこでまた30分充電。まさに各駅停車の様相であった。冬季の最長無充電区間はホンダ青山本社を充電率99%で出発後、気温4度の中で最初から暖房を使わず高速道路にも乗らず、御殿場を越えて静岡の清水に充電残1%で達した173.1kmだった。

出先での充電パフォーマンスは「30分で200kmぶん」という当初の宣伝文句は完全に空手形で、四季を通じて悪かった。フルスピードで充電するには日産自動車系ディーラーなどでよく見る最大電流107A以上の機材を使う必要があるが、充電開始時の充電率が15%を超えていると早くに電流を絞る制御が働いてしまい、十分な充電受け入れ性が発揮されないというのも弱点。充電残14%以下、できれば1桁台が理想的というのは仕様としてちょっとマニアックすぎるというものだろう。

200A充電器で充電中。最初は140Aが流れるがすぐに低落し、30分の投入電力量は125A機と変わらなかった。200A充電器で充電中。最初は140Aが流れるがすぐに低落し、30分の投入電力量は125A機と変わらなかった。

ホンダeの売りのひとつに最大電流200Aの高速充電器を使用できるということがあるが、たしかに最初は140Aの電流が流れるものの、その後の電流の低下が早め早めに起こるため、30分の投入電力量は107~125Aの機材とまったく変わらず、こだわる意味はゼロ。投入電力量は平均16kWh台、最大で17kWh強、充電率の回復幅は平均で62%だった。87Aの中速型充電器の場合は30分で51~53%、推定投入電力量13kWh台。74A機の場合は12kWh強だった。

ちなみに夏季のバッテリー冷却能力は優秀でパフォーマンス低下はほとんどみられなかった一方、冬はオーバークールになることが多く、期待した充電電流を得られないということがしばしばだった。春夏秋の3シーズンを楽しみ、冬は近場でチョロチョロという使い方がベストだ。

充電関連で唯一の美点は普通充電が200V・30A(6kW)対応であること。25%から充電を始めて4時間で満充電になった。充電効率が落ちない90%までなら3時間だった。200V・15Aのちょうど2倍のスピードだが、感覚的な利便性は倍どころの騒ぎではなく、これなら普通充電もなかなかいいものだと思えた。

◆手をだす動機になる「居住感、ユーティリティ」

前席前方には5枚の液晶パネルが並べられている。ダッシュボード自体が非常に低く設計されているため圧迫感は皆無だ。前席前方には5枚の液晶パネルが並べられている。ダッシュボード自体が非常に低く設計されているため圧迫感は皆無だ。

インテリアに話題を移す。前編でも少し触れたが、前席の居住感はドライブフィールと並び、不便を押してホンダeに手を出す強い動機付けになり得る部分だ。キャビンサイズが非常に小さいため空間としては狭いが、とにもかくにも居心地が良いのだ。良い部分を箇条書きにしてみよう。

・ウインドシールドがドライバーに近いため視界が非常に良い
・天窓からの採光で室内が大変明るい
・シンプルながら操作頻度の高い機能には物理スイッチが割付けられている操作系
・ロードノイズの遮断や風切り音の低減など騒音対策が素晴らしい
・無銘ながらパワフルでヌケの良い標準装備オーディオ
・長時間着座していても違和感や蒸れの少ないシート

今どきのクルマとしてはフロントウインドシールドがドライバーに近く、ピラーの傾斜も緩いため、前方の眺めの良さは特筆すべきレベル。ピラーの位置が比較的後方にあり、カーブでコーナーの奥方面をピラーが邪魔しないのでワインディングロードを走っていても妙な緊張を強いられない。それ以外の道路でも死角が少ないので安心してドライブができる。これらの項目は機械的な走りの性能以上に重要なもの。それらが本当にしっかり作り込まれていることがホンダeでのドライブを本当に楽しいものにした。

ディスプレイの壁紙はジャパネスクなデザイン。ディスプレイの壁紙はジャパネスクなデザイン。

遮音性が高く、車内が大変静かなこともBセグメントサブコンパクトクラス離れしていた。前編で触れたように乗り心地に関しても抜群の滑走感を持っているため、音楽をかけながらドライブをしていると視角の広い窓越しの景色がドライブのイメージ映像か何かを見ているようにすら感じられた。世に軽自動車やAセグメントミニカーは数あれど、自室の机まわりがそのまま走り出すような感覚はホンダe独特のもので、チョイ乗りも遠乗りもすこぶる気分が良い。ただし後席は狭い。前席空間をゆったり目に取ったらレッグスペースがほとんど残らないほどで、4名乗車するためには前席もある程度我慢する必要がある。

荷室容量は後部座席のシートバックを立てた状態で171リットル。後席スライド機構を持たず荷室が狭い軽自動車『N-ONE』の157リットルより少し多いだけで、積載能力自体は低い。ただ、狭いなりに張り出し部分を除いた長方形のコアスペースはきっちり確保されており、80cmサイズの海外旅行用トランクをぴったり収容することができた。1人、2人旅なら困ることはないだろう。後部座席のシートバックは分割ではなく一体可倒式で、2名乗車or4名乗車の二択になる。

