◆独創的なシャシーが生み出す、かつてない軽快なハンドリング
「大切にしたのはパワーよりも軽さと扱いやすさ」。これは『パニガーレV2S』に搭載される新しい『V2』エンジンのコンセプトだが、この決断はスポーツバイクにおいてとても勇気のいることだったに違いない。しかし、2025年モデルのパニガーレV2Sは、かつてない軽さと扱いやすさを手に入れ、それはドゥカティの歴史を変える1台になるかもしれない、というインパクトをもたらしてくれたのだ。
パニガーレV2Sに搭載される、ミドルレンジ専用に開発された『V2』と呼ばれるNEWエンジンは、ドゥカティのVツインエンジン史上、最も軽量&コンパクトに仕上がっている。文頭に書いたコンセプト通り、エンジンは前モデルから9.5kgも軽く仕上がり、パニガーレV2Sは前モデルから17kgもの軽量化を実現。パニガーレV2Sという車名は踏襲するものの、まるで別物のバイクに仕上がっている。

メーカー発表の重量は177.6kg(ガソリンレス)だが、走り出すと実際の重量よりも遥かに軽く感じるのもドゥカティの上手さ。その軽さの秘密は、ドゥカティの独創的な車体構成にある。
フレームやスイングアーム、そしてリヤサスまでがエンジンから生えるように装着され、エンジンをフレームの一部として活用しているのだ。この思想は70年代から受け継がれるドゥカティの特徴だが、近年は理論的な検証や実験ができるようになったため、その手法がどんどん大胆になってきている。ストリップ写真を見ると、他メーカーにはない発想の塊である。

さらにドゥカティ伝統のVツインエンジンは、単気筒とほとんど変わらない幅で、フレームもエンジンの外側にないため、軽い運動性を出しやすい。実際に軽く作ることはもちろんだが、この車体思想がハンドリングの軽快さに大きく貢献している。
そんなNEWパニガーレV2は、足まわりに豪華装備を奢るS(240万8000円)とスタンダード(211万9000円)の2機種を用意。今回はパニガーレV2Sに試乗した。
◆現代において、軽さとパワーはどちらにニーズがあるのか?

今回、試乗会が行われたのはスペインのセビリアサーキット。昨年の10月に完成したばかりのコースで、全長4.23km、アップダウンがあり最高速は5速で235km/hほど。最終セクションは2&3速で6回も忙しく切り返すタイトコーナーが連続する。ちなみにパニガーレV2Sの標準タイヤはピレリ製ディアブロロッソ4だが、今回の試乗はピレリ製スリックタイヤで行われた。
パニガーレV2Sは、走り出した瞬間から想像以上に軽い。890ccの質量がどこにもなく、脳内ではもっと小さな排気量に乗っているような錯覚をおこすほど。ただ、スロットルを開けるとドゥカティらしい咆哮とともに120psの加速を約束。バイクとすぐにフレンドリーな関係を築くことができ、その操作感に難しさは感じない。

一本目を終えると、ジャーナリストたちは一同に「軽い!簡単!」と笑顔で口を揃える。かつてドゥカティのスーパーバイクにこんなフレンドリーなハンドリングのモデルがあっただろうか?これまでは乗る人を選ぶ難しさやマニアックさがあったことも事実。誤解ないように追記すると、それを乗りこなすことがドゥカティスティのプライドやステータスでもあったのだ。
「速さではなく乗りやすさや扱いやすさを追求する」。V2エンジン発表時にエンジニアはそう語っていたが、これまでのドゥカティの開発姿勢を見てきた僕としては、まさかこの新エンジンがここまでライダーに寄り添っているとは思いもしなかった。
僕はドゥカティが「パワーよりも軽さ」という選択をしたことは英断であることを1本目の走行後にすでに確信していた。
◆そのハンドリングの軽さは、まるで250ccや400ccのよう

−17kgの効果は、走りの全てのシチュエーションで恩恵として感じることができる。わずかな体重移動に即座にレスポンスしてくれるし、ブレーキングでもよく止まる。50歳を超えた僕には疲れないことも恩恵であり、走行枠の15分を全力で駆け抜けることができるのだ。
そして向き変えや切り返しでは驚くべきパフォーマンスを披露。左右に身体を入れ替え積極的に操ると、ここまでいけるのかと驚くほど俊敏な動きを見せる。一瞬でフルバンクまで到達するが、そこから起こす際も重さはなく、あっという間に次のコーナーのクリッピングポイントへと向かっていくイメージだ。まるで250ccや400ccのような運動性を体感でき、旋回に入ってからのライン修正なども簡単。だから様々な走りの組み立てを試せるのだ。
スーパーライトウエイトスポーツ、これがパニガーレV2Sの印象である。もしこれまで様々なドゥカティを経験している方ならそのフレンドリーさに驚くに違いないし、ドゥカティを知らない方なら比較的簡単にドゥカティらしさやその魅力を感じ取れるはずだ。

確かにパワー感や加速時の鋭さは、間違いなく前モデルが勝る。それは当然で、前モデルは955cc、155psだったが、NEWパニガーレV2は890cc、120ps。パワーは35psダウンとなっているからだ。また、バルブ開閉機構のデスモドローミックを廃したことも影響しているだろう。これらは既存のドゥカティファンにとって大きな懸念となっており、SNSでも頻繁に議題に上がっていた。
長年、ドゥカティに携わってきた僕も少なからずそんな気持ちがあった。しかし、NEWパニガーレV2Sを体感した今は、ドゥカティの新章を大歓迎している自分がいた。この日のピットは終始笑顔に溢れており、各国のジャーナリストとその気持ちを共有した。サーキットでも120psは十分なのだ。実際、ドゥカティのテスト部隊が同じコースを新旧2台のパニガーレV2Sで走り比べてもラップタイムはほとんど変わらなかったとのこと。
V2エンジンの新章はスタートしたばかり。すでに前モデルから18kgの軽量化を達成した同エンジン&シャシーのストリートファイターV2とムルティストラーダV2も控えており、2025年は軽さ&扱いやすさ重視のドゥカティが続々登場する。期待は募るばかりだ。

■5つ星評価
パワーソース:★★★★
ハンドリング:★★★★★
扱いやすさ:★★★★★
快適性:★★★★
オススメ度:★★★★★
小川勤|モーターサイクルジャーナリスト
1974年東京生まれ。1996年にエイ出版社に入社。2013年に同社発刊の2輪専門誌『ライダースクラブ』の編集長に就任し、様々なバイク誌の編集長を兼任。2020年に退社。以後、2輪メディア立ち上げに関わり、現在は『webミリオーレ』のディレクターを担当しつつ、フリーランスとして2輪媒体を中心に執筆を行っている。またレースも好きで、鈴鹿4耐、菅生6耐、もて耐などにも多く参戦。現在もサーキット走行会の先導を務める。