◆シンメトリーに徹底的にこだわった外観

最小回転半径の小ささが貢献しているのか、自動駐車機能の機敏さは並外れていた。最小回転半径の小ささが貢献しているのか、自動駐車機能の機敏さは並外れていた。

全長は3.9m弱と短いが全幅は1750mmと、シティコミューターとしてはかなりの幅広ボディの各部を削ぎに削いで丸めたフォルムが醸す緊張感とファニーフェイスの脱力感のアンバランスがエクステリアのチャームポイントとなっているホンダe。クラス的にはBセグメントとAセグメントの境界だが、細部を見るとそのクラスに似合わぬ凝った作り込みを持っている。

特徴のひとつは左右対称、シンメトリーに徹底的にこだわっていること。好例はヘッドランプのデザイン。普段は白色光のデイライトとして機能し、方向指示器を作動させるとそれが黄色に光るダブルファンクションユニットが主流だが、ホンダeはデイライトとウインカーが別体となっており、ウインカーを作動させてもデイライトは左右点灯が維持される。車体後方に目を移すと、後退ランプも中央のホンダエンブレムを挟んで左右対称に配置されている。重量配分を前後、左右の両方で50:50の対称になるよう設計されているホンダeだが、ハードウェア設計にとどまらずデザイン面もしかりなのである。

ボディの面質も非常に美しい。筆者の個人的印象では歴代ホンダ車の中では最高。世界のプレミアムセグメントモデルの中においても一歩も引けを取らない質感だ。ボディカラーはモデルライフ途中で廃止になった「チャージイエロー」以外はすべて既存色だったが、デザイン品質やボディパネルのプレス精度の高さのためか、同じ色と思えないような映え方をする。高級車でも何でもないホンダeだが、良いモノ感は大いに味わえるだろう。

スプリングバックを見事に制した高精度なボディパネルの曲面。他のホンダ車と一線を画している部分だ。スプリングバックを見事に制した高精度なボディパネルの曲面。他のホンダ車と一線を画している部分だ。

◆「壮大な失敗作」でしか見ることのできない世界

近年まれにみるほどにホンダらしさをたたえていた「壮大な失敗作」ホンダe。航続性能と充電特性の悪さは圧倒的なレベルであるため、前編で述べたように到底万人におススメできるクルマではなかった。が、ホンダeでしか見ることのできない世界は確かにあった。

ホンダeの美点の多くは他者にアピールする性質のものではなく、自己満足で完結するものだ。このクルマに乗ったからといって、見栄を張れる要素は正直ほとんどない。弱点を承知でホンダeのスウィートなドライブフィール、移動感覚を味わって悦に入りたいという人が価格の下がった走行僅少の中古個体に興味を持ったなら、後悔する可能性も多分にあるにしても、酔狂で乗ってみるのも面白いかもとソフトに、しかしある種の信念を抱きつつリコメンドしたいところである。

市場に出ているタマの大半は高出力版のアドバンスだが、少数ながらノーマルもある。ノーマルは走行距離数百kmという“登録済み新車”状態でも一層安いので、あえてそれを狙うのも手だ。タイヤサイズは異なるがサスペンションセッティングは同じなので、コーナリングスピードを除けば同等の快楽をリーズナブルに味わうことができるだろう。

Honda e。東シナ海をバックにHonda e。東シナ海をバックに

それにしてもつくづくホンダeは残念なクルマだった。元々のコンセプトはシティコミューターでありながら、いざ長距離ドライブに出かければ大型BEVにひけをとらないくらいの利便性を発揮でき、大型BEVにはない快楽を味わえるというもので、それが実現できていればまさしく他社が作らないクルマになっていたところだ。

とりわけ走りについてはダイナミック性能にまことにうるさい欧州のジャーナリストたちも大絶賛の嵐。乗ってみればその評価も納得だった。バッテリー関連の品質費用の発生を嫌うあまり開発末期に電動パワートレインの制御を過剰に手堅いものに変えたことで当初のコンセプトが台無しになり、制御の煮詰めも甘いものになってしまったのは痛恨事と言える。

ホンダeはホンダのeというクルマではなく、ホンダ「Honda e」だ。ホンダの歴史の中で初めて車名にHondaの5文字を冠するモデルだった。商品性は当然それに見合う素晴らしいものにするべきで、それができないならこんな御大層な車名にする必要はなかった。「急速充電30分で走行200kmぶん充電」と言った以上それは絶対に達成すべきであったし、百歩譲ってデビュー当初に謳い文句の乖離を糾弾された時点で性能向上を図るべきだった。

顧客の信用を得るために当然やるべきことをやらず、適当に時間が経ったところでディスコンにし、なかったことにしたのはいただけない。そもそもホンダeをこっそり引っ込めたところで、この不始末がなかったことにはならない。なかったことにしようとしたという実績が残るだけだ。次なる電動車はそんなことは二度と繰り返さないという決意をもって作っていただきたいところである。

Honda eのロゴ。車名にホンダ史上初めてHondaの5文字を与えたモデルを放置の末にディスコンというのはあまりに薄情というものだった。Honda eのロゴ。車名にホンダ史上初めてHondaの5文字を与えたモデルを放置の末にディスコンというのはあまりに薄情というものだった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